10:00am/北区ショッピングモール
「わー、広いんですねー!」
「ほんと広いねー!」
春陽と若葉は建物のフロアマップを見て感嘆の声をあげた。
そこは最近出来たばかりの複合施設で、地域最大級との謳い文句の通り百を優に越える店舗数を誇り、ファッションや雑貨、飲食店やゲームセンター、映画館からカラオケやバッティングセンターまでありとあらゆる店が入っている。
「とても一日で全部は回れそうもないね」
「ですね。しばらく楽しめそうですけど。とりあえずこの辺から行ってみましょうか」
「そうだねー。せっかく藤咲くんに付き合ってもらったんだから、今日中にいいもの見つけないと!」
「僕で役に立てるかどうかはわからないですけどね」
春陽がそこにあったガイドを一枚手に取って、少し早足で二人は目的の方向へと向かった。
カメレオンと対峙した後から、春陽は真剣にトレーニングを始める事にした。
と言ってもトレーニングなどこれまでしたこともなかったため、自身の教育係である千紘に指導を頼んだのだが……
「教えてあげたいのは山々なんだけど、俺トレーニング禁止されてるんだよねー。ごめんね」
謎の理由であっさり断った千紘に春陽が思わず疑いの目を向けてしまったのは仕方がないことだろう。
「トレーニング禁止ってどんな決まりですか」
思わず呆れた声を出してしまった春陽に千紘はきょとんとしている。
「えー? そう言われても、決まりは決まりだからねー」
「え? ほんとなんですか?」
冗談を言っている様子のない千紘にまさかという思考を隠しもせず春陽が確認すると、隣で聞いていた秋也が笑い声をあげた。
「藤咲、信じらんねーだろうが、今回そいつ嘘ついてねーよ」
「え? じゃあほんとに禁止なんですか? 何で?」
「はるちゃん、素直なのはいいことだけど、俺への信用の無さが見え隠れしてることに気付いてほしいな」
「あ、すいません」
あっさりと謝った春陽に対して、それはそれで微妙な気分になった千紘は、革靴で思いっきり水溜まりに飛び込んでしまったときのような何とも言えない表情をした。
「トレーニングしたけりゃ瀬戸に頼めば?」
秋也の提案に春陽は驚いて目を見開いた後、首と手を大きく左右に振った。
「それはさすがにご迷惑ですよ!」
「あいつの迷惑なんか気にしなくていいだろ」
「いやいや! 気にしますって!」
春陽のヒーローが恭介と判明したあの事件以来、春陽は恭介を見かけると嬉しそうに話しかけに行くようになった。
その姿はまるで全力で尻尾を振って飼い主に駆け寄る犬のようで、見ていてとても微笑ましい。
恭介も満更でもないようで、初めこそハラハラしながら様子を見ていた対策課の面々も、今ではすっかり若葉の時と同様、近くから見守る体勢に入っている。
「大丈夫大丈夫! きょーちゃんはるちゃんのこと気に入ってるみたいだし!」
先程のショックから復活したらしい千紘が秋也に同調すると、春陽は『気に入ってる』という言葉に少し嬉しそうな顔をした。
「けどそれとこれとは話が別な気が……あ、じゃあ神谷さんから頼んでもらうっていうのは……」
「うーん、頼んでもいいけど、俺が頼んだら間違いなく断られるだろうから、はるちゃんから直接頼んだ方がいいと思うよ?」
「……そうですね」
自分で提案しておいて何だが、春陽は恭介への頼み事を千紘に頼むのは無理があるなと思い直した。
千紘は恭介のことをどちらかといえば好いているが、恭介は千紘のことをどちらかといえば鬱陶しく思っている。
当然相思相嫌の秋也も却下だ。
「真面目な話、あいつ結構面倒見はいいし、トレーニングは好きだから喜んで引き受けると思うぞ。まあ絶対に表には出さないだろうけどな」
「……そうですね。ちょっと頼んでみます」
秋也の言葉と、若葉といるときの恭介の態度を思い浮かべ、背中を押された春陽はその足で恭介に指導を頼みに行った。
「へー、感心だな。三森とはえらい違いだ」
春陽が頼むと、恭介は息をするように若葉を落としながらあっさりと了承してくれた。
その様子は迷惑がるどころか心なしか上機嫌で、秋也の推測は見事に当たったらしい。
逆に恭介の方も秋也のことをよくわかっているなと思わせる発言をすることもあり、春陽は何だかんだ言って二人はお互いのことがよくわかっているんだなと感心した。
まあその上で今の様な関係なので、空気の読める春陽はそのことを口にしなかった。
それからちょくちょく恭介に指導をしてもらっている春陽は、まだまだ恭介の足下にも及ばないが以前より体力と度胸がついてきたように自分では思っている。
最初は休憩を挟みつつの二時間半が限界だったが、最近では三時間まで続けて動けるようになってきた。
また恭介とトレーニングをするようになって、その流れで休憩中に雑談をしたり、一緒に食事をとったりと、以前より一緒にいる時間が増え、その分仲良くなれたのも春陽には嬉しい誤算だった。
そんなある日、春陽は三森に呼び出された。
恭介の相棒ということで以前より話す機会は増えたが、トレーニングを始めたばかりの春陽は若葉と別の時間に指導を受けているためそれほど親しくなった訳ではない。
一瞬最近恭介の時間を貰いすぎていることへの不満をぶつけられるのかという考えが過ったが、そんなに親しくなくても若葉がそんな娘ではないとわかったためその考えはすぐに捨て、疑問に思いながらも呼び出しに応じた。
その結果が本日のデートである。
「けど瀬戸さんの趣味なんて、僕より三森さんの方がよっぽど詳しいんじゃないですか?」
「いやー、さっぱりだねぇ。趣味……トレーニングとか?」
「それはなんだか違う気がします」
本日の二人の目的は瀬戸へのプレゼントを探すことだ。
どういった流れかは知らないが、若葉は最近恭介と誕生日の話題になったらしい。
そこで恭介の誕生日がもうすぐ来るということを知り、最近恭介と仲の良い春陽にプレゼント選びを手伝ってもらえないか、ということだった。
「だいたい瀬戸さんって自分の話ほとんどしてくれないんだよね。藤咲くんは聞いたことある?」
「基本的にはしないですね。あ、でもたまに神谷さんと黒崎さんとの思い出話はしてくれますよ」
「えっ、なにそれ羨ましい!」
「まぁほとんどお二人に対する苦情ですけどね」
そんな風に仲良く話しながら歩いていると、男性用の服や雑貨、アクセサリーの店が建ち並ぶエリアに到着した。
「あ、そういえば」
もう少しで店に着くところで、春陽が思い出したように口にした。
「瀬戸さんの話す話題で一番多いのって、三森さんの話なんですよ」
春陽の発言に、若葉は眉間に思いっきり皺を寄せた。
「それ絶対私の失敗談でしょ?」
若葉の反応に、春陽は肯定も否定もせずにただ笑った。
若葉は春陽のどちらとも取れる反応に話を続けようとしたが、そこで最初の店に到着してしまっため二人は一旦話を中断し、目的を達成すべく店の中に足を踏み入れた。




