とある兵士の1日 Part1
ー検問所にてー
いつも通りの朝の交代をして、検問所の傍らに立つ。相棒は、遅刻魔のザカット先輩だ。
「また、ザカットさんは遅刻か。夜勤明けの遅刻は疲れるから本当にやめて欲しいんだけど。」
交代の時にザカット先輩のせいで謝るのはいつもの事だけど、『何故俺に…』と言う思いもある。それでも。
「いや、申し訳ない。もうすぐ来るからここは一人でやるよ。それにこんな朝早くに街に入ろうとする人間も少ないだろうしな。」そう言って相手を促すと相手は素直に頷いてくれた。長々と文句を言われないところを見ると本当に疲れているんだと思う。
「じゃあ、頼んだよ。ほら行くぞ!」
「えっ?でも規定では二人いなければダメだと。」
「だからお前はお堅いと言われるんだよ。大丈夫だよ。ラドルフ様が堂々とこんな場所に現れるはずなんてないんだから。」
二人の掛け合いに苦笑を浮かべる。
そりゃそうだ。大貴族のラドルフ様の噂は様々だが、俺たち一兵卒には評判の良い方だ。
だが、所詮そこまで。
縁のない方への興味はそれほどないからな。
揉めながらも、遠ざかってゆく二人を見送りながら夜勤記録を眺める。
夜の間にこの検問所を通ったのは…五人か。
いつもより多いなぁ。。とペラペラと紙を捲る音だけが響いていたのに、何故か大勢の人間の気配がしてビクッとする。
まさかの抜き打ち調査か?
(こんな朝早く誰もが通らないからな…)
たまに来る嫌味な上司の顔がチラつく。
慌てて体裁を整えて、前を向けばびっくりする一団が近づいて来るのが見えた。
綺麗な親子連れ、しかも娘は沢山のボーイフレンドを連れている。
変な組み合わせに首を捻りながらも、楚々として気品のある奥方様から提示された身分証を見れば、
『セビタナ家のクランスとメリー』
とある。
セビタナ家というのは聞いた事がないから恐らく身分の低い貴族様かな?
身分証に不備はない。だが、一応定例通りに
「港町にはどの様なご用件での来訪ですか?」と尋ねると目も覚める様な綺麗な微笑みと共に返事がかえってきた。
「国営図書館へ娘と友人を勉強させようと連れて参りました。」
俺は大きく頷く。なるほど、理にかなってる。よくある貴族の学園前の試験勉強だな。
「そうですか。それでは気をつけて…」
そう言ったが、通り過ぎる彼らから香る妙な匂いに言葉が途切れた。
何の匂いだ?
だが、考えはそこまでだった。
彼らの後ろに、次の一団が待っていたからだ。
随分と背の高い体格の良い男と少年。次も親子か?まさか、また貴族なのか?
「レサンタの商人でパンタナと申します。これは丁稚のサイです。」
レサンタの商人?
確かにレサンタの商人がこの街に買い付けに来るのは多いが今は事情が違う。
体格も兵士のソレに近い…怪しい。
「兵隊さん。僕らは薬草を…」
「すまんすまん。また寝坊してさ、次こそはちゃんとやるから。あ!」何かを言いかけた少年の声に被って聞き覚えのある声がした、
やっと来たか。相棒のザカット先輩の酒臭い息でムッとする。酒に関しては一滴も飲めない俺には匂いでもキツい。
「おや?コイツらなんだ?」
着崩してボタンが二つも開いた胸元からは、バキバキの筋肉が見えるザカット先輩は、これでも元騎士団だ。酒癖さえ悪くなければこんな場所にはいまい。(何かやらかしたとの噂だ。)
しかし、ザカット先輩も此奴らを怪しいと思ったとなると尋問室へ連れて…とそんな段取りを考えている時、近所の老婆が通りかかった。おや、様子が変だ。
フラフラしているなぁと思ってチラッと見た途端、バタン、と倒れたではないか。慌てて駆け寄る我々の横を素早く通り過ぎて老婆に屈み込む人間がいた。
誰だ?!
