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11:30am/特別対策室

「春ちゃん! 若葉ちゃん! ねぇ八尾さん二人は無事なの!? ねぇ! ねぇ!」

「ちょっ、藤咲、落ち着け、ギブギブギブ……!」

「あのアホは何でそんなにアホなんだ……!」

「やおちゃん、追加情報はよ、お仕事お仕事」

「神谷、まず助けろ、まじでヤバい!」


 部屋の中はかつてないほど混乱に満ちていた。

 一華が半狂乱で忠久を絞め落とさんばかりに詰め寄り、

 千紘がそんな一華を止めるでもなく更に追い討ちをかけ、

 秋也と雲雀はそんな二人はお構い無しで何やら話し込んでおり、

 いつもは何だかんだ言ってこういった時にストッパーになってくれるはずの恭介は頭を抱え嘆いていた。



 春陽らと一緒に連れ去られた子どもの母親から通報が入り運悪く通報を受けた忠久は、泣きわめき責め立てる彼女を何とか宥めて話を聞き、職員を召集して説明を始めると怪力で有名な対策課の女に胸ぐらを掴まれ、普段ユルいのにヤバい目をした男に責め立てられている。

 踏んだり蹴ったりである。


「二人は無事よ。黒崎くんの防護布にくるまってたそうだから。だからほら、藤咲さんも落ち着いて、八尾くんが落ちちゃう」

 絞められて話すことも儘ならない状態だった忠久の代わりに、隣にいた涼子が通報内容を説明した。

 それを聞いて少しは冷静さを取り戻した一華が忠久を解放し、忠久は盛大に咳き込んでいるがその様子を気遣ったのは涼子だけだった。

 忠久はこの場に味方は涼子しかいないと悟った。


「こんなことしてる場合じゃないわ! 早く助けに行かなきゃ! 私行ってきます!」

「どこに行くのよ」

 高らかに宣言し飛び出して行こうとする一華を、雲雀がその腕を掴んで冷静に止めた。

 雲雀も若葉が拐われたと聞いて動揺したものの、一華の取り乱し様を見て今は逆に冷静になっている。

「八尾さん、どこにいるんですか!?」

 再び掴みかかろうとする一華に忠久が悲鳴を上げた時。


「「居場所ならわかる」よ」

 千紘と恭介が同時に声を上げて、千紘は楽しそうな、恭介は嫌そうな顔をした。

「何でわかるんだ?」

 忠久が明らかにほっとしながら、いつものユルさを取り戻した千紘に尋ねた。

「心配だから、出かける時にはるちゃんにシュウお手製のGPSを持ってくように言ってあったんだよね。きょーちゃんも、でしょ?」

「……あぁ」

 千紘の確信した問いかけに、恭介はばつの悪そうにそっぽを向いてそれだけ答えた。


「ということで、今回は俺も行くよ」

「待て、どういうことだ」

 当然の流れだというように名乗りを挙げた千紘に、恭介が冷静に突っ込みを入れた。

「あ、俺も行くわ」

「テメェは全く関係ねーだろ」

 更についでと言うように名乗りを挙げた秋也に対しても、恭介は突っ込みを入れた。律儀な男だ。


 曰く、はるちゃんが拐われたんだから、相棒である俺が助けに行くのは当然でしょ? と。

 曰く、居場所特定の功労者である俺にも当然その権利があるはずだよな? 俺のGPSがなかったら詰んでたもんな? と。


「そんなわけあるか! 専門外は大人しく待ってやがれ!」

 一見筋が通ってそうでその実は完全なる屁理屈に、恭介が怒鳴り声をあげた。



「あーもう、わかった! わかったから! お前らマジで一旦落ち着け!」

 再び騒がしくなった部屋の様子に、とうとう堪えかねた忠久が大声を上げた。

 その声に気をとられて静かになった一瞬の隙を見逃さず、忠久は一気に畳み掛ける。

「GPS持ってんのが瀬戸と神谷だな!? じゃあ瀬戸と黒崎! 神谷と藤咲! お前らがペアで行け! 以上、苦情は受け付けねぇ!」

「「はぁ!? 何で俺がこいつと!?」」

 忠久の言葉を受けて恭介と秋也の声が見事に被った。

 それを見ていた千紘は仲良しねー、と笑っているが、二人はそれどころではない。

 あり得ないと抗議したが、うるせぇ、俺がルールだと忠久は一蹴した。

「大体ペアを逆にしてみろ。それこそ大惨事じゃねーか」

 思いっきり顔をしかめて告げた忠久の言葉に、恭介と秋也もグッと押し黙った。

 先程の理不尽の権化のような台詞は投げやりの嫌がらせではなく、きちんと理由があったらしい。

 ちらりと千紘を見て言ったその顔は真剣そのもので、理由を察した二人もそれ以上駄々をこねることも出来ず、渋々その采配に納得した。

「死にかけたら置いていくからな」

「こっちの台詞だ。寧ろ死ね」

「あ゛? それこそこっちの台詞だ」

 恭介と秋也はしばらくギリギリと睨み合っていたが、やがてふん、とそっぽを向いて離れた。



「よろしくねー、いっちゃん」

