12:40pm/総務課事務所
千紘と春陽が充に連れられて来たのは総務課の事務所だ。
総務課の仕事は会計処理や、依頼、情報の精査、人事関係など、組織の運営に関わる事務作業が主である。
「昨日は随分と立派に仕事をしてきたようですね」
充は自分のデスクに腰かけて、側に立つ二人を無表情に見上げて言った。
「もっちろん! ちゃーんとみつるくんの台本通りに話して来たよ? 子供たちも大喜び」
千紘がへらりと笑いながらいけしゃあしゃあと言う姿を、春陽は横でハラハラしながら見守った。充は相変わらず無表情だ。
「『世界が終末に近づく頃、深淵の彼方から恐ろしい古の魔物が現れた』……私はそんな台本を書いた覚えはありませんが」
「あれ? みつるくん来てたの?」
悪びれる様子もなくそう尋ねる千紘の前に、充は一枚のSDカードを差し出した。
「今朝、その場にいた保護者の方から問い合わせがありました。よく意味が分からなかったので解説していただけませんか、だそうです」
淡々と告げる充の態度に春陽は冷や汗が止まらないが、千紘は反省するどころか呆れ顔でそのデータを見ている。
「そんなのただここの職員と話したいだけの口実に決まってるじゃん。みつるくんは知らないかもしれないけど、ここの職員ってそういうファンがけっこー多いんだよ? 録画なんてしてる時点でほぼ確定!」
「神谷さん」
「本体まで問い合わせて、苦情ならまぁわかるけど解説してくださいって、そんなのその場で質問したら済む話でしょー? けどその時はそんなこと誰も聞かなかったんだよ?」
「神谷さん」
「大体みつるくんの台本じゃ子供たちは絶対つまんなかったと「ペナルティ、倍にしときますか?」申し訳ありませんでした」
それまで悪びれることなく、充の呼び掛けにも応えず饒舌に話していた千紘がペナルティの一言に秒速で白旗を振った。
春陽はずっと緊張しながら様子を伺っていたが、千紘が謝罪したことでようやくほっと息をついた。
これまで千紘が充に勝てた試しがないのだから、最初から素直に謝ってしまえば、さらに言えば怒られるようなことをしなければいいのにと春陽は思うのだが、千紘曰くこれも大事なコミュニケーションらしい。充がそう思っているかは定かではないが。
ともあれようやく落ち着いて、充が言葉を発しようとしたその時、けたたましいサイレンの音が辺りに鳴り響いた。
『緊急召集、緊急召集。次のものは、至急特別対策室へお越しください。対策課、瀬戸恭介、三森若葉、藤咲一華、西條雲雀。広報課、神谷千紘、藤咲春陽。研究課、黒崎秋也、七尾準太。繰り返します――』
「みつるくん、残念ながらペナルティ、出来そうにないわ」
先ほどのおちゃらけた雰囲気を一変させた千紘に、充はため息をついた。
「帰ってきてからで構いませんよ」
「そこは頑張ったらチャラにしてくれるところでしょー?」
「それとこれとは話が別です。それに、それが貴方達のお仕事でしょう?」
充の言葉に、千紘は胸を張って頷いた。
「では藤咲さん、神谷さんを頼みましたよ」
「あ、はい」
不意に話を振られて春陽が反射的に肯定すると、途端に先程までの緊張感が一気に弛み、千紘が不満そうな表情になった。
「ちょっとみつるくん、フツー逆でしょ?」
「いいえ? 貴方は危なっかしいんですよ。ですから、絶対に無理はしないでください」
充は相変わらず無表情だったが、春陽には充が本当に心配していることがわかった。
千紘にもそれは伝わった様で、渋々ながら充の忠告に頷いた。
「わかってますよー。はるちゃん、行こう!」
「あ、はい! じゃあ倉持さん、失礼します!」
「藤咲さんもお気をつけて」
充の言葉に春陽は元気よく返事をして、先を行く千紘の後に続いて駆け出した。