10:00am/第三研究室
「黒崎クン、おる?」
ノックと同時に返事も聞かず入ってきた訪問者の声を聞いて、びくりと準太の肩が跳ねた。
入ってきたのは首を覆う少し長めの真っ黒な髪に同じく真っ黒な瞳、更には上から下まで真っ黒な服を着た真っ黒な男だった。
その男の後ろには、赤茶色の髪を腰の辺りまで伸ばし、飴色の縁の眼鏡をかけた真面目そうな女性が、まるで秘書のように控えている。
男の名前は笠原圭一、女の名前は千石奈津美といい、名目上は対策課所属となっている。
「また壊したのか?」
秋也が奥の部屋から出てきて、圭一の手の中にあるものが何かを理解すると呆れたような声を出した。
それに対し、圭一はさも自分に非はないと言わんばかりに肩を竦める。
「これが脆すぎんねん。もうちょい丈夫にできひんの?」
「出来るか。加減の出来ないお前の為に、相手が死ぬ前に壊れるように調整してやってんだ。それを壊すこと自体が問題なんだよ」
「えー? そない力入れてへんよ?」
「壊れてる時点でアウトだ」
秋也はまだ納得いかないような顔の圭一の手から使い物にならなくなってしまった武器を取りあげた。
耐力をかなり上回る力を加えられたようで、修理不可能となったそれを見て秋也は顔をしかめた。
「千石のは?」
秋也が手元のガラクタから後ろに控える奈津美に視線を移して問いかけると、奈津美は控え目に首を振った。
「私なんかのために黒崎様の手を煩わせるわけにはいきません。大丈夫です」
「つまりは壊したんだな。一つも二つも変わらないから、ほら」
秋也に促されて申し訳なさそうに差し出されたそれは、圭一の程ではないが、やはり同じく修理は出来そうになかった。
「お前ら、人間相手なんだからちょっとは加減を覚えろよ」
ため息を吐きながら言う秋也の手元を後ろから覗きこんだ準太は、顔色を悪くしてキュッと口を引き結んだ。
圭一と奈津美の仕事内容は少々特殊だ。
所属は対策課所属とはなっているが、彼らは鬼を駆除するわけではない。
彼らの相手は鬼ではなく人間である。
世の中にはいろいろな人がおり、中には少々厄介な人種もいる。
その中で特に問題なのは、鬼が神の使いと信じている者達だ。
彼らは鬼こそが神聖な生き物であり、堕落した人間を滅ぼすために神が遣わしたという一種の宗教のような考えを持っている。
彼らにとって人間は全て鬼に滅ばされることが運命であり、その神聖な生き物である鬼を駆除するこの組織の人間は悪以外の何者でもない。
中には過激派も多く、そんな彼らと物理的な話し合いをするのが圭一と奈津美の仕事だ。
とはいえ物理で解決するのは最終手段であり、そういった仕事をすることは滅多にない。
「そない警戒せんでも、無意味に殴ったりせぇへんよ?」
少しでも圭一と距離を取ろうと秋也の後ろに半分ほど隠れている準太に向かって、圭一は笑いながら言った。
圭一はスラム街のような場所で育ったらしく、幼少期は相当苦労したようだ。
生きる為には何でもしてきたらしく、そのせいか彼は何の躊躇いもなく人を攻撃できるという少々厄介な性格をしている。
自他共に認める不運体質の準太は、圭一との初対面の際、壊れた武器を持ってきた彼に対し大分強めに苦情を申し立てた。
その中のどこかが圭一の琴線に触れたようで、気付いたら彼の持ってきた壊れた武器で殴られており、騒ぎに気付いた秋也が止めに入った時には目玉を抉られそうになっていた。
秋也が止めに入るのがもう少し遅かったなら準太は今ここにいることは出来なかっただろう。
そんなことをされた相手を警戒するなと言う方が無理な話だ。
しかし圭一の方は本気で準太の態度が不思議なようで、会うたびに同じように近づき、話しかけてくるため、今のところ準太のトラウマが癒える予定はない。
「ほれ、予備だが無いよりマシだろ」
ひっつき虫と化した準太を引きずりながら奥の部屋へ行き、秋也は壊れてしまった武器と良く似た形のものを持ってきて二人に手渡した。
「おー、流石黒崎クン! 助かるわ」
「ありがとうございます。お返しをしたいと思っているのですが、非常に残念なことに今は返せるものが何もありませんので、大変恐縮ですが一時お待ち頂けますでしょうか? 必ずお返ししますので」
「お返しはいいから今度は壊すなよ?」
秋也の忠告に、圭一は笑顔で、奈津美はそっと目を逸らした。
全く違う反応ではあるが、二人とも返事をしないのは共通である。
「じゃあボクらはそろそろ行くわぁ。また宜しゅうな」
「失礼致します」
結局返事をしないまま、二人はあっという間に部屋を出ていった。
やがて足音さえ聞こえなくなったのを確認して、ようやく準太は詰めていた息を吐いた。
「もうまじで無理……何なんですかあの人……絶対何人か殺ってるでしょ」
「準太は想像力が逞しいな」
大して興味がなさそうな秋也の態度に準太は不満げだ。
「僕の想像じゃなくて、本当にそういう噂があるんですよ? 子供の時には既にそっちにも手を染めてたんじゃないかって」
「あくまで噂だ。まぁ百パーないとは言い切れないが」
秋也の余計な一言に準太は非常に情けない顔をした。
「もう第三研究室立ち入り禁止にしてくださいよ」
最後の手段と準太は目一杯悲壮感を漂わせて訴えてみたのたが。
「残念ながら奴等は既に第一研究室、第二研究室へは立ち入り禁止だ」
諦めろ、とどこか楽しそうに言う秋也に、準太は今度こそ机に突っ伏して泣いた。