怪しいあの男の連れの少年か。
何故?何をしに??そう思って少年を見れば…。
「聞こえますか?もし聞こえたら私の手を握り返して下さい!!」
老婆の側で肩を叩きながら口に耳を当てていた。
やはりこの少年も危険人物だと断定した俺は少年を肩を掴んで引き剥がそうとして伸ばした腕をガシッと掴まれて驚いて振り返った。
ザカット先輩?!
「シッ。とにかくそのまま見ていろ。」
いつにない真面目な顔のザカット先輩に怯んでそのまま後ろに下がりながらも、オカシナ事をしたら許さないと目を少年から離さないでいると。
少年は意識がないその老婆の手首を掴んで何やら考え込んでいたかと思うと懐から何かを出して素早く老婆の口元に当てる。
「ゴホッ、ゴホッゴホッ!!ウッッ!!」
「ガルゼンさん!!」
俺はそう叫んで、苦しそうに咳き込む老婆の元に駆け寄った。老婆は咳き込みながら起き上がり、口から何かを吐き出した。ギョッとしていると。
「良かった。やっぱり喉に何か詰まっていたのね。気付け薬の強いのを使ったからこの後はゆっくり休んでください。それとこれを。」
ホッとした表情の少年は、綺麗な微笑みで老婆を見つめてい。
ガルゼンさんもキョトンとしながら、少年を見つめていた。なにがあったか分からない様子に取り敢えず危機は去ったと悟った俺は少年を捕まえようとしていた手をそのまま下ろした。
「少年。お前さんはフフサさんの知り合いか?まさか薬売りなのか?」
そんな俺に代わって、厳しい目つきのザカット先輩が少年を問い詰める。顔に斜めの切り傷のあるザカットは睨めば大人でも震える怖さがある。なのに少年は、怖がる事もなく何気なく頷いた。
「フフサさんをご存知なんですか?そうですよ。この『薬箱』はフフサさんのお店のモノと同じ内容が少しずつ入ってます。お婆さんは少し身体が弱ってるからコレが必要かと思って。」
その言葉に、俺は固まった。
まさかあの『森の薬屋』の行商か?
本物は初めて見る。
思わず二人で絶句していると
そこまで無言だった後ろの男が口を開いて書き付けを差し出して来た。
「聖騎士サイラスの名前での書き付けがある。これならばこの『薬箱』が本物だと分かるだろう。」落ち着いた低い声に少年が振り返って笑い出した。
花が溢れる様なその様子に釘付けになってると隣から肘鉄が来た。地味に痛い。
「パンタナさん。書き付けをありがとうございます。それに少年、適切な処置をありがとう。助かったよ。」
そう言って地味に笑うザカット先輩が珍しく俺はつい、二度見した。
普段は顔の傷が引き攣るから滅多に笑わないのだ。
「あのー。コレ…」
少年の手には一つの薬がある。
「傷薬です。『紫雲膏』と言います。たぶん古傷にも効くと思います。」
暫く、固まっていたザカット先輩の手が伸びる。
「ありがとう、少年よ。ただ、恐らく古傷過ぎてコレは効かないだろう。他の人の為に取っておくといい。」
「いいえ。使ってみてダメだったら家に置いておくと何の傷にも効きます。兵士さんは大変なお仕事だからきっと。」
俺は固まったまま、成り行きを見守った。すると…。
「分かった、ありがとう。」
真摯にザカット先輩を見つめる少年の眼差しに負けたのかそう言って受け取った。
少年はそのままパンタナという商人のところへ急足で行くと、こちらに手を振った。
いつの間にか身分証を返して通行許可をしていたザカット先輩にしては素早い。
「あれは大丈夫だ。悪人ではない。俺の騎士としての勘がそう言う。」
騎士だった話は絶対にしない彼の笑顔に再び固まる事になる俺の激動の1日は今、始まったばかりだった。




