海へ…そして。
ー雪菜視点ー
「ねぇ、サイラス。あのお婆さん大丈夫かな?」
倒れたお婆さんは、気付薬で危機は去ったけど根本的な解決には程遠い。
「あの場面での適切な処置。雪菜殿は本当に素晴らしい薬師です。その上あの薬箱です。きっと大丈夫ですよ。」
肩を抱いたサイラスが上から微笑みながらこちらを見ている。慈愛が籠もった瞳…じゃあ無いわよね。いや、いくら鈍感な私だってそれくらいは分かるわ。
こう言う時の対策は一つ!!
気にしない…いえ無かった事にして話を進めるに限る!!
「栄養失調。本来ならば病には入らないけど圧倒的にタンパク質が足りないと思うの。」
「タンパクシツ?!」
キョトンとするサイラスに説明する。
「タンパク質は身体を作る基本的な栄養素なの。不足すると顕著に現れるのは髪の毛や肌の艶がなくなる。」
考え込むサイラスの様子に話を続ける。
「サイラス。これはね、薬じゃ治らないの。本当はタンパク質を含んだ食べ物が一番なのよ。食はね、本当は薬より大切なの。いえ違うわね。同じくらい大切かな。」
「しかし、この辺りは畑も多く豊作だと聞いてます。」
納得のいかない顔で言われたので、こちらの人は栄養素の考え方が根本的にないのだと理解した。
「タンパク質は肉類や卵。魚などに多く含まれるの。もちろん、豆類などにもあるけど。」
足早に歩いていたサイラスが立ち止まった。何かな?と思っていたら、こちらを向いて真剣な目で見つめるからちょっと焦る。
「雪菜殿。この世界の人間として改めて御礼を申し上げる。貴方に会ってから何度我が目の曇りを晴らして貰った事だろう。知識というのは何という凄い宝なのか。何度も剣のみで生きて来た自分の目を覚まして貰った。
今回もそうだ。このカザエルの抱える最大の問題が海の精霊様の異変にある。だがそれは豊富だった漁業の衰退と同義なのだ。それこそがあの老婆の災難になっているのだと。」
そうか。海の資源が途絶えたのが原因なのか。だとすれば、大変だわ。
この辺り一帯の人々に同じような症状が。
目線を上げれば、サイラスが頷く。
自分のこれからすべき事の重さに気づいたわ。海の精霊を助ける事にも繋がるはずだと碧ちゃん達も言ってたから。絶対に成功させなきゃ!!
張り切る私を手を引いてサイラスが再び歩き出す。急足はいく先に心当たりがありそうな様子だわ。
『船を出す』
今は禁止されているその行為は、それはこの国では反逆罪に等しい。港町ならと頼りにして来たけどちょっと難しいかも。
固く閉ざした扉を眺めていたら、突然音が鳴り響く。何?!
「大丈夫です。陽動部隊が作戦を遂行中なのですよ。次の作戦が始まる前に船に乗りましょう。」
いや、軽く言ってるけどそれ、無理っぽいのに。ん?この家に入るの?
目の前には『船問屋』の看板があるけど、大きな店よ。しかも閉まってるし。
「トントン。俺だよ、サイラスだ。先日知らせた頼みをお願いしたい。」
「お待ちしておりました。船の用意は出来ております。こちらへどうぞ。」
私の予想など木っ端微塵にして、付いていった先にあったのは大きな船。え?そのまま乗り込むの?!
狼狽ているのは、私だけでドンドン物事は進むわ。あれよあれよと言う間に、私達は海の上に到着した。
「雪菜殿、大丈夫ですか?酔ってしまいましたか?」
サイラス…心配ありがとう。でもね、超顔が近いから。真っ赤な顔の気がする。あ、船頭さんが目線を逸らしたし。
そんな熱くなった頬を涼しげな海風が頬を撫でた。
真剣な眼差しのサイラスに頷き返す。
船の穂先から身体を乗り出す(サイラスが支えてくれてる。金槌だって大丈夫よね?!)と、手を伸ばして手のひらに握っていた石をポトンと落とした。
石がゆらゆらと海の底へと向かうのをジッと見ていたら。
ドゴンーーー!!!!!!
凄まじい音と共に船が大揺れして私達は投げ出され舟床に叩きつけられた。(主にサイラスが…)サイラス毎吹っ飛ばされた我々をよそに、船頭さん達は必死に船を避難していた。
目の前の『光の柱』から。
船がだいぶ遠ざかったところで、光が収まると奇妙なモノが見えてきた。
島。
出来たてホヤホヤの島。
しかも登るのが不可能な高山があるとても小さな島。いえむしろ山しかない小さな島。
呆然とする私達に船主さんが初めて口を開いた。
「本当にあったのか。『雪星の降る島』は実在したのか…」
揺れる船内に港から大きな音が響いて来た。
それは、陽動隊の成功の音だった。




