母性の爆発?!
ーグレナガ視点ー
扉を叩く。
久しぶりに家から出た。
雪菜の連れと言う男から聞いたのは確かこの家だったはずだ。
この街一番のお屋敷は、昔、確かカザエルの貴族の持ち物だったはず。
あの頃はこの街にもカザエル人は大勢いたが。。。
「これはこれはグレナガ様ようこそお越し下さいました。
主人より伺っております」
背筋の伸びたこの男は油断の出来ない相手だな。
全く隙がない。鍛冶屋を、舐めるなよ。
俺たちは剣士相手を長年商売をしてるんだ。間違いなく凄腕だろう、この男は。ヤバイ匂いのする男の出現。
その上雪菜とやらは不在とみた俺は即座にそのまま踵を返した。
と、後ろから俺に向かってかけられた言葉に帰ろうとドアノブを掴んで姿勢のまま、固まってしまった。
「主人からは、グレナガ様の来訪があった折にはクッキーなどお菓子をご用意しておもてなしをする様に承っております」
。。。
帰れない…か。
食べる事などどうでも良いと思って生きてきた俺を180°変えたのは、あのクッキーだ。
いや、雪菜だ。
「さ、どうぞお召し上がり下さい」
通された部屋のテーブルには、クッキー以外にも沢山の菓子が乗っていた。
「馳走にはなるが、直接じゃなきゃ話は出来ない。あの雪菜とやらはいつ帰るのか?」
眉間に皺を寄せながら言い放つ。
今日俺の持ってきた情報はまさに『オゼルの大刀』を救う唯一の手段だろう。
しかも、だ。
あの『龍麟』が此方の手の中にあるのだ。チャンス以外の何者でもない。なのに不在とは…。
「もちろん承知しております。しかしながら主人は急用にて外出されており帰宅の目処などは立っておりません。」
俺は少しイラついた。
あの『ペーパーナイフ』と『古代地図にして魔剣の作り手と言う本』の2点を預けてたままの状態で俺を放ったらがしとは…実際、今の状況はかなり不味い。
俺も長年鍛冶屋をやってきたから威圧にもある程度は耐えられるが。
トントン。
ん?扉を叩く音に視線を走らせると優男が入ってきた。
「グレナガ殿、突然申し訳ない。
お話は聞かせてもらった。もちろん立ち聞きなどではない」
「ふん。ワシだって目があるのだ。お前さんが魔法使いだというくらいは理解しているさ。しかし、盗聴のスキルを使うとはな。まぁ、ここの執事の目誤魔化して盗み聞きするなら仕方ないか…」
目の色がキラリと変化する。
悟られるなど思ってもみなかったのだろう。ま、それ程のスキルだからな。
しかし、盗聴とは…これだから魔法使いは信用出来ないんだ。
すぐさま、立て直した優男がニコリと微笑んで自己紹介なぞ始めた。
「まずは名乗りから。
私は聖騎士アレロアと申します。燐煌騎士団を率いております。ここへは雪菜殿に同行しているサイラスを訪ねる為に立ち寄りました。これからカザエルに向かいますから、私が伝言致しましょうか?」
そうか…何処かで見た顔だと思ったら、聖騎士か。こんな立て続けて聖騎士の顔を拝めるのだからやはり大事が起きたな。
それにしても面倒ごとに巻き込まれたな。
「いや、それには及ばない。俺も同行しよう。ま、どのみちカザエルに行かねば解決しないのだ。」
その言葉にギョッとしたのは、目の前のアレロアだけじゃない。この家の管理人もだ。
「そうですか。
では私が貴方の護衛役に立候補します。先日からサイラスと言う仲間に連絡を取ろうしておりますが空振りでして。ですから雪菜殿をお訪ねする予定でおります。」
変なことを言うな、コイツ。
「何故だ?サイラスとか言うやつを探しているんじゃないのか?直接行けばよいだろうよ。俺は途中から一人で向かうさ。」
俺の返事に、やたらと顔の良いこの優男がにっこりと笑って答える。
「雪菜殿の側には必ずサイラスがいますので、ご心配なく」
断言する優男の突然の迫力に俺はただ頷くのみで。
「では、出発は明朝でよろしいですか?」
即決か。
