マティ視点①ー別視点有りー
ルスタ国は、以前から要注意ではあった。
だが、所詮纏まりのない集団と油断をしていたのは事実だ。
早馬で、本拠地からルスタ国へ駆けるがアレロアからの報告が本当ならまずは間に合わない。
もしかしたら、イーサンの方が早いかもしれない。そんな事を考えていたそんな時だ。
身体から、力が抜けるような。
歪みの中に引っ張られるような。
感じた事のない感覚に、視覚も聴覚も何もめちゃくちゃになる。
だからだろう。
対応が遅れた。
見たこともない風景の中に、危うく魔法を発動仕掛けてた。
サイラスの顔が視線に入って、寸前で止めた。
あ、危なかった…。
自分の魔力をコントロール出来ない経験はない。
冷や汗と共に、サイラスの囁きを頭に入れる。
正直、ポーカーフェイスをしているが内容が入って来ないのだ。
「よく来て下さった。
こちらは、ベラ殿の異空間である図書館。
そして、雪菜殿と雪菜殿の使い魔ブルーレル殿です」
い、異空間?
図書館?使い魔?!
理解不能の事をとにかく後回しにして、雪菜殿に跪き挨拶を。
なんと。この反応は…何とも新鮮。
ふふふ。
「マティ。事情を説明します」とサイラス。
その一言で現実に引き戻された。
私の悪い癖を見抜いたサイラスの話した内容は、待った無しの状況だった。
まさか『火の精霊石』がルスタの王族の手に渡るとは。
この事を後から要調査だな。
だが。
問題は…。
解決方法は、意外なところからあった。
使い魔のブルーレル殿。
不思議な魔力を感じるが、何者なのか。
単なるベラ殿の作られた操り人形ではないな。
おっと。
またもや、本筋から逸れた。
この本は…。
ブルーレル殿の示された土魔法の本は、私のこれまでの魔法を根底から覆すものだった。
魔法一筋の私の人生そのものを覆す…もの。
その上。
雪菜殿の『漆喰の壁』と呼ばれる作戦の広大さに唖然となる。
正直、無理だと思う。
例え、私が命の火そのものを魔力に換えても僅か場所しか守れまい。
悩む私は、気がつけばなんと。
家の外で。
動揺もついには枯れ果て、薄笑いになる。
何せ目の前には『慶鳥』が。
しかも、『精霊石』を山積みにしていたのだ。
その上、周りの木々に留まる天雷鳥の群れ。
恐らく慶鳥が呼んだのだと思うが。
雪菜殿が、精霊石を手に私を見つめる。
彼女の瞳に、こちらを思い遣る心を見つけ暫し固まった。
勝手に異世界に連れて来られて。
森の中に閉じ込められて。
今、その森を燃やされそうになる。
そんな状況にいて、尚且つ私を思い遣る心。
無茶を頼んだのでは?と尋ねる彼女に首を横に振る。
「雪菜殿。
私の忠心を持って、貴方に誓いましょう。
必ずや、この作戦をやり通し無事にお目にかかると」
騎士の礼を尽くした私に、彼女は真っ赤な顔で俯き、コクンと頷いて。
「ありがとうございます。
無事という部分に特に感謝します。
どうか、慶ちゃんも参加させて下さい。
お役に立ちたいと言っています。
え?
違う…雪菜の役に立つんだ?
もう。
今はそんな場合じゃないでしょ。
とにかく、このマティさんに協力してね」
雪菜殿。
途中から、会話の相手が違うような。
『おい。
人間…ん?ちょっと違うか。
何だ?お前…。
まぁ、いいや。
今回はゆ・き・な!!の為に協力してやる。
そこを忘れるな!!』
まさかの慶鳥か?
なるほど、雪菜殿の会話の相手は慶鳥なのか。
私が慶鳥に向かい頷いた途端!!
私と精霊石を掴むと慶鳥は空高く飛び上がった。
バサバサバサ!!!!!
