2:00pm/南区保育園
「お兄ちゃん、『くんれん』って何するの?」
園児の一人がそう尋ねると、園児達は揃って首を傾げた。
園児達に混じって春陽も首を傾げていたため思わず、はるちゃんは首傾げてちゃだめでしょ、と千紘が突っ込んでしまい、春陽は園児達に笑われてしまった。
「そうだなぁ、基本的に鬼が近づいてきてる時は建物の中でじっとしてることが大切だから、特にすることはないんだよねぇ」
「あ、じゃあ鬼について勉強するっていうのはどうでしょう? 一口に『鬼』って言っても色によって全然違うから、対処の仕方も変わってきますよね?」
どうしようか、と顎に手を当てて考え始めた千紘に、名誉挽回とばかりに春陽が提案した。
「そうだねぇ……じゃあそうしようか」
言いながらちらりと横目で何かを確認した千紘は、ニヤリと悪戯を思い付いたように笑った。
突然だが、春陽は絵心がない。俗に『画伯』と愛情を込めて呼ばれるタイプだ。
前回この保育園に講演に来た時、鬼がどんな姿をしているか聞かれた為近くにあったホワイトボードにデフォルメして描いたところ、生き物じゃない、意味がわからない、と園児すら騒然とさせたほどだ。
ちなみに千紘は笑いすぎて話を一時中断せざるを得なくなった。
「先生、あのホワイトボード借りてもいいですか?」
先程確認したホワイトボードを指差し楽しそうに尋ねる千紘に、春陽は嫌な予感しかしない。
「神谷さん、まさかそれを使うのって……」
「もちろん、はるちゃんに決まってるでしょ?」
「嫌ですよ!?」
当然のようにそう告げる千紘に、春陽が焦って抗議する。
「神谷さんは絵お上手なんですから、神谷さんが描いてくれればいいじゃないですか! 大体、僕の絵で子供達に伝わるとは思えません!」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
「全然大丈夫じゃないですから!」
必死に拒む春陽の様子に、千紘は腕を組んでうーん、と唸って言った。
「でもはるちゃん、講義とか苦手でしょ?」
「あぅ」
春陽はどちらかというと頭のいい方ではない。
暗記系は特に苦手で、仕事柄重要な鬼の性質についてでさえ、覚えやすいところ以外は何となくふんわりと覚えている程度だ。
加えて春陽は人に説明するのも下手だ。
つまり、覚えた知識を人に伝えなければならない講義というものは、春陽の最も苦手とするものだった。
「と、いうことで、はるちゃんは書記担当よろしくね」
そう言われてしまっては反論することなど出来ず、春陽は涙をのんでマジックを手に取った。
「鬼にはいろんな色がいます。そして、色によって性格が違います。だから、色を見るとそれがどんな鬼なのか大体知ることができます」
説明をしながら、千紘もマジックを取ってホワイトボードにあか、みどり、あお、くろ、と文字を書いていく。
「はるちゃん、それぞれイラストよろしくね!」
「はぁーい……」
「じゃあまずは今回の『くんれん』で登場する予定の赤鬼から」
千紘の言葉に従って、春陽は赤いマジックに持ち替えて、あか、と書かれた下にねこの輪郭のようなものを描いた。
次に黒のマジックで輪郭の中に大きめの円を横並びに二つと、その間にひらがなのしを描いた。
また赤いマジックを手に取ると、しの下にたらこ唇のような口を描いて、満足そうに頷いた。
「顔こわっ」
思わず口にした千紘に、先生達数人も思わず頷いたのは仕方がないことだ。
しかし春陽としてはなかなか上手く描けたつもりだったらしく、そうですかねー? と首を傾げながら僅かに不満気だ。
園児たちは口々に感想を叫んでいるが、今回は前回と違いちゃんと生き物の顔と認識されたようだ。画伯と同じ感性なのか、ネコちゃんかわいい! という強者もいた。
「まぁはるちゃんにしては上手いか。そのまま続けて他の鬼も描いてね。あ、ちゃんと体も描くんだよ?」
「はーい」
最初は嫌がっていた春陽だったが、だんだん楽しくなってきたようでノリノリで描いている。可愛いと言われたのも効いているのだろう。
「じゃあはるちゃんの描いてくれた赤ねこ……じゃない赤鬼について。赤鬼はとっても凶暴で、とっても強いから、絶対に近付いちゃだめだよ! けど、彼らはあんまり頭が良くないんだ。例えば君達を見つけて追いかけて来たとするよね? すると君達を追いかけている途中で、赤鬼の目の前を鳥さんが横切ったとする。そしたら、もうそっちが気になってそっちを追いかけちゃう。それで鳥さんを追いかけているうちに、君達を追いかけてたことも忘れちゃう。だからもし赤鬼に見つかっちゃったら、何とかして彼らの気をそらすことが大事なんだよ」
わかったかな? という千紘の質問に、園児たちは笑顔ではーい、と元気よく返事をした。
ホワイトボードには何故か足が五本の五足歩行の赤鬼が完成しており、どこか間抜けなその絵のおかげで園児たちはほとんど怖さは感じていないようだ。因みに鬼は総じて二足歩行である。
「因みに赤鬼のほんとの見た目はこんなのじゃないからねー。桃太郎の絵本に出てくる鬼に近いかな。鬼っていう名前がついたのもそこからなんだよ。ほら、はるちゃん、手が止まってるよ! 気にしないでどんどん描いて! じゃあ次は緑鬼について。緑鬼は赤鬼と違ってとっても怖がりさんだから、こっちがびっくりさせない限り襲ってきません。それと怖がりな性格だからか、鬼の中では珍しく群れで行動している姿が確認されています。けどイライラしてるときやお腹が空いているときとか時と場合によっては襲ってくるので、緑鬼だからって油断して近付かないようにしてね」
いいですね? と千紘が尋ねると、再びはーい、という返事が返ってきた。
園児たちの反応に満足して千紘がホワイトボードを確認すると、今度は緑のスライムのような絵が描かれていた。
「次は青鬼です。青鬼は鬼の中ではわりと小さくて、力も弱いです。けど赤鬼と違って頭が良く、棒や刃物などのちょっとした道具を使えたりできるし、過去には倒そうとした大人達に抵抗するために小さな子供を人質にとったりしたことがあります。だから青鬼が見た目は一番弱そうなんだけど、一番危ないから、彼らにも絶対近付いちゃだめだからねー」
絶対ですよー? と千紘が念を押すと、三度はーい、という返事。ホワイトボードには何故か青いただのおじさん(顔が怖い)のようなものが描かれている。
「それと黒鬼。これは何度か目撃情報があがっているのですが、実際に捕まえたり駆除したりしたことはまだありません。出たっていう通報が入ってもすぐに姿を消しちゃって、黒いってこと以外正確な姿や性格、教われた人がいるのかとか、詳しいことはまだ何もわかってません。だから何がおこるか全くわからないから、彼らにも近付かないようにね」
千紘が園児達を見渡すと、はーい、と何度でも変わらずにいい返事が返ってくる。ホワイトボードにはまっくろくろすけのようなイラストが描かれている。
「他にもいるかもしれないけど、今のところ知られているのはこの四色かな……あ、そういえばもう一つ、珍しいのがいるんだった」
そう言って、カラフルなイラストで賑やかになったホワイトボードの端に千紘はもう一つつけ足した。