偽物はどっちだ?!
ーとある兵士の1日ーPart2
朝一からの濃い仕事にため息が漏れる。
お婆さんを送りにザカット先輩がその場を離れた隙に俺は朝ご飯を検問所のテーブルに並べた。
二人分だ。
毎朝、近くの食堂に無理を言って作って貰う弁当は片手で食べれるパンのみ。但し、煮込みスープを添えて貰う(だいたいは昨日の残り物のスープだ…ま、美味いけど)
パンを口に放り込んでスープで流し入れながらも、街道からは目を離さない。時折、我々の隙をついてすり抜けようとする輩がいるからだ。ようやくいつもの日常が始まった。そう思いながらパンをぱくつく。
それでも、早朝といえど油断は禁物だと眺めていた時の事だ。
街道の向こうの方から単身馬で駆けてくるのが見えた。検問所で止まるスピードではない。
と、なれば…。
『緊急出動、緊急出動』
俺は慌てて装置に魔力を流し、街中に響き渡る警報を発する。この装置を使うのは今回が初めてで手が震えるが躊躇いは許されない。
警報装置から手を離すと、何としてもここは通さないとの決意のもと、槍を構え前方を睨む。
右手の方からは、警報を聞いたのか走って戻って来る先輩が見えた。その手には既に剣が握られていた。火魔法を纏うその剣にはかなりの魔力が通っているらしく先輩が近づくにつれて頬に熱を感じる。今の殺気立つ先輩からは、普段の怠そうな様子は微塵も感じない。
緊張感の中、馬の蹄の音が響き渡る。
ドドドドド。
土煙は一層高く巻き上がる。このスピードで街道を駆け抜けるなど普通の腕前では考えられない。
もちろん、俺も無理だ。相手の実力のカケラを見出して余計に緊張感が増した。槍を構える手からジンワリ汗が滲む。一点を見つめてその時に狙いを定めていたら、急に先輩から間の抜けた声がした。
「あれは…まさかの団長…。おい、グワント。その槍を下ろせ!!あれは騎士団の団長トラヴィス様だ。」
え?
カザエル1の剣の使い手であり、常に民と同じ目線に立ち、その清廉潔白な人柄から知らぬ者はないと言う…あのトラヴィス様なのか?こんな場所をあのスピードはオカシイのでは?
「グワントよ。お前は知らないだろうが彼にとってこんなスピードはお遊戯レベルだ。だが、気遣い屋の団長からは考えられない。と、なれば答えは一つ。何か起きたのだ。」
ゴクリ。
思わず喉が鳴る。
港町の検問所の見張りを言い渡されてからも、どこかのんびりしていた俺の背筋に冷たい汗が流れる。
「ドウ、ドウドウ。よしよし、いい子だ。
おっ?お前はザカットではないか。そうか、あの怪我から此方へ転身して来たのか。」
最敬礼のザカット先輩に馬上から声がかかる。頭を上げて良いか迷った俺はそのまま跪いていた。
「団長。ご無沙汰をしております。その節にはご配慮賜り有難うございました。」
静かで落ち着いた声は、まさかのザカット先輩だ。こんな気持ちの良い声も出せるのか…。そんな風に考えていたら。
「コレは同僚のグワントと申します。」
先輩が俺をトラヴィス様への紹介したので、慌てて頭を深く下げる。
「緊急事態故に馬上から失礼する。
まずは尋ねたい事がある。少し前に、レサンタからの商人でパンタナと言う者が通らなかったか?」
「はい。その商人にならば先程許可を出して通り過ぎ」「ソレはどのくらい前か!!」
緊張で固くなった俺の答えに被せる様にトラヴィス様からの厳しい声が飛ぶ。その様を見ていた先輩がフォローに入る。
「はっ、今より二刻前かと。書類には不備は…」「良い。書類は偽造だが其方達に見破れる様なモノではない。魔術師ベルンが加担したのだからな。アレの正体はラドルフだ。」
二人で顔を見合わせた。確かに騎士というのに相応しいガタイの良い男だったが。そんな俺の考えを言葉にしたのは、先輩だった。
「団長。確かに武人としての身体ではありましたがラドルフ様のお顔は私も存じておりますが、全くの別人かと。」
今度は怒声が被せられる事はなかったが、その代わり薄笑いが浮かぶ。
「其方達は知らぬだろうが、魔術師には変装に長けた者がいるのだ。それより奴らの向かった方角は分かるか?」
胸の中に浮かんだ不快感にジリッと焦がされるのを堪えて答えようとすれば先輩がその場で跪いた。
「申し訳ありません。私の独断で為された事。どうぞ咎めは私のみにお願いします。」
へっ?
もしかして、責任問題なのか?
やっとなった兵士の職は今日までなのか。と呆然とすれば。
「責は問わぬ。それより方向を示せ!」
「この道をまっすぐ向かいました。恐らくこの街を通り過ぎてレサンタ方面に向かったのではないかと。」
答えた先輩を振り向く事なくトラヴィス様はそのまま駆け出した。
不安が声になる。
「先輩…もしかして俺って首ですか?」
立ち上がった先輩が俺の肩をやや強めに叩く。
「バカ。こんな事じゃ首になんてならないさ。まぁ、始末書はいるかもな。ま、その辺は遅刻魔の俺に任せておけ。慣れてる。」
いつもの軽口を叩く先輩に、今日は突っ込めず見上げると。
「なんて目をしてる。大丈夫だよ。」
ガハガハ笑う下品な先輩の様子にようやく肩の力が抜けた時だった。先輩が突然、再び緊張感を漲らせ剣を抜いたのだ。しかも炎が俺の前髪を焦がす。
何だ?!そんな疑問も後から聞こえた事で理解した。
それは、何頭もの馬の駆ける音と共に地面が揺れ出したからだ。
敵襲なのか?!
まさか、ラドルフ様に加担した貴族の私兵か?
(彼は一人きりで逃亡したが、彼を慕う貴族は多いと聞くが)
慌てて槍を構えると、前方を睨む様に見た。
「お前は後方を頼む。まずは俺が斬り込む。」先輩は、そう言いながら警報器に手をかけ前に出た。
警報音の第二弾を打ち上げるとは、どういう事かと言えば…。
東西を守る検問所が、両方通行禁止になる警報だ。そして、待機中の兵隊がそれぞれの場所へと配置につく。
要するに港街封鎖の知らせとなる。
まだ、一般市民にまで避難を含む活動はまだないが街中の兵士がそれぞれ配置につくものだ。
「開門、開門ーー!!!騎士団が任務の為に通過するーー!!!邪魔をするなぁー!!」
土煙と共に此方へ来た軍団の先頭を走る騎士団の制服を着た男性がそう怒鳴った。
だが、我々は一歩も動かなかった。
剣も槍も構えたままで。
何故なら…。
彼らの後ろにはまさかの…。
『トラヴィス様』がいたからだ。
では、先程のあれは?
まさかの偽物…いや…此方が偽物か?!
混乱する我々の前に現れたトラヴィス様は悠然とした雰囲気で本物らしく感じる。
先程通り過ぎたトラヴィス様の物言いに違和感があったのも事実。
一生忘れない、怒涛の1日はまだ数刻…しか経っていない。。