同時に天雷鳥の群れもそれに従った。
バーラド村に降ろされた私はアレロアとジェマに再開する。
目が点のジェマは珍しい。
まあ。これほどの天雷鳥を前にしたら当然か。
とにかく。
私は私のやるべき事を。
彼女の思い遣りにこの世界の人間として応える為にも…。
ーサイ視点ー
聖騎士団。
その名を知らない者などいない。
国を超え、全ては民のため。
その圧倒的な力を私欲や権勢の為に使う事決してしない。
時には、命を賭け守る。
超越した力に畏れを為すのは、権力者だけ。
市井の者達の英雄。
その為。
聖騎士に選ばれるのは、希なる事。
今は6名。
この広い世界を駆け回る彼らに出会う機会はない。いや。極端に少ないと言えば良いだろうか。
そ・の聖騎士が。
全員。いや、5人か。
サイラス殿だけは、未だ森の中だった…。
それでも。
それでも、5名とは。
あり得ない。
(誰に話しても、嘘だと言われるだろう…)
特に、姿を滅多に見ることのないマティ団長まで。
(本当に、眩しい程の神々しさ。
マティ様は、特別だ)
だから、私はちっとも怖くない。
例え、村の前に埋め尽くすほどのルスタ国軍が陣取ろと。
あの作戦がある限り。
それは…。
我々の後ろにある巨大な森林。
『大森林』は、その広大さで世界一だ。
数キロにも及ぶ森の目の前には、見た事もないものが聳え立つ。精霊石と天雷鳥とマティ様が上空から現れた時には村人は何人もそのまま気絶した。
だが、その後の『漆喰の壁』作戦は更に気絶者が出た。
マティ様は、我々に簡単に挨拶した後。
森の前に一人立ち。
『真なる魔力よ。
今こそ、その力を解き放て!!』
両手を天に上げ、そう叫ぶと精霊石が幾つも弾け飛んだ。
それと同時に、地面が大きく揺れた。
混乱する村人を救うのは、アレロア様とジェマ様。
揺れる地面から、土壁が現れた時の衝撃。
そして、その土壁は空へと向かうが如き勢いで聳え立つ。
目を見張るのは、私だけではない。
アレロア様とジェマ様も驚き、動きが一瞬止まった。
土壁は、そのまま森を覆う。
まるで森を守るように。
沢山あった精霊石が全て粉々に砕け散った時、グラリとマティ様の身体が傾いだ。
あ!!
倒れる!!
気絶したマティ様を抱きとめたのは、イーサン様。
後ろには、レジー様も?!
勢揃いする聖騎士の皆様に付き従う『従騎士』の皆様。
聖騎士毎に持つ従騎士団は、庶民の憧れの職業。
子供の頃、一度は夢見るものだ。
あれから、二日。
今、ルスタ国軍が村の前に。
だが、天雷鳥の群れに『漆喰の壁』
聖騎士全員に、従騎士団。
微動だにしない睨み合いは、暫くして伝令を交わし合う事になる。
こちらの要求は『火の精霊石』の引き渡しと即時撤退。
あちらは、『フローラ殿』の引き渡しと慶鳥との取引。
当然、飲めない条件。
では?
戦いになるのだろうか。
そんな緊張感の中、それは起こったのだ。
丸鳥?!
空を真っ黒に染める丸鳥が、そのままルスタ国軍の真上に。
唖然とする軍勢に花びらがヒラヒラと降る。
何と美しい…、
いや。
違った。
また…だ。
真っ裸になる人々。
花びらに触れた途端、鎧も剣も槍も。
いや、パンツさえ。
全て消え去る。
恐らく…雪菜様。
こんな方法は、間違いなく彼女だ。
後ろで、マティ様が大爆笑していた。
こうして、『漆喰の壁』の戦い。
と言われる戦いは、無血のまま終わった。
(漆喰の壁は、そのまま土へと戻った。まるで無かった事のように…)
それから、花びらに怯える人がルスタ国で急増したとか…。




