『靄鬼』って何?
夜遅くに、男性の部屋を尋ねる日が来るなんて。
まぁ、この姿になってからは気にならないけどね。
トントン。
扉の叩く音は意外に響いてビクッとなる。
静まり返った廊下は、相変わらず光花が仄かに灯を灯すだけで何の音もしない。
寝てしまったかしら?
そう思い、踵を返そうとしたその時だった。
僅かに扉が開いて、彼が覗いていた。
そして、私の顔を見つけた途端に、パッと明るい顔になり中へと招かれた。
各々の部屋はベラの家が作ったもので、私は関与していない。
だから、中を覗いて驚いた。
看病していた時以来だけど、随分変わってたから。
アレは何かしら?
眼に映るものが目新しくキョロキョロしてしまう。
「雪菜殿。そろそろこの部屋への評価点は定まったでしょうか?
雪菜殿でしたら、いつでもお訪ね下さい。貴方に閉ざす扉は持っていません」
くぅーーー。
キ、キッザーーーーー!!!!
似合ってるから、嫌じゃないけどキザ過ぎてどんな顔していいか分かんないわ。
ふぅ。
やめやめ。
夜中に訪ねた身として、失礼はダメよ。
(とは言え、既に失礼を重ね重ねている気はするけど…)
「夜分にごめんなさい。
折り合って、教えて欲しい事があるのよ。
でも」
次の言葉を躊躇ってしまう。
暫く黙り込む私に、彼は何も言わず待ってくれた。
だから。
だから私は勇気を出して次の言葉を言った。
「私だけに聞こえた『大森林の精霊』の言葉があるの。でも、それを聞いた時サブイボが立って震えてしまったのよ。
だから、今まで皆んなに打ち明けられくて。
ギャビンさんなら。
大人のギャビンさんならと。
『靄鬼』って何?」
やはり…。
ギャビンさんの顔色が変わったわ。
「どこでそれを?
あぁ、そうでした。精霊から聞かれたのだと。
『靄鬼』は、精霊と対峙するモノ。
どこから生まれたのか、我々は知りません。ですが、ひとつ確かな事がある。
それは精霊から見放された者達に憑くというものです。精霊を信じずあまつさえ精霊を憎むそんなら者達を操ると言われています」
怖っ。
精霊から見放されるとは、この世界ではそんな怖い事なの?
じゃあ、精霊の言った首都って、たぶん…。
「雪菜殿。
大事な部分が、全て声に出ていますよ?
そうですか…。
精霊様は、首都に靄鬼が現れたと。
だとすれば、急がなければ間に合わないかもしれません。
首都で起こっている事を知る事は出来ませんが、予測ば出来ます。
恐らく、城にいる重鎮の誰かが。いや、王かもしれない。
靄鬼にやられたとみるべきでしょう」
ええーー!
そんなのどうしたら?
靄鬼に対抗するのは?
あ、それより靄鬼はどんな攻撃をしてくるの?
「それは。
見た目では大した事はありません。
ただ、心の中を乗っ取られるのです。そして人の心を失う。
そうなると、伝染するように誰も彼も彷徨う幽霊のようになり、やがて…」
ゴクン。
そこ、そこで止めるの無しーー!
「食べる事も寝ることもせず、倒れます。
最悪は…」
やっぱり…。
でも。
なんとなく、伝染病に似てる気がする。
だとすれば…。
考え込む私は、ギャビンさんの表情に気づかなかった。
その暗い表情に…。
そして、部屋の外で聞いてる複数の人影にも…。




