助けを呼ぶ声…
ー雪菜視点ー
ベルサの町が変わった。
海から戻って見た光景の真実は、毒から家族を救われた人々の押しかけて潰し合う危機的状況だった。
笑顔いっぱいの人々だったから、一瞬喜んじゃったけど(ヴァイ少年に怒鳴られてハッとしたの…)
駆けつけたトラヴィスさん達騎士団の号令が功を奏して怪我人は出なかったから良かった。
その代わり、と始まったのは『お祭り』で。
ま、立案者は私なんだけど。
日本のお祭りは神事の事が多い。それも厄病を退けた祝いの神事のなんと多い事か。
だから、毎年祭りにして皆さんも楽しんだからと提案したの。こっちにはそんなお祭りあんまり無いのよね。
重症者も『どくだみ茶』の効用なのかあっという間に快癒したし。それにしても毒を排すると言われるどくだみの持つ力は凄い。草花の持つ力に救われてきたのは、どこの世界でも同じなのね。
改めて、昔から伝わる薬草の底力を知ったわ。
水不足・毒から解放された人々の喜び様は凄かったわ。私もちょっと張り切って祭りで笛を吹いたの。祭りに音楽は欠かせないからね。
でも、今ここにヴァイ少年もベルンさんもそしてトラヴィスさんも居ないのよ。
何故なら、祭りの前に全員がこの町を離れたから。
理由は…ラドルフさん。
ヴァイ少年…じゃあダメか。精霊様だもの。ヴァイ様が(本人は嫌がるのよ?)以前にラドルフさんの手当てをお願いした時にある印をつけたらしいの。その印に『危機的状況』という合図があったのは、祭りの前の晩の事で。。。
***
『いかん。ラドルフとやらが生命的に危機的状況になったぞ。このままでは不味い。ベルン、助けに行くぞ!』
数日、看病と祭りの準備の手伝いに追われていたベルンさんは未だ天使顔を崩さない。
「もちろんです。今すぐでしょうか?」
『そうじゃ、間に合わなくなるからな』
そんな息のあった二人の会話に割り込んだ人が現れた。
「是非とも私もお連れ願いたい。」
頭を下げた姿は、騎士らしく片膝をつき手を胸に当てたトラヴィスさんで。うーん。しかし、この姿って、ぐらっと来るのよね…仕草とか特に。
あれ?そんな事思ってる場合じゃないなかったの?一触即発の事態になってるし…何故?
ベルンさんが何故かトラヴィスさんの胸倉を掴んで「正気か?ラドルフ様をお救いするのに、王の手先を連れてゆく馬鹿がどこに居る!!」と迫ると、いつの間か後ろにいた部下の人が刀に手をかけたらしく静まり返った緊迫の場に、[カチャリ]と音が響いた途端。
うわっぷ!!!
え?一瞬、ブリザードが吹きあられたと思ったら部下さんは氷の彫像に早変わり?!
ベルンさんの顔に笑みが(犯人は貴方ですね…)
すると胸倉を掴まれていたはずのトラヴィスさんがいつの間にか刀をベルンさんの首元に突きつけていた。あまりの早技にどうなったか、全くついて行けないでいると、危機的状況のはずのベルンさんの笑みのままで。
え?斬られちゃうよ…。
あまりの展開の速さにどの人を心配すれば良いのかと動揺していると、ベルンさんの身体が岩の様に変化した。おぉ、まさかの変身魔法!?元筆頭魔術師というのは本当に凄いのね、と感心してる暇もなくあっさりトラヴィスさんが刀で岩を砕いたのだ。
ーーー!!!
声にならない悲鳴が上がる。
ベルンさん?まさか、ベルンさんが…。
「フン。騎士団団長は伊達ではありませんか。ですが勝負はこれから…」
声のする方を振り向けば、全く損傷ないベルンさんの姿が何故か後方に。岩は?崩れた岩はどこ行ったの??
私の頭がパンクしそうなのに、平然としたトラヴィスさんは相変わらず刀を構えたままで。
「さあ、本気でやろ…」
『やめよ、ベルン。』
言いかけたベルンさんを止めたのはヴァイ様で。ナイス!!ヴァイ少年よ。
これ以上は、枠外の私が持ちませんから…。
『此奴はラドルフとやらを害しはせぬわ。それに時を無駄には出来ぬ。私の転移にはお主たち全員を連れてゆこう。
トラヴィスとやら。良いか、真実を見抜く目も騎士の忠誠心の有り様だ。』
カッコいいじゃない、ヴァイ少年。
いつの間か、部下の人の氷も解けていた。
あれ?何故か鉄壁のはずのベルンさんの天使の微笑みが崩れて苦々しく眉間に皺を寄せてた。何故?!
気が動転してそんな変な考え事をしている私の方をヴァイ様がジッと見ていた。
ん?行ってきますの挨拶かな?
