雪菜の帰還?!
ーギャビン視点ー
焦りは禁物だ。
頭では理解している。
だが、こんなにも感情のコントロールが出来ないのは初めてかもしれない。
この王宮を取り戻した日。
雪菜殿は、アーノルドの元へと帰った。
いや。正確には『大森林』へと戻ったのだ。
精霊との約束は絶対のモノ。
だから、心配などしていなかった。
あの日まで。
王宮のあちこちに火を放って逃げたガランドの為に、後始末は困難を極めた。
必要なモノを緊急出動させねばならない。
とにかく、食べ物。
寝る場所の確保。
そして癒しの魔法使いの派遣。
やる事は限りなくある。
町に暮らす人々を救うために。
一刻の猶予もないこの国を支える民を救うために…。
だから、無我夢中で働いていた。
第一騎士団の処遇や、ガランドについた貴族への罰などは、ベレットに任せて。
彼ならば、安心だ。
決して無駄遣いはしないからな。
それこそが彼の本質。
だからこそ。
無駄な懲罰など好かない。
罪人すら役に立てる方法を模索するのが彼のやり方だ。
後から知る報告書によれば国境や辺境の見回りに飛ばされたとか。
かなり困難に道のりとなる場所も多い。
「苦労は買ってでもしろ。
雪菜殿は良い言葉をご存知だ。
彼らの苦労こそ、虐げられた人々の辛苦の数万分の1と言うことを知るべきです。
もし、分からないのであればこちらへ戻らずとも良いので…」
そんな奴のいつもの辛辣な言葉を聞きながら、乱れた税収を即座に民へ返却してゆく手続きに追われる日々。
暴利と言える税収は、呆れるばかり。
味方してくれた酒場のブレンをこちらの作戦参謀として雇い入れたが、開いた口が塞がらない人間を初めて生で見たのだから。
本当にガランドの罪の重さを考えると暗澹たる思いになる。
無論、本当の責任はランバルにあるのだが。
いずれ…いずれ何処かで責任を取ってもらう。
必ず…。
そんな忙しくしている最中も雪菜殿の到着を待ちわびる日々。
アーノルドの元に長くいるのか、なかなかこちらへ戻って来ないが。
離宮に住み着いた子供達と共に待っている私の元へあの知らせが届く。
「雪菜殿。行方不明になる。
アーノルド殿の元より転移後、行方を知るモノは誰もいない。
レジー殿以外碧天騎士団も必死の捜索をするも手がかりすら無いとの事」
そんな…。
絶句する私を気忙しげにベレットが見るも、答える余裕とてない。
もしや。
いや、そんな想像はしたくも無いが彼女は元の世界へ戻ったのでは…。
胸の中を嵐のような風が吹き荒れる。
一途に彼女との約束に思いを馳せていた私の油断が良くなかったのか。
何処か知らぬ場所で何者かに拐われたのでは?
まさか…。
悪い想像はとどまることを知らない。
湧き上がる想像に押しつぶされそうになりながら、次々に命令を出す。
確か、彼女とブルーレル殿の約束は知っている場所・行ったことのある場所のみ転移可能だったはず。
彼女のこれまでの転移場所へ人員を割く。
少ない人員を割くのだが、誰一人文句を言う者も無い。
彼女のした事。
してくれた事の大きさを皆が知っているからだ。
あの離宮を…ゼーラン様の復活のお手伝い。
更には『祝卵』
吉兆に湧いた人々が如何に湧き上がったか。
久しぶりに見えた未来への希望の眼差しに私も胸が熱くなったのだから。
しかし…時は残酷だ。
手掛かり一つ見つからないまま月日は流れてゆく。
レジー殿が珍しく、頭を下げていくほどの日々。
そして。
何の手掛かりもないまま、一か月の月日が経つ。
王宮だけでなく。
町にも、人々にも笑顔が戻りつつあるのに。
一番に喜びを分け合い感謝をしたい雪菜殿が居ない。
出来れば。
自分で探しに行きたい。
でも。
彼女に再び会えると信じる私は、己の為すべき事をする。
必ず、彼女はこの場所に来てくれる。
約束を守る人だから。
疲れ切った身体で自室に戻った私は、自分の心を己でそう、励ましながらソファに深々と座った。
目の前の全く使わない暖炉を虚に見つめながら…。
その時だ。
バサッ!!!!!!
突然、暖炉の灰が舞い上がり、灰が大きく暖炉の周りに降り注ぐ。
ギョッとして暖炉へ駆け寄る私の目に、小さな手が見えたのだ。
小さな傷とカサツく肌の小さな手。
見覚えのある手。
(やだ、ギャビンってばジッと見ないで。いろんな薬草を触ってきたからボロボロなのよ)
初めて見た時。
そう言う雪菜殿に首を横に振ったのを思い出していた。
そして、サッと手を差し伸べて身体を引き寄せる。
雪菜殿!!!!!!!!
暖かな身体を抱きしめながら、いつも通りのキョトンとした顔に笑みが浮かぶ。
役得とばかりに抱き上げたまま、灰だらけの彼女を風呂場へとお連れする。
聞きたい事だらけの心をグッと抑えて。
彼女の慌てる表情と照れる表情がコロコロ変わる様をジッと見つめながら。
ありがとう。雪菜殿。
我々の元へ帰って来てくれて。
あの日…
傷だらけの手を愛おしいと思った。
傷だらけの手を尊敬した。
そして今。
傷だらけの手に再び会えた。
喜びを噛みしめながら、伝令を呼ぶ。
「雪菜殿帰還。
レジー殿はじめ、皆さんに緊急連絡のこと!」
さあ!
暖かな紅茶を入れよう。
彼女の好物だから…。




