罠に嵌った?!
ーベルン視点ー
「かかった…マジかよ。ついてるなぁ、俺ってば。魔法ではなく精霊様の痕跡だと当たりをつけていたが、まさか本物とは。
俺には、やはり教皇様の御加護があるんだぁー。」
ラドルフを助けるべく転移した場所の地面には見慣れない魔法陣があり俺たちはその場で絡め取られた。
やられた…。そう自覚したと同時に聞こえてきた見知らぬ声にトラップに対抗しようと魔法を展開するも…。
何故だ!?
展開…出来ない?!
身体を駆け巡る魔力に変わりがないのに、放出出来ない初めての感覚に目の前がぐらっとして、目眩に身体が揺れた。咄嗟に倒れる訳にはいかないと足を踏ん張るも息が荒くなるのまでは止められない。身体中を、暴発寸前の魔力がグルグルしていた。
『ぐぬぬ…。力を取り戻したばかりとは言え初歩的ミスをするとは情け無い。お主…古代魔法を知っているのか…』ヴァイ様のお声だ。
「ウヒョウ!!マジかよ。この古代魔法陣に捕まって正気を保てる上に喋れるとは上級の精霊様で間違いないな。こんなチンケなヤローの誘拐なんてついてないと思ったけど。御加護はすげーよ。」
霞む視線の先に飛び跳ねる様を見せていたこの若者が犯人なのだと理解出来ても指一本動かせぬ。しかも、トラヴィス達も同じく魔法をに囚われて身動きが出来ぬようだ。魔法陣から放たれる圧迫感が堪えるのか時折、部下達の呻き声のみが微かに響くだけだった。
しかし…。
『精霊様を捕らえる』とは正気の沙汰か?
そのマトモとは思えぬ考え方は、恐らくルーベント精霊強国の教皇に仕える者達だろう。
不味い、完全に詰んでいる。
ヴァイ様。
眼球すら動かせない今の状況で伺い知る事すら出来ない不甲斐なさに暗澹たる思いに囚われても今は反撃の時ではないと自分を励まし、必ず来るはずのチャンスをモノにすべく集中力を尖せるしかない。そう自分に言い聞かせねば、怒りで頭が沸騰しそうだった。不甲斐ない自分とそして教皇一派への真っ黒な怨念が溢れそうになるのを必死に食い止める。
しかしそれも長くは続かなかった。突如として、拘束が外れたのだ。
慌てて、小屋の中を見回しても既にヴァイ様の痕跡も犯人の痕跡も一切無い。
しかも事態は好転していない。何故なら拘束は外れても魔法陣を出られないからだ。それはトラヴィス達も同じらしく、焦った部下の一人が刀に手をかけようとしたのをトラヴィスが目で制止した。賢明な判断だ。この古代魔法陣は非常に厄介だ。恐らく敵はこの中に捕らえた獲物に興味がないだけで逃すつもりはないのだろう。でなければ、こんなに簡単に拘束が解けるはずもない。こちらが仕掛けた途端、恐らく何か他のトトラップが作動するはずだ。
その証拠にお互い声が出ない。意思疎通を封じるのは、その為だと予測した。
「まさか。。。トラヴィスなのか?それにベルン様までご一緒とは」
その声に我々は助けに来た人物の存在を思い出し振り返った。魔法陣の影響か、はたまた既に用済みと思われたのかラドルフ様は魔法陣の外で打ち捨てられていた。
そう、ボロボロの状態で、だ。
それでも騎士団上がりの鍛え上げた身体は、頭を持ち上げこちらへと這いずって来る力を残していた。ズルズルと這いずる身体からは血の跡がつく。拷問の傷が原因だろう(あのガスが!!)沸騰しそうな自分を宥めながら冷静に見れば、ラドルフ様は、かなりの出血の上、傷だらけの身体をそれでもこちらへと近づいて来る。しかし、よくも動けるモノだ(これだから騎士団は化け物揃いだと言われるのだ。)だがこのままでは…。
止めたい。いや、止めなければ。
そう、強く念じているのはトラヴィスも同じらしく、額からから止めどなく流れる脂汗が彼の心持ちをよく表している。必死で声を出そうと藻搔いている彼の本物の化け物の体力をもってしても無理だと言う事に打ちのめされる。なす術もない我々の足元にラドルフ様がやってきた。
あの身体でまさか…。うっかりした悪い想像は次の一言で本気だと分かった。
「トラヴィス、そしてベルン殿。どうか我が君を頼む。恐らくこの国と心中しようとされている我が君を助けてくれ。そして、私が詫びていたと伝えて欲しい。」
魔法陣は、描かれている陣を崩せはその効力が外れる。
その方法は二つ。
一つは魔法陣以上の力技。
そしてもう一つは。
陣を物理的に崩す事。それは確実に成功する。但し破った者を確実に仕留める…のだ。
手を伸ばすのもやっとのラドルフ様が魔法陣に手をかけた途端「うぐっっ。」と低く呻いた。顔を歪ませて空でもそのまま手を動かすと。
ドンッッッッッ!!!!
