ドルタ帝国への道…。
トン…トントン。ドン!
扉を叩くとギリリと古ぼけた音を立てて壊れかけた扉が開いた。
薄く開いた扉から覗いたその顔は、相変わらずの髭面。そして、不機嫌そうな顔も変わらずだ。
「はぁ、またアンタか。
まぁ、いいや。そっちの大男も早く入れよ!」
隙間のように開いた扉から滑り込むように中へと入る。
場末の酒場にぴったりの『ブレンの酒場』には、お世辞にもこ綺麗とは言えない面々が飲んだくれていた。
ハードに顔を隠そうと誰もが気にしない。
暗黙の了解。
彼に手を引かれて、カウンターの中へ入るとキッチンへのドアを開けた。
いい匂いのするキッチンを進むと後ろを振り返る。
楽しそうな顔の我が君に、昔が掠める。
「少し、後ろに下がってください!」
後ろに下がったのを確認して、部屋の隅に詰め重ねてある木箱を動かす。
そして、床に付いている取手に手を掛けた。
ニヤニヤしている我が君は完全に現状を面白がっている。王都にあるだけで、どれほどの危険があるか…。
この地下室は、貧民街の地下を巡るようにあちらこちらと繋がっていた。
ブレンが言うには、その昔、お役人の摘発を逃れる為に作られたそうだ。
脛に傷持つ輩の多い貧民街らしいエピソードだ。
拠点とするに、これ以上の場所はない。
「ベレット。久しぶりに血が騒ぐな」
我が君の叛旗は、今ここで上がったのだ!
まずは小手調べから。
「瓦版と言うもので、噂を流すのよ。
『王が今、この地に戻った。
心ある者達よ。今こそ、その力を示すときだ!』なんていう風にね。
これ、江戸時代とか権力者が嫌がる作戦だから効くわよ!」
雪菜殿の言葉は、いつも新しい。
影達は、今王都中に瓦版を貼っている。
どう出るか。
まずは最初の一手からだ!
ーギャビン視点ー
なるほど。
私の命を何としても奪いたいのだろう。
ドルタ帝国中に、検問に次ぐ検問を設けているのだから。
予測はしていた。
だが、それを超えるほど、ここまで来るのは至難の業だった。
幾人もの囮を頼み、更に人の通らない危険な山道を越えて来た。幾度も谷底を覗きながら…。
無事に到着しても、最大の難関が待っている。
蟻の這い出る隙間ない検問。
どう、王都へ…思い悩む我々の前に奇跡が訪れたのだ。
そう…。
偶然、通りかかった商人に匿われたのだ。
まぁ…恐らく偶然ではなく聖騎士の手配によるモノだろうが。
商人の馬車の床板の下に匿われた我々は、深夜遅くに王都に着いたのだ。
貧民街で落とされたのも、当然偶然ではないのだろうが、知らぬ振りのまま礼を言って別れた。
きっと、また会えるだろう。
ベレットの案内で入った酒場は、懐かしい臭いがした。
酒場には様々な人がいたが、ただ一つ気になることがある。
それは…
人々の目には、希望の明かりがない事だ。
疲弊し切っている。
夢も希望もない毎日を生きるそんな人々の姿に。
王として生きた年月を思い返す。
権力闘争に辟易して、失った理想。
人々への想い…
出かけに雪菜殿に貰ったブレスレットは願掛けをしてあると言っていた。
『ミサンガ』
もう一度、ブレスレットに唇を寄せて祈る。
もう、二度と見失わずあの場所へ帰る事を。
ドルタ帝国へ、雪菜殿を招く日を夢見て…。