『雪菜よ。我らが離れたらお主は一人だ。だからこそお主は軽々な行動をせずここを離れるでない。よいな、我はこの場にシールドを張る。このシールドを我らが戻るまで決して離れるなよ。』
その言葉を発しているヴァイ少年が一瞬青年の姿になった様に見えた。そして年齢不詳の底知れぬ瞳が私をジッと見つめていた。ジワリと汗が吹き出る。
その空気の重みに耐えかねて、私はひたすら頷いた。
『すぐ戻る。よいな、雪菜。必ず守れ。』
緊張から声が出ないが、何度も頷く。心の中でもちろんよラドルフさんの為だから、と叫びつつ。
しかし。
全員の姿が消え去ると、急に胸が苦しくなった。独りぼっちになったのだと。
そんな弱い心に叱咤しようと、私は両手で顔を叩いてもう一度シャッキリさせた(皆んなは救出に行ったのだから。)
「雪菜。俺が守るから大丈夫だよ。」
後ろからそんな嬉しい言葉がかかる。ケリーだ!!
そうよね。すぐ戻るだろうしね。と頷いた。
その時、そんな風に思っていたから。
***
笛を吹いているこの場所は今、祭りの中心地である。救護所に病人が居なくなったから、シンボルだって言われて。
篠笛を吹き終えた私は、ケリーと一緒に逃げ延びた子供達に囲まれていた。
町の人が持ってきてくれたお菓子を一緒に食べながら楽しく過ごしていたら。
「あのね、お姉ちゃんにお願いがあるの。私のお爺ちゃんを診てくれない?腰が痛いって毎日泣いてるから。」
楽しくお喋りしていたら、そんな風に、一番年下の女の子がそっと耳元で囁いた。一瞬、迷った。『動くな、』の言葉があるから。
でも、相手は子供だし、家族が病人だし。
ケリーが見張ってるから、トイレ休憩のフリをしてそっと女の子の家へと向かった。
途中、賑やかな祭りの様子が見れてちょっと嬉しいかった。何せあそこから動くなと、言われて数日経ったから。
やがて、町外れのボロ小屋に着いたので中へと入るとずっと元気のなかった女の子が突然泣き出した。
理由は簡単。
目の前の光景で一目瞭然だもの。
女の子の家族の皆さんは人質。
犯人はザルグフ。
しかも、目当てはどうやら私の様で。
「お前を逃したのが一番の失敗だったな。
さあ、ラドルフをおびき寄せる餌になって貰おうか…」
あぁ、悪役と言うのはどこでも予想通りの言葉を投げかける。そんな小説を何度も読んだ事があるから予測は簡単。
でもね、現実になるとそんな場合じゃなくなる。身体が震えて女の子をそっと離す事しか出来ない。
ずっと「お姉ちゃん、ごめんなさい。」と泣き続ける彼女を人質となっている家族の元へ。
そして。
身体中から気力で振り絞った声で(震えているけどね…)
「じゃあ、この人たちを離しなさいよ。じゃないと舌を噛み切って餌を台無しにしてやるから!!」
お願い。私のカラ脅しが効きますように。
彼女達を逃すその間だけでも、腰が抜けません様に。
結果は辛くも勝利となった。
最も今は腰が抜けた私が馬の上に荷物のように担がれて何処かへと運ばれている最中だけど。
怖い。逃げられない。絶望感が胸をいっぱいにする。もちろん身体中が痛むし。
だから、だろう。今ここにいない人に助けを求めたのは…。
「助けて、サイラス。」と。
でも、その言葉が音になったかは私は知らない。何故ならそのまま気を失ったから…。
ーサイラス視点ー
「何しているの?サイラス!!今日中に王宮に着かなきゃ行けないんだから、急いで。」
雪菜殿が今朝突然言い出した「今日中に王宮へ行きたい!!」との願いを叶える為早駆けをしている途中だった。
一陣の土煙が遠くに見えたのだ。
早駆けをしなければいけないはずで。雪菜殿の声も聞こえていた。
しかし。
自分の脳裏に小さな引っかかりが生まれたのだ。どうしてもあの土煙を追いたいと。
その時だ。
『助けて、サイラス。』
そんな雪菜殿の声が確かに聞こえた気がしたのだ。
切実な助けを求める声が…
当然、目の前の雪菜殿からではない。
だったら…。
「サイラス様どうされました?」サイラスの早駆けに唯一追い着いていたゲランが馬を寄せて尋ねた。
「アレを…」土煙の方向を目配せすると。
「追いますか?こんな場所をあの様に早駆けする商人はおりません。盗賊かもしれません。」
猛抗議する雪菜殿の声は聞こえている。
しかし、今、アレを見失えない。
ジリジリと焦げる様な焦燥感がサイラスの乗る馬の手綱を動かした。
「ゲラン。雪菜殿を頼む。」
一言言い終えると彼女を預けて、ゲランの返事も聞かずに駆け出した。
あの土煙を追って。




