10:30am/対策課事務所
「はぁぁぁぁ……」
爽やかな朝の空気の中で、事務所のとある一角だけ空気が淀んでいる。
その原因である一華は暗い表情で深いため息を吐いているが、誰も気にも止めず、声をかけたり、ましてや励ますなんてことをする人間はいなかった。
「いいなぁ……私も春くんとデートしたいなぁ……」
朝からずっとそう言って落ち込んでいる一華に、初めこそ笑いながら慰めのような言葉をかけてくれた人もいたが、三十分も経った頃には周りももう慰めることも諦めた。
元々対策課には男の方が圧倒的に多く、更に言えば男も女もマイペースな人ばかり。
人が少々落ち込んでいようが、淀んだ空気を撒き散らしていようが、気にせず自分のことに集中出来る優秀な人材の集まりである。
「そろそろ諦めて仕事しなさい。彼なら一華が誘えば喜んでデートでもなんでもしてくれるでしょ?」
「そうだけどー……そうなんだけどー……」
雲雀がいつまでも落ち込んでいる一華を軽く嗜めるが、一華からは煮え切らない返事が返ってくるのみ。
雲雀は隠しもせずに目の前で大きくため息を吐いた。
何せこの会話は本日既に五回目だ。
――ガチャ
「あら?」
ついに雲雀ももう今日は一華のことは諦めようかと思い始めた時、事務所の扉を開けて不機嫌そうな様子の恭介が入ってきた。
「随分と早かったですね? やっぱり若葉がいないとつまらないのかしら?」
「お前もか」
「? 何の事?」
ギロリと睨みつけられたが、昔から恭介のことを知っており慣れている雲雀はけろりとしている。
それがまた気に入らなくて、恭介はチッと盛大に舌打ちをした。
「トレーニングしてたらバカが絡んできたんだよ。鬱陶しくてやる気も失せた」
「それは……お気の毒でしたね」
恭介の話を聞いた雲雀から心の底から同情の眼差しを向けられ、少し苛立ちが収まった恭介は重く長いため息を吐いた。
「大方藤咲弟がいなくて暇なんだろ。で? そいつはどうしたんだ?」
恭介が入って来たときからずっと机に突っ伏したまま――春陽の名前にはぶれずに一瞬ぴくりと反応した――の一華を見ながら、恭介は雲雀に尋ねた。
「その弟が何処ぞの女とデートしてる事に朝からずっと落ち込んでるんですよ」
「はぁ? ったく、どいつもこいつも……おい、藤咲。仕事しろや。しないんだったら帰れ。邪魔だ」
「うぅ……正論すぎる……」
雲雀と違い不機嫌モードの恭介に慣れていない一華は、渋々ながら漸く仕事をすべく動き出した。
それを見て雲雀はホッと胸を撫で下ろし、諏凰もたまには役に立つわね、と内心で失礼なことを考えていた。
「あー、イライラする。鬼でも出て来ねーかな」
「あー、同意です。思いっきりボコボコにしたい」
「あなた達ねぇ……」
民衆を守る仕事に従事している者の台詞とは思えない不謹慎な発言に、雲雀はこの部屋で本日一番の呆れの籠ったため息を吐いた。