その音は、爆風と同時に炸裂した魔法のモノで。
最悪だ。この魔法陣の最後の仕掛けは破った者の命と一瞬に中の者共々に始末するモノだった。
魔法陣が放つ攻撃は、炸裂する鎌鼬と炎の連続攻撃を俺は僅かに遅れを取りながらも慌てて防護魔法を張った。魔法陣の中で無理をして魔力を溜めていた効果はあった様だ。ラドルフ様への治癒魔法の展開をしつつの防御魔法は確実に効果を発揮していた。ただし、あと数秒しか保たない。
それほど、この魔法陣は絶大な力を持っているのだ。この国一番の魔力の保有量を持つ俺でも、あと数秒がやっとだ。己の限界まで決して展開の手を緩めないと決意して両足を踏ん張る。全身がバラバラになりそうな痛みに負けまいと踏ん張る俺の状態を嘲笑うように、未だ荒れ果てる鎌鼬や炎の乱舞に小屋は木っ端微塵の上地面も大きく抉ってゆく。
力が尽きるその寸前に、なんと終わりを告げる最後は念入りにも雷魔法で空から降ってきた。
しまった…もう空っぽだ。届かなかったか…。
忸怩たる思いがあれど、気合だけでは防護魔法を張る事は出来ない。更に空っぽの身体は傾ぐだけで…あぁ、万事休すか、と目を閉じれば。
ガキン!!!
硬質な音が響いて雷が遠くに落ちた音がドォォォンと地面を揺らした。
上がらないはずの目蓋を押し上げれば、不安そうな顔してトラヴィスが俺を覗き込んでいた。頬に斜めに走った傷から夥しい血が流れている。
なるほど…この馬鹿力がやったのか。
まさか、剣ひとつで雷を防ぐためにとはよく無事だったな、と口元からふっと息が漏れる。
「動くな!!ラドルフ様への治癒魔法と防護魔法で空っぽだろ?!魔術師は魔力切れが生命の危機のはずだ。お前…何故…」
トラヴィスの焦る声と共に目蓋は重くなる一方で光も届かなくなる。頼みはひとつ。
ヴァイ様をお助けしてくれ。
でもな、おまえならば、言わなくても分かる。そう確信したのだ。だから、俺は安心して魔法を使っ…
そこまでだった…優しい暗闇が俺を包んだ。
ートラヴィス視点ー
「ベルンーーー!!」
叫んでも無駄だと理解している。あまりに無力な自分がこのかけがえの無い男を助けられないと知っている。それでも、喉奥から絞り出される叫びに、再び憎まれ口を聞けるのではと。
止められない自分の側で、部下らの「ラドルフ様!!」と叫ぶ声に振り返る。
ぐったり倒れたまま血塗れのラドルフ様がそこにあった。
ベルンでも無理だったのか…。
この国にベルンほどの治癒魔法の使い手はいまい。それでもあの古代魔法陣をあの拷問の後の身体で破ったのでは彼の治癒魔法を持ってしても届かないというのか!!彼がその命と引き換えに繋ごうとしていたその光までも。
手を握りしめ、悔しさに耐える。
治癒魔法も薬も持たぬ騎士のなんと役に立たぬ事か、と。
部下らが俺の傷の手当てをしようと近寄るのを制して命令を下す。
「痕跡を逃すな。彼らが命懸けで守ってくれたヴァイ様へ繋がる痕跡があるはずだ。いいな、カケラでも良いのだ、ヒントを拾うのだ!!」
部下らだとてあの魔法陣に居合わせただけでも、立っているのも不思議な状態だ。それでも横たわる二人の側で休んでいる暇はないのだ。
砂漠の中にある小屋は既にない。
辺り一面が砂しかない。
小屋のカケラさえ残っていないとは…。
傷から血が砂漠にぽたりぽたりと落ちるのも気にせずひたすら這いつくばる。
その時。
ポコ。
砂に穴が開いて、その中から一羽の蝶が現れた。
え?砂漠に住む蝶なんて存在していたのだろうか?それともまさか、妖精?
『大変よ、人が倒れてる?!貴方の方がここでは力を持つのだから早く助けなさいよ!!まだ息があるわよ…』
目を擦る。
確かにこの蝶から声がした気がするが。
『仕方ないか。雪菜の匂いがするからな。助けねば彼女が悲しむだろう。』
『そうよ、そうよ!!私達がこの国の毒に当てられてこんな有り様だから雪菜から守護が外れたんでしょ!!』
『巻き込まれたのはお主も同じはず。煩いぞ、碧。』
『やめてよ、貴方になんか名前を呼ばれたくない!!私の名を呼ぶのはただ一人。雪菜だけ…。さあ。貴方たち助けてあげたのだから色々教えてね。』
目の前の砂で出来た人形と蝶。
奇跡を起こしたその存在との出会いを心より精霊様に感謝した。
ベルン!!
ラドルフ様!!
二人の目蓋がピクピクした後、ゆっくり開いたから。
そして。
俺は、やっとその場に座り込んだ。
身体中の力が抜けてゆくのを感じつつ…。




