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10:00am/対策課事務所

「よぉ、三森。お早い出勤だなぁ?」


 事務所に入った途端、自身の教育係兼相棒である瀬戸恭介(せときょうすけ)にまるでどこぞのヤクザのように絡まれ、三森若葉(みもりわかば)は思わず一歩後退った。

 ここは対策課の事務所であり多くの人が行き交っているが、恭介のその雰囲気に周囲は知らんぷりか興味津々に観察しているかの二択のみで、誰一人若葉を助けてくれる気はないようだ。

 

 若葉は鬼の駆除を主な仕事とする対策課に所属しており、今年で二年目になる。

 ちなみに対策課も広報課同様二人一組が基本で、若葉の相棒が恭介に決まった時には先輩たちもそれはそれは心配してくれたのだが、今ではお前なら大丈夫、と謎の信頼を寄せられており、若葉としては非常に不本意に思っている。


 現在時刻は午前十時。恭介が冒頭の台詞を言葉通りの意味で言った訳ではないことは、少し抜けていると言われる若葉にも分かった。

 もう一度だけ周りの様子をちらりと伺ったが、わざとらしく視線を反らす先輩たちに若葉は自分で何とかするしかないのだと悟らざるを得なかった。


「お、おはようございます、瀬戸さん。ちょっとさっきそこで一華……藤咲さんたちに会って盛り上がっちゃって、神谷さん達の話だったんですけど。あ、そういえば瀬戸さんと神谷さんと黒崎さんは幼なじみなんですね」

「抹消したい事実だがな」

 恭介は心底嫌そうに眉間にシワを寄せている。

 和ませることができるかと思って振った話題だったが、どうやら逆効果だったようだ。

 仕方ないので若葉はもうストレートに原因を聞いてみることにした。


「えーっと……朝から何かあったんですか? せっかくのイケメンが台無しですよ?」

「あ? 俺はどんな時でもイケメンだろーが」

「自分で言っちゃうのはどうかと思います」

 確かに恭介はかなりのイケメンだ。

 癖のないきれいな黒い短髪に、少しワイルドな雰囲気は、若干のナルシスト発言も許されてしまうのだろう。

 事実相当モテているようだが、若葉は大事なのは中身だと常々思っている。


「っつーかそんなことはどうでもいいんだよ。それより、何かあったんですか、だぁ? お前、自分で言い出したことをまさか忘れてるわけじゃないだろうな?」

「へ?」

 思いもよらないことを聞かれ、若葉は一瞬ポカンとした後自分の記憶を辿った。


 今日は水曜日。

 昨日、一昨日と振り返ったか、今週は事務作業が主だったので特に何もなかったはずだ。珍しく恭介に叱られることもなかった。


 では先週。

 ちょうど一週間前の水曜日、東区の小学校付近に赤鬼が出たので、恭介と若葉は対策課の仕事である駆除に向かった。

 その際に若葉はちょっとしたミスで怪我をしてしまい、恭介に庇ってもらい何とか無事に仕事を終えた。

 若葉はその時、自分の不注意でミスをしてしまい恭介に迷惑をかけてしまったことを反省すると共に、仕事を始めて一年が経っても全く成長していないような気がしてこれは何とかせねばと思いたった。

 そして――


「……あぁ!」

 そこで漸く恭介が怒っている理由に気がついた。

 確かに若葉はその時恭介に言ったのだ。

 一週間後の()()()から稽古をつけてください、と。

「忘れてました!」

「このアホ娘!」

 対策課の事務所に恭介の叫びと書類の奏でるスパーンという小気味の良い音が響き渡った。

 それは若葉が対策課に所属し、恭介がその教育係兼相棒となった一年前からもはや日常となっている風景で、周りもようやく落ち着いたかと微笑ましく見守るだけだ。


 叱られている筈の若葉がヘラリと笑ってあまり気にした様子がないのを見て、恭介はがっくりと項垂れて腹の底から深い深いため息を吐いた。

「や、わ、忘れてましたけど、ちゃんとやる気は十分なんで!」

 ご指導よろしくお願いします、と流石に申し訳なく思った若葉が慌ててそう告げると、先ほどまでうつ向いていた恭介が顔を上げた。

 その顔を見て若葉は顔をひきつらせた。

 若葉が呆れていると思っていたその顔には凶悪な笑みを浮かべており、自分が踊らされていたことに気がついたがすでに後の祭りだ。


「そーかぁ、そんなにやる気があるなら何よりだ。予定より遅くなったから、そうだな。予定の倍速で鍛えてやるよ。泣いて喜べ」

「へうぇ!? いや、通常! 通常のペースでお願いします!」

 若葉の必死の訴えも、イイ笑顔で黙殺された。

「そうかそうか、そんなに嬉しいかぁ。じゃあさっさとトレーニングルーム行くぞ」

「お手柔らかに! お手柔らかにお願いしますぅぅぅ!!」


 傍若無人な恭介とマイペースな若葉のそんな漫才のようなやりとりは、今や対策課の平和な日常の一部である。

 要するに、最初は心配してたけど今では結構いいコンビだよなぁ、というのがこの二人に対する周囲の人間の総意であり、これからも近くから暖かく見守っていこうというのが先輩たちの出した結論だった。

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