「こちらこそよろしくお願いします! 一刻も早く二人を助けましょうね!」

「もっちろん、ナビはお任せあれ! けど戦闘は役立たずだと思うから悪いんだけどそっちはよろしくね」

「任せてください! 全力で守らせてもらいますね!」

「おー、頼もしいね!」

 一触即発、バックに雷鳴の轟いている恭介と秋也とは違い、千紘と一華の周りにはぽやぽやと花が舞っており、とても今から鬼を駆除しに行くようには見えない。

 その様子を横で見ていた雲雀は、一華は女であり、普通は逆だろうとちらりと頭を過ったが、すぐにその考えを否定した。

 この二人に関しては、それこそ大惨事、だ。


「あ、黒崎さん」

 役割分担を終えた千紘たちの元に、恭介と別れた秋也が入って来た。

 先程まで恭介と睨み合っていたなんて空気は微塵も感じられない涼しい顔をしている。

 もしここに春陽がいたならばその切り替えの早さについていけずオロオロとしただろうし、準太がいたなら呆れた顔で相変わらずですね、くらい言ったかもしれないが、生憎ここにはそのどちらもいない。

「よう、藤咲。こいつのこと、よろしく頼むな」

 秋也がやはり当然のようにそう声をかけると、一華はもちろんです、と元気よく応えた。

「死ぬ気で守らせてもらうんで、安心してください! と、いうか……もしかして、お二人が組んだ方がよかったですかね!? その方が息も合うでしょうし! わー、すいません!」

 一人勘違いで慌て出した一華に、千紘と秋也はぽかんとした後、顔を見合わせて苦笑した。

「いや、藤咲が組んでくれて助かる。俺じゃたぶんヒロを守れないし、最悪殺しちまいそうだ」

 冗談とも本気とも取れる困ったような顔でそう言う秋也に、一華は今までの慌てぶりから一変、どう反応していいか分からずはくはくと口を動かしたが、言葉は出てこなかった。

 そんな一華の反応を見て悪戯が成功した子供のようににやりと笑った秋也を見て、一華は漸く冗談だと判断し、びっくりしたじゃないですかー、と笑った。

 悪い悪いと笑う秋也の様子を見て、雲雀は目を細め何やら考えていたが、やがてはぁ、と小さく息を吐いた。

 雲雀には秋也が冗談ではなく本気で言っているように見えたのだが、だからといってそれを確認するのは野暮であるし、確認する必要もないと自己完結した。



「八尾さん、まだ話してないことあるでしょう?」

 秋也と別れた恭介が忠久に尋ねた。

「何でそう思った?」

「人選が不自然。黒崎を呼んで七尾を呼んでいないし、西条がいるのにわざわざ神谷を行かせる意味もわからない」

「相変わらずお前らはよく気付くよなぁ。おっさん感心するわ」

 忠久の褒め言葉にも恭介は面倒臭そうに顔をしかめるだけだ。


「今回通報のあったショッピングモールに、田口らもいたらしい」

「過激派か」

「あぁ。関係あるかはわからないが、その可能性が高い。用心するに越したことはないだろ」

 忠久の説明に恭介は納得して頷いた。


 田口は鬼を神聖視している者たちの筆頭だ。かなりの過激派で、鬼の為ならどんな被害が出ようが構わないと考えているようで、この組織にとっては鬼に次ぐ最警戒対象である。

「西条を外したのは、一番狙われ易そうだからだ。神谷なら万が一の場合は『切り札』があるしな」

「それを使う事態が起きないことを願いますね」

「全くだ。あと七尾は笠原が絡むから外した」

「ヘタレが」

 恭介が思わずといった感じでこぼした言葉に、忠久はそう言ってやるなよ、と言いつつ自分も豪快に笑っている。

「まあそんな訳だ。恐らく奴等も『巣』までは近づかないだろうし、ムダに不安を煽る情報だったから言わなかった。別に職務怠慢じゃねーぞ?」

 胸を張って宣言する忠久に疑いの視線を送りながらも、そういうことだから気をつけろよ? という忠久の言葉には一応感謝の意味を込めて軽く会釈をして恭介は部屋を出た。



「藤咲」

 部屋を出て一人歩く一華は、声をかけられて振り返った。

「黒崎さん」

「ヒロのこと、冗談じゃなく死ぬ気で守ってくれ。出来れば鬼にも近づけない方がいい。でないと……」

 そこで秋也の言葉が不自然に途切れた。

「でないと?」

 真剣な目をした秋也に得体の知れない不安を感じて一華が続きを促すと、秋也は一拍の間を空けて、一華の目を見てはっきりと言った。

()()()死ぬことになる」


「それって、どういう……」

 一華は意味がわからなかった。

 そのため秋也に尋ねたのだが、秋也は困ったように笑うだけだった。

「藤咲がその意味を知る日が来ないことを願うよ」

 じゃあ気をつけて、と言って秋也は去っていったが、一華はしばらく混乱した頭でその場に立ち尽くすことになってしまった。

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