少年の姿でもやっぱり薬師です!!
ー雪菜視点ー
頭をガッと掴まれて下げさせられた。
「見えます…完全に。」
ベルサの町から約2キロの位置に転移した瞬間に木の影に押さえつけられております、私。
は!!そうか…少年だったんだ。だから手加減がないのか…。
だとすれば、今までサイラス達に甘えていたのね。今更だけど、反省、反省。
チラッと横を見れば賢い少年ケリーは既に頭を低く下げていた。
「敵には、索敵という魔道具があります。ギリギリ範囲外に転移しましたがここから見つかるのは得策ではありません。」
ごもっとも。
頭を下げつつも、気持ちはスパイ映画の主人公っぽい気持ちが捨てきれない。
「まずは、作戦通り敵の様子を見に行って貰います。その後、潜り込む方法を探しましょう。」
斥候の蜥蜴はその言葉を待たずに消えた。
うーん、、負けられないわ。
スパイっぽい事をするには…。
あっ、こんな所に知り合い発見!!!
「声に出てますよ。知り合いなどこのカザエルにいるのですか?」
声が出ても見つからないのは、私の頭を下げた後にベルンが張った防御魔法が展開してるから。何でも自分より力の強い魔術師以外には見破れないと。
「ほら、あそこよ。
馬に乗ってる人、魚屋さんなの。調査に行って来ようかな…」
魚屋さんならば、ベルサの町にも詳しいかもしれない。私ってば名案じゃない?!
ようやくスパイとしての活躍の場がきたーーーかな?
私がソロソロと彼に近づこうとしたら、ベルンがぎゅっと腕を掴んだ。
「い、痛ぁ!」
あまりに馬鹿力で掴むので思わず言われてた小さな声でなく叫んでしまった。
は?!
魚屋さんと目が合ったわよ。
防御魔法は…。
解けたんだ。
だってベルンと魚屋さんの目がばっちし合ってるもの。
「あのー。魚屋さん?!
お久しぶりです。レサンタでは素敵なお魚をありがとうございました。
ただ…ちょっと言いたい事もあるんですけど。」
ちょっと、米神に怒のマークが出てると思うわ、私。
「いや、君に会ったことなどないけど。何のことだい?」
あ!!
や、やばい。。。忘れてた私ってば少年だったんだ。えーと。そうだ!!
「あの、俺、レサンタの雪菜様のお泊まりだった場所で料理人だったんです。魚屋さんが雪菜…さまの蒲鉾を無断で売ったから雪菜様はカザエル行きになったんですよ!!」
どう…ご、誤魔化せた?
頭をポリポリと掻いて気まずそうな雰囲気の魚屋さんが頭を下げた。
「それは申し訳ない。もしかして君がこんな場所に来たのも雪菜様と関係あるのかな?」
おぉ、すごいスパイ能力がUPしたのかウソが通じたわ。改めて碧ちゃんの変身能力すご。
「それは、もぐも…」
く、苦しい!!
ベルンさんの羽交い締めと口封じで息が?!
男同士ってこんな乱暴上等なの?
息が…あ、緩めてくれてけどチラ見のギロ目が凄い迫力で。
わかりました。
そりゃ鈍感な(課長に良く言われました…納得してないけど…)私でも、分かります。
黙ります。
「これはこれは魚屋さん?
こんな場所で魚売りですかな?
しかし、カザエルの国民とも在ろう者がモグリで魚売りをレサンタでするなんて。あり得ないですな。」
ん?まさか私の代わりに喧嘩上等なの?
「いやぁ、これは珍しい方がおられたモノだ。魔術師のマントを羽織るなどこのカザエルでは常識では考えられませんな。なるほど…腕前が悪くて防御魔法を失敗なさったのか。お気の毒に…」
ぐぅっ。
横から唸り声が聞こえるけど、ベルンさんの笑顔は鉄壁の天使風のままで。
じゃあ誰から聞こえたのかしか?
「いやはや。近頃の魚屋は帯剣をしているとはカザエルも物騒な国になったモノだ。ま、これと言うのも騎士団がしっかりしていないからでしょうね。ま、音に聞こえた騎士団団長のトラヴィス様と言うのも噂程ではないのでしょうね。」
「「き、貴様!!」」
魚屋さんのお連れさんが何故かヒートアップ。そうか、騎士団団長さんのファンかも。
そう言えばケリーは?
そう言えば姿が見えないから隠れたのかな?
さすがケリー。スパイのやり方を聞くならケリーが一番かも。
それより蜥蜴が戻ってきちゃう。
この人達と一緒じゃラドルフさんを救い出せないのに。どうしよう…。
『雪菜。こんな所で道草を食ってる場合じゃない。町が大変な事になった。お前薬師だったな。町の者達を助けよ!!』
肩の上に急に現れた蜥蜴の言葉に全員が振り向く。聞こえた?!
雪菜とか言っちゃってるけど、聞いてないよね?
蜥蜴ってば少年のはずの私の正体を見抜いてたから名前を教えたの。ベルンさんにも秘密だと念押しして…。
念押ししたよね?
バレちゃったよ。どうするの、せっかくスパイ風に少年を演じてたのに!!
『馬鹿もの!!それどころではないわ。
あの馬鹿者が何と井戸に毒を投げたのだ。そうだザルグフという大馬鹿者だ。
ラドルフが逃げたらしいとかで、町の人間が匿ったと腹いせに毒を投げたのだ。
次々と町の人間が倒れておる。お主しか助けられん。あの『仙丹』はまだあるのか?』
井戸に毒…。じゃあ助けた子供達は?まさかもう…。
『今のところ大丈夫じゃ。だが、時間の問題だ。やれるか?』
私は真剣に蜥蜴を見つめて頷いた。
しっかりしなきゃ。動揺している場合じゃない。薬師は冷静さが必要だから。
「恐らく毒ならば『仙丹』よりも『サルトリイバラ』を煎じたモノの方が良い。アレは毒消しと利尿作用があるから早く毒が抜けるもの。前にラドルフと近くの森で取ったのがあるから!!」蜥蜴にそう言ったつまりだったのにそこまで言ったら片手をベルンさんに掴まれて、気づけばベルサの町中だった。転移?!
流石この国一番の魔術師さんね。
それにしても困ったわ。
「患者に煎じた薬をあげたいけど、こんな身分不詳な私じゃ信用されないわ。更に言えば私ってば、ラドルフさんと一緒に居たのだし。
ねえ、どうしよう。」
薬はある。でも薬師の一番大切な事は信用。
信用がなければどんなに効く薬でも誰にも届かない。
唇を噛みしめる私に後ろから声がかかる。
「それならば、私が引き受けましょう。
お前たち、やる事は分かっているな。まずは状況把握を。」そう言ったのは魚屋さんで。
あれ?魚屋さん達も一緒に転移した?
「それでは、私がこの広場に治療用にテントを張りましょう。
病人を運ぶのに必要ならばコレを。呼び掛ければ私が転移します。
雪菜殿。貴方はココで治療にあたってください。出来ますね?」そう言って魚屋さんに何かの道具を渡した途端彼らは走り出した。自分のすべき事に些かな迷いのない態度が頼もしいわ。
ベルンさんに向かって私も頷いた。
全員がそれぞれに、自分たちの出来る事をする為に動き出したのだ。
ベルサの人々を救うという目標で心を一つにして…。




