2:00pm/南南峠
「ポイント到着しました」
一華と雲雀はすぐにバイクで南南峠の目撃情報のあった地点へと向かった。
支給された通信機に向かって雲雀が報告すると、充分警戒するように、という忠久からの応答があった。
そんな五歳の子供でもわかるような当たり前のことを言われたため、そんなのわかってますよ、と雲雀が皮肉で返したところ、隣の一華からは咎めるような視線を、通信機の向こうの忠久からは豪快な笑い声をもらった。
「……ポイント、ここだったわよね?」
「そのはずだけど……」
一華と雲雀は辺りを見渡して首を傾げた。
『なんだ? どうかしたのか?』
二人の戸惑ったような声を聞いて、忠久が尋ねた。
「赤鬼が通ったにしては、痕跡がなさすぎるんです。草木や枝の折れた跡もなければ、足跡さえも見当たらない」
『……妙だな』
様子を聞いた忠久も同様に不審に思ったようだ。
一華と雲雀のいる南南峠は、極力人の手を加えず自然のままの姿を残している場所で、ハイキングコース用に作られた簡単な小道はあるが、それ以外周りは草花や樹木に囲まれている。
『小鬼と言っても小動物じゃない、しかも相手は赤鬼だ。痕跡を残さないように注意しているとは到底思えないし、ひょっとすると目撃情報が間違っている可能性があるな。もう少し調べてみてくれ』
「了解」
一華が簡潔に返事をして、二人は周りを警戒しつつ素早く移動を開始した。
最初のポイントから五分程移動すると、向こうから初老の男がのんびりと歩いて来た。
「こんにちは。ハイキングですか?」
一華が笑顔で尋ねると、男もにっこりと笑い返してくれた。
「ええ。健康のために毎日欠かさず歩いとるんですよ」
「それはいいですね。けど、今日はちょっと止めておいた方がいいかもしれないです」
男の返事に一華が困ったように笑って助言すると、何かあったのですか? と不思議そうに尋ねられた。
「実はこの先で鬼の目撃情報がありまして。私達はその駆除のために来たんです」
「なんと、そうだったんですか。いや、若くて綺麗なのに、なかなか勇敢なお嬢さん方ですな」
男は二人を見て感心したように言い、それに対し一華は、そんなことないですよー、と言いつつ嬉しそうにしている。余談だが、一華が喜んでいるのは綺麗、という言葉ではなく勇敢、という言葉に対してである。
「けどその鬼が見つからなくて困ってるんです。おじいさん、何か見たり、聞いたり、変わったことってなかったですか?」
一華が尋ねると、男ははて、と不思議そうな顔をした。
「私と同じようにうぉーきんぐを日課にしている友人に数刻前会ったのですが、彼はついさっきこの先の道を歩いていたと言っていました。けれど、赤鬼なんて見ていないと言っていましたよ」
「えぇー? どういうことだろ?」
男の話を聞いて、一華はますます首を傾げた。確かに通報があったのはこの場所のはずだし、最後の目撃情報からそんなに時間も経っていないはずだ。
「あ、お話ありがとうございました。私達はもう少し捜索してみますので、おじいさんは今日は念のため家に帰って、なるべく外に出ないようにしてくださいね」
「わかりました。ではお嬢さん方、くれぐれもお気をつけて」
そう言って来た道を引き返していく男を、二人は笑顔で見送った。
「どういうことかしら?」
先ほどの男の話について、雲雀が顎に手をあて思案した。
「寄せられた目撃情報は数件、確かに多くはないけれど、この立地を考えると決して少なくもないはず。けど痕跡は全くと言っていいほど見当たらないし、目撃情報も途切れてる」
「おじいさんの友達がたまたま会わなかった、とか?」
「それは赤鬼のサイズと性格を考慮すると考えにくくないかしら? それよりはもう移動してしまったと考えた方が妥当ではあるのだけれど……」
『峠から保育園までは少なからず町を通る。けど新たな目撃情報は入ってないぞ』
通信機の向こうで話を聞いていたらしい忠久が雲雀の台詞に相槌を打った。
「うぁー……私こういう謎解きみたいなの苦手なんだよね。雲雀ちゃん、頑張って!」
一頻り唸った後、一華は早々に白旗を揚げた。
一方雲雀はまだあれは、これは、とこれまでのパターンを思い出しつつ考えている。
『悪ぃけど、俺もこういう考えることは専門外だ。大体こういうのはプロに聞くのが一番! っつーことで、ちょっと黒崎大先生に相談してみるわ』
「あ、それ助かります! よろしくお願いします」
忠久も一華に続いてギブアップし、助言を求めるべく移動を開始した。
「もしかしたら……」
それまで一人考え込んでいた雲雀が呟き、一華がそちらに視線を向けた。
「雲雀ちゃん、何かわかったの?」
一華の問いかけに、雲雀は少し迷った後自分の考えを確認するように話し始めた。
「赤鬼の目撃情報が複数あったわよね? けど赤鬼に見つかってしまった人を含め被害報告は上がっていないし、目撃場所に赤鬼の痕跡が皆無。このことから考えて、私は今回のターゲットは赤鬼じゃないと考えるのが一番妥当だと思うの」
「目撃情報が間違っていたってこと?」
雲雀の説明に一華が問いかけると、雲雀は首を振った。
「いいえ、確かにみんな赤鬼を見たんだと思うわ。一人ならまだしも、目撃者全員が口を揃えて赤鬼を見たと証言しているのだから、皆が皆見間違えるとは考えられない」
「え? うん? どういうこと?」
雲雀はターゲットは赤鬼じゃないのに、目撃されたのは赤い鬼だと言う。一華には意味が分からない。
「そこから導き出される可能性。過去にたった二度だけ存在が確認されて、たった一度だけ駆除に成功したレアケース。普通に考えると確率は低いけれど、状況証拠を照らし合わせるとその確率は一気にあがるわ」
「それって……」
そこまで聞いてやっと一華もその存在に思い至った。
「「カメレオン」」
『ご名答』
通信機の向こうで、楽しそうな秋也の声がした。