グイグイ攻めてくる相手に、ひたすら頷く。
旅など久しぶりだ。まあ任せるしかないか。
「お客様。宜しければテーブルのお菓子など、お土産としてご用意いたします。そろそろお腹を壊されますよ?」
執事のその言葉に俺は両手に掴んでいたお菓子を置いた。
この部屋に入ってからずっと動いていた手が止めた。
ま、そろそろ腹も限界に近かったからな。
夕飯にと彼女が作った晩飯とお菓子を土産に貰って家に戻ると急ぎ旅支度を始めて改めてテーブルの上に目をやる。
ふう。
アレをどうやって梱包するか。
悩みながらも、本来ならば今日告げるはずの言葉が頭の中を霞める。
『龍麟を海の中で翳す時、海虹石が姿を現す。そのモノ魔剣に力を与えるモノなり』
こんな時、海のある唯一の国カザエル行きが決まるとは…。そこまで考えてバッと振り返った。床が本で見えない程の数散らかった我が家に人がいる訳がない。
ないが…それでも何かに見られている気がして落ち着かない。
ふと、何気にペーパーナイフを手に取り側に置くと不思議と気持ちが少し落ち着いてきた。
いつもは威圧で苦しいはすが、今は安堵を齎す。
やはり、古代の品は油断ならない。
だが、これで今晩は眠れそうだ。
アレロアとの待ち合わせは早朝だ。
閉じこもりがちの俺にはキツイ旅になるだろうから、早寝に限る。
静かになった部屋でペーパーナイフがぼんやりと、光出す。
物陰の気配はそのまま、消えさった。
ー雪菜視点ー
ゴソゴソと身動ぎする気配で目が覚めた。
猿団子?
そこまで考えて寝ぼけた頭がシャッキリする。
私の周りにはいつの間にか子供達が取り囲む様に引っ付いて寝ていた。少年の姿なのにこんなに集まってくれるなんて…もしかして私ってば母性が溢れてる?!
ちょっと嬉しい気がしながらも、人攫いの様子を伺えば昨日までいた入り口の見張りがいない。
今がチャンスかも?
私は子供達を静かに起こして「僕が逃してあげるから言う事を聞いてくれ。年長の子は誰だ?」と聞けば一人の男の子が進み出た。
「たぶん、俺かな?14才だ。名前はケリー。何をすれば良いんだ?本当にこんなに沢山の子たちが逃げられる?」
矢継ぎ早やの質問は彼が切羽詰まってる事を表してる。何故、そこまで焦ってるの?と聞けば。
「昨日入れられてた12人がどこかへ連れて行かれた。ココを離れれば二度と家には帰れない」
ケリー。落ち着いていて賢いわ。
ケリーに段取りを説明する。
逃げる算段で大切なのは、皆が指示に従う事。
纏められるか訪ねると大抵はベルサの町の出身だったから大丈夫だと太鼓判を、押してくれた。
更には道案内まで買って出てくれた。思わぬ味方を得た私は心の中で、小躍りした。
チャンスは一度きり。
見張りが朝食の時間らしい(これもケリー情報…やるわね。。)から今しかない。
『緑の手』
それはフローラから貰った力。
フフクの葉を手に掴むと徐々に力を解放し出した。
特に根っこを中心に大きく大きくと念じる。
家の土台ごとひっくり返してしまうほどに大きく大きく大きく…と。
念じながらも身体から力が出て行くのを感じる。でも、まだ足りない。
外から悲鳴のような叫び声のようなモノが聞こえるけど手は緩めない。
相手は剣を持った悪党だ。
この子たちを守ったまま逃げるにはもっと大きくする必要があるもの。
フフクよ。
お願い、力を貸して。
この子たちが親元に帰れるように。
仲間達が来てくれるように。
ミニハリネズミ。
螻蛄ちゃん。
碧ちゃん。
砂漠の精霊。
お願い。
力を貸して…この子たちを逃して。
お願い…。
霞んでゆく目に天使様が見えた。
良かった…この子たちを、頼みます…。
気を失う瞬間、怒声を聞いた気がするけど、もう大丈夫だと何故かそんな確信を持った。
『え?マジか。
あの子が?本当に雪菜殿なんですか??
わ、分かりました。大至急子供たちごと転移します』




