11:00am/北区ショッピングモール
「いいものが見つかってよかったですね」
「ねー。あとはこれを瀬戸さんが喜んでくれるかだけど」
「えー? 三森さんが瀬戸さんのことを考えながら一生懸命選んだんですよ? 絶対嬉しいですって」
「うっ、なんかそう言われると急に渡すのが恥ずかしくなってきた」
どうやって渡せばいいか真剣に悩みだした若葉に、普通に渡せばいいじゃないですか、と春陽は笑いながら全くアドバイスになっていないアドバイスをした。
一番の目的を果たした二人は、楽しげな店があれば立ち寄りながらぶらぶらとショッピングモールを満喫していた。
「? なんか向こうの方が騒がしいですね」
「そう言われれば……何かイベントでもやってるのかな?」
春陽達が向かっている前方から何やら人のざわめきが聞こえる。
面白いものがあるのかと期待して向かったが、近づくにつれてだんだん不穏な空気が漂ってきて、二人は顔を見合わせた。
どうしようか、と若葉が口を開こうとした次の瞬間、複数の悲鳴と聞き覚えのある咆哮が耳に届き、二人は反射的に騒ぎの中心へと駆け出した。
春陽と若葉がいたのは緑が綺麗な小路の中に複数の独立した店舗が集まっているエリアで、中央にはステージの常設された青空広場がある。
どうやら悲鳴の発生源はその広場のようで、見通しの良いそこは少し離れた場所からでも様子を確認することができた。
「三森さん!」
その姿を捉えた春陽が焦った声で若葉を呼んだ。
「やっぱりそうだよね! そうじゃなかったらいいなぁとか思ったんだけど」
二人の見たものは、逃げ惑う沢山の人々と、広場の中央に佇む巨大な緑鬼の姿だった。
「きょうすけ!」
後少しで鬼の元にたどり着くというところで、女性の叫び声が聞こえた。
二人は聞き覚えのある名前に一瞬ギョッとしたが、どうやら女性がよんだのは鬼の視線の先にいる男の子のようだ。
男の子は母親と離れて遊んでいたようで、広場のステージの側に一人取り残され、鬼に狙いを定められていた。
恐怖のあまりパニックを起こしており、母親の呼びかけにも気づかず、泣き叫びながら必死で地面の砂を鬼に向かって投げつけている。
春陽と若葉は目配せをして、若葉は男の子の元に、春陽は母親の元に走った。
「駄目ですよ」
先にたどり着いたのは春陽だった。
何とかして男の子から鬼の注意を逸らそうと、持っていたハンドバッグを鬼に向かって振り上げていた母親の手をやんわりと掴んで押し止める。
「離して! 助けなきゃ! 離して!」
「落ち着いてください。特組です。お子さんの方にも向かってますから、ほら、大丈夫ですよ」
こちらも恐慌状態に陥っていたが、春陽の特組という言葉と、指差す先にいた若葉の姿に緊張の糸が切れたのかずるずると膝から崩れ落ちてしまい、春陽は慌てて掴んでいた腕を引いて彼女が倒れないようにその背を支えた。
春陽は一先ず母親が落ち着いたのを確認して、彼女に離れているように告げて自分も若葉のサポートをすべく鬼の元へ向かった。
「きょうすけくん!」
若葉は母親に呼ばれていた名前を呼んで、男の子を抱きしめた。
若葉が辿り着いた時には、既に鬼と男の子との間に距離は無く、そうする他なかったのだ。
「ぐぅっ……!!」
鬼の牙が若葉の腕を掠めた。
咄嗟に飛び退いた為致命傷は避けられたが、掠めただけでも不味いことになったと若葉は内心舌打ちをした。
緑鬼の唾液には毒があるのだ。
直ぐに死に至るようなものではないが、獲物が逃げたり反撃したり出来ない様にするため、その毒で麻痺して動けないようにする。
その威力は強力で、僅かに掠めただけだったにも関わらず、若葉は既に思うように動く事ができなくなってしまった。
「三森さん!」
若葉が焦っていると、母親を上手く宥めたらしい春陽が急いでこちらに走って来た。
「お願っ、私、のかばん! 布、ある、から、包んで! 黒さ、さんの!」
毒のせいで上手く回らない舌をもどかしく思いながら若葉が精一杯伝えると、噛まれたところを見ていなかった春陽はかなり動揺したが、すぐに若葉の言葉を理解して若葉の鞄からシーツほどの大きさはある薄手の紫色の布を取り出し、急いで自分達三人を包んだ。
その布は秋也が以前作ったもので、薄手ながらナイフや銃弾さえも防ぐ強度を誇る絶対防御を誇る。
一時的ではあるが安全を確保したところで、このあとどう切り抜けようかと自身の鞄の中身を思い浮かべながら考えていると、若葉の予想外のことが起きた。
籠城状態を察したのか布にくるまった三人を大人しく眺めていた鬼が、丁度良いと言わんばかりに布ごと持ち上げてお持ち帰りし始めたのだ。
「ま、じ、かぁぁぁぁ」
ショッピングモールには若葉の息も絶え絶えな叫びと、子どもを奪われた母親の悲痛な叫びが響いていた。




