ラドルフの目覚め。
ーラドルフ視点ー
消えゆく意識の中で、思うのは我が君の事で。細くなった腕を掴んだあの日の記憶が最後に浮かんで消えてゆく。ごめん…。
幼き日々からの友として、ただ一言伝えたかった。
!!
目蓋が明るい光に照らされたのか、眩しさで目が覚める。よくある朝のひとときに、ひたすら驚愕する。
何故?怪我ひとつ無い、いやそれどころか若返ったかの様に力の充満する身体に疑問は深まるばかりだ。
古代魔法の使い手が滅多にいないのと同じで、それを破って無事な者もいないのが常識なのだ。
なのに…。しかし、その疑問に答える者がその場に居たのだ。
『それは、私がいたからよ。』
頭の中に響く声に視線をやれば、小さな少女が立っていた。人ではない。
そりゃ、背中に羽があるのを見れば間違いないだろう。恐らく妖精か精霊様だと思われるが、やはりまたもや何故と言う疑問がわく。
『また、お主は手柄の横取りをしようと言うのか?!ラドルフとやらよ。お主を助けたのは正確には私だ。まあ、普通ならば名乗らぬが特別に許そう。砂漠の精霊だ。』
またもや響く声に振り向けば、今度は少年が腕を組んで反り返って立っていた。この方が、砂漠の精霊様?!
二人目の精霊様の出現に度肝を抜かれる。人生で一回、しかもお一人に会う事すら稀だというのに、生命の恩人であるとは。
俺は慌てて騎士としての礼を取り礼を述べた。
「この度はお助け下さりありがとうございます。私はラドルフと申します。少しばかり言いにくいのですが、この国に長く仕えておりますがお二方を存じあげませんでした。申し訳ございません。」
深々と下げた頭の上に響く笑い声は羽の生えた少女のものだろうか?
『私達、ココヘ来たのは初めてだもの。あ、お仲間も目が覚めたみたいよ…』
その言葉に辺りを見渡せば、小屋はなく地平線まで続く砂漠の景色に起き出す影がいくつか見えた。もしや、敵か?!と身構えればなんとトラヴィスとその部下。そしてベルン殿だった。
まさかあの古代魔法陣は全員抹殺する仕掛けだったのか?!焦りにも似た思いが膨らむ。
自分が遅れをとったばかりに、大切な人々を危機的状況に落としたとは。
「精霊様。お助け下さりありがとうございます。私は魔術師のベルン、こちらの男達はこの国の騎士団の者です。少しばかり質問をさせて頂いても宜しいでしょうか?」ベルンの礼を受けながら精霊様は満足そうに頷く。
後ろに立つトラヴィス達もベルンと共に頭を下げていた。
頭を上げたトラヴィスと、私の目が合ったのは必然で。恐らく王の名で捕縛に来たはずと、彼を見れば何故か眉間に皺を寄せたいた。彼ならばこの身を委ねるのになんら不都合はない。そう思いを込めて頷いてみたが、眉間に皺は全く取れない上に彼の表情は冴えないままだった。
二人で視線を交わしている間にもベルン殿の質問は続いていた。
『んー。質問がいっぱいね。
ではまず、この国に来た目的は雪菜のお供だったの。でもね入国しようとした時にオカシナ術を使う少年に私達が封じられちゃって。
そうよ、彼が雪菜と入れ替わったのよ。え?雪菜を知らない…そんなはず無いわ。だって貴方!!貴方からは濃厚な匂いがするもの。』
羽の生えた少女が指さしたのは、俺で。
雪菜と言う名前など知らぬが、誰の話なのだろうか?
すると意外な所から答えが来た。
「精霊様。レサンタのあの宿屋で『かまぼこ』とやらを作ったあの少女でしょうか?まさか彼女の身に何か…」トラヴィスだ。重要な少女なのだろうか?彼ほどの重要ポストの男がレサンタまで行って確かめるなど。
すると。
『そうよ!あ、貴方ってばあの魚売りと関係あるわね?あのせいで雪菜はこの地に来なきゃ行けなくなって行方不明になったのに!!』可愛い顔を怒りに染めて真っ赤になってトラヴィスへと詰め寄る少女を少年が止めて改めて俺の方を向いて声を荒げた。
『おい、碧。お前さっきから話しをややこしくさせるな。お前、薬草に詳しい少年を覚えはないか?天然でお喋りでとにかく人を見捨てられないお人好しだよ。そんな少年、知らぬのか?!』
一人だけその少年に心当たりがある。
自暴自棄になっていた私に、もう一度剣を取らせてくれた少年は裏の荒地に畑を耕していた。あっという間に作る薬草のレベルの高さに只者ではないと感じていたが、やっぱり。
「サイの事ですか?彼は優秀な薬師であり、その作り手でもありました。ですが、私が捕まった時に逃してそれっきりなのです。」
心配はしていた。人の良い彼のような人物に残酷な事をする人間に心当たりがあったからだ(私を捕らえた男…ザルグフ。執念深く恨み深い奴から引き離したつもりだったが…)
『ふふふ。雪菜ってばサイとか名乗ってたのね。その子を追っているのよ。でも今はまだ私達の力が完全に戻らないから貴方たち力を貸してほしいのよ!!』
「やはり、あの少年は別の姿を持っていましたか。ヴァイ様の復活にもご尽力頂きましたし、毒を消す『どくだみ茶』でベルサの町の人々を救ってくれたのも彼です。」ベルンの言葉になるほど、彼ならばと納得する。
しかし、引っかかるのは何故ベルサの町に居たのか。
「お前を助ける為だと言っていたぞ。」
耳打ちしてのは、友であるトラヴィスで。隅におけない奴と揶揄う彼に少年だそ!!とツッコミたいがそれも真剣な話し合いのベルン殿達に失礼で出来ない。全く、昔からこの手の揶揄いが好きな男だな。自分は朴念仁だと言うのに…。
『ラドルフ。お主に一番雪菜の匂いが強くするのだ。だからお主が先へゆけ。向かう方向に必ず雪菜がいる。』
***
あと少しだ。
早駆けも限界近い今、飛び移るには距離がある。だがこれが唯一のチャンスだとどこかでそう呟く声がする。
馬の上の人間が気づいて振り向いた瞬間、大きく身体を跳ね上げて隣の馬へと飛び移る。
ゲランが用意した馬は、仮馬としては中々の力を発揮してくれた。
最後のひと蹴りで少年の馬に近づいてくれたお陰で馬に乗っていた人間を蹴落として少年を確保すると、そのまま馬の轡を翻して反転を試みる。
馬の上に気を失った状態で乗せられていた少年の顔色が青白いのを見た瞬間、胸の奥がズキリと痛いんだ。抱きしめたいと思う感情が湧き上がるのを己ながら訝しげに思いながら駆けていたら少年の目が薄ら開いた。
ニコッと笑った少年が「あ、サイラス。」
そう言ってまた気を失うまで数秒。
俺の中の時が止まった様に感じた。
ザワリとした気持ちをよそに、追いかけてくる人攫い達はどうやら何がなんでも渡すつもりはない様だ。
やるか…。
久しぶりに湧き上がる怒りらしき感情を追手に向けて刀を抜いた。
「お主ら、名を名乗れるか?」
問いに答えたのは、弓矢の一投で。
最大に大きくなる威圧を追手に向けながら、一言叫んだ。
「聖騎士サイラスと申す。命の惜しくない者は前に出ろ!!」と。




