12:00pm/北原森林南
「神谷さん、方向、まだこっちで大丈夫ですか?」
「うん、まだまっすぐで大丈夫!」
「りょーかいです!!」
千紘をバイクの後ろに乗せて、一華は北区の森の中を飛ばしている。
千紘の名誉の為に補足すると、決してバイクに乗れない訳ではない。
ただ今回千紘が春陽たちの位置を確認しながら進まなければいけないことと、千紘と比べて一華に圧倒的なドライビングテクニックがあったことから、この様な形に落ち着いただけである。
「だいぶ森の奥まで来ましたね……ってあれ? 神谷さん! 前方に人影です!」
「え? は!? いっちゃん! 面舵いっぱい! 隠れて! 隠れて!!」
「うえっ!? はい!」
一華は朧気に見えた人影に、こんな森の奥という場所に何故? と不思議に思い神谷に伝えると、彼はその人影を見つけるやいなや慌てて隠れるように指示を出した。
それに驚きつつも一華はすぐに言われた通りに進路を変え、近くの木の影に隠れた。
幸いその人影はこちらには気付かなかったらしい。
そろりと木の影から覗けば、一華はその人影は小柄な男性であることがわかった。どことなく後ろ姿が準太に似ているような気がする。
男は一華達に背を向けて、端末を使って誰かと話をしているようだ。
「ちょっとやおちゃん? 田口がいるなんて聞いてないんですけど!?」
千紘が通信機に向かって話すのを聞いて一華は驚いた。
一華は田口の名前は知っていたが、実物には遭ったことがなかったのだ。
話を聞いて、もっとゴツいおっさんを想像していたのだが、あの姿はどこにでもいる普通の青年で、とても報告に上がっていた過激なことが出来そうには見えない。
『あー、見つけちまったかー。残念だったな。じゃあお前らはそこまでだ。笠原達が行くまで田口の監視よろしく』
「は!? はるちゃんはどうすんのさ!?」
『安心しろ、瀬戸と黒崎が別ルートで向かってる。お前らのGPS使って笠原達を誘導するから田口のことしっかり見張ってろよ? あとくれぐれも向こうさんに見つからないよーに! これ命令だからな? じゃあがんばれよ』
そう言ったきり沈黙した通信機を持って、千紘は深い溜め息をついた。
少しでも早く春陽の元に辿り着く為に最短距離を疾走していたつもりが、とんでもないトラップに引っ掛かってしまったらしい。
秋也達を別ルートで向かわせるではなく、向かっていると言ったことから考えて、少なくとも忠久は今回の田口の動向を掴んでいたのは間違いない。
秋也達がそのことを聞かされているかはわからないが、千紘はあの二人なら間違いなく気づいているだろうと確信している。
「と、いうことらしいよ。残念だけど俺らはここで田口の監視」
「う~……わかりました……命令なら仕方ないです。不本意ですけど。すっごく不本意ですけど」
「だよねぇ。けど田口相手じゃ仕方ないかなぁ。まぁシュウときょーちゃんが向かってるなら心配ないから、俺らは言われた通り田口の見張りがんばろー」
千紘の言葉に、一華は渋々ながらも頷いた。
「そういえば、いっちゃんははるちゃんのことが好きなんだよね?」
端末での会話は終わったようだが、相変わらず向こうを向いたまま動きのない田口の様子を監視しながら、暇そうにしていた千紘が一華に尋ねた。
「そうですよ?」
「それは恋愛的な意味だよね?」
あまりにもけろりと答えられた為に少々不安になり重ねて尋ねると、勿論です、と微塵も照れる素振りもなく真顔で答えられ、千紘は最近の若い娘はこんなものなのか、とジェネレーションギャップを感じてしょっぱい顔をした。
「私自分では結構あからさますぎるかなって思ってたんですけど、そうでもなかったですか?」
「いや、あからさますぎるっていうか、堂々とし過ぎてて逆にどっちか判断がつき辛いっていうか。とりあえずはるちゃんは確実に家族愛オンリーって思ってるよ」
「えぇえっ!?」
衝撃の事実に思わず大声を出してしまった一華の口を千紘が慌てて塞いだ。
恐る恐る田口の様子を見るが、こちらに気づいた様子はない。二人して安堵の息を吐いた。
「神谷さん、それほんとですか?」
「うん。はるちゃんに前にいっちゃんと付き合ってるのか聞いたときに、弟としか思われてないですからーって言ってたよ?」
「ええぇ、ショック……それってつまり春ちゃんには姉としか思われてないってことですよね?」
「いや、そこは聞いてないけど」
ノーとは言えないが、流石に勝手に暴露してしまうのは気が引けたので、千紘は明らかに不自然だとは思ったが知らないことにさせてもらった。
そうですか、と言いつつ確実に勘違いして凹んでいる一華に、千紘は心の中ではるちゃんめんご、と軽く謝罪をしつつ話を変えることにした。
「いっちゃんはいつからはるちゃんが好きなの? 元々は姉弟みたいなものだったんだよね?」
「……そうですね。私がまだ小学生だったころ、学校に鬼が出たんですけど」
学校に鬼、と聞いて、千紘は少し前に南区の保育園で春陽に聞いた昔話を思い出した。
「それってはるちゃんが九歳の時の話?」
「えーっと私が十二歳だったんで……そうですね。春ちゃんに聞きました?」
「そーそー。うちの職員に助けられたってそれはもう嬉しそうに」
千紘がそう言うと、何故か一華は口を尖らせた。
「どしたの? 助けてくれたの男の人でしょ?」
初恋の人でもあるまいに、と思ったが、あの目の輝き様は確かに春陽のことが好きな身としては面白くないかもな、と少し納得していると、一華の返答は千紘の予想の斜め上を行っていた。
「私が春ちゃんのヒーローだったのに、って思ったんです」
「へ?」
千紘がぽかんとしているのもお構い無しに一華は拗ねたまま話を続けていく。
「私と春ちゃんは同じ孤児院で育ったんですけど、特に春ちゃんは小さな時から私にべったりで、それはそれは可愛かったんです。何かあれば必ず一華ちゃん一華ちゃんって……だから春ちゃんを守るのも私の役目だったのに、あんなどこの馬の骨だかわからないヤンキーに助けられるなんて!」
「いや、ここの職員だし、彼も立派にお仕事しただけだからね?」
忌々しそうに告げる一華に千紘は冷静に突っ込みを入れた。ついでにいいことをしたはずなのに恨まれている職員、恭介にも少しだけ同情した。
「はっ、すいません、取り乱しました。えぇとですね、つまりそこから、春ちゃんを守るのはこれからもずっと私でありたいと思った訳です」
「……もう一回聞いていい? はるちゃんのこと、恋愛的に好きなんだよね?」
「はい!」
笑顔で元気よく答えた一華に、千紘は最近の若い娘はこんなものなのか、と再び思い、やっぱり同じ世代でなくてよかったと安堵した。




