人攫いになんて、負けない!!
ー雪菜視点ー
痛いーー!!!!
微睡の中にいた私の目覚めは最悪で。
馬車の中に放り投げられた瞬間だった。
なに?
呆気に取られる私の耳にすすり泣きの声がした途端、最悪の事態になったと理解した。
ガタガタ揺れる馬車の中には、子供達が数人いた。
大抵は、女の子。
数人の男の子は働き手だわね。
人身売買。
そりゃサイラスから何度も聞いてはいたわ。そんな最悪な犯罪があるって。
でも、所詮は日本人よね。
うたた寝が人攫いの的なんて危機意識ははっきり言って薄かった。
ガタン!!
と、大きく揺れた途端、女の子がヒッと悲鳴を上げる。
もう着いたの?ならばベルサの町のまだ近くかも。ちょっと希望が湧いた瞬間、肩の力が抜けた。いえ、身体中の力が抜けたかも。
だって。
蜥蜴さんには救出は無理。
ラドルフさんは仙丹が効いて助かってるといいけど、ピンチな状態は変わらない。
助けなんて来るはずも無いじゃない…。
バタン!!
馬車の扉が大きな音を立てて開いた。
雪菜、落ち込んでる場合じゃない!!
自分を奮い立てせるも、ニヤけ顔の男たちに乱暴に掴まれて、放り込まれた。地味に痛い。どうやらここは小屋ね。しかも鉄格子付きのね。
奥からすすり泣きが聞こえるから他にも捕らえられた子供達がいるって事ね。
転がされた時に顔を打ったのか、砂まみれの私は顔を叩いて「いたっ!」とつい声が出た。痣になるわ…。
不安に押し潰されそうになるけど、子供達がシクシク泣いてるのを見れば三十路の私がしっかりしなきゃ!と思う。
とにかく、状況把握が先ね。
この部屋は20畳ほどの土の牢屋。
子供達は元々いたのが15人くらいで、後から連れて来られた7人を合わせて22人。
女の子が多いけれど年齢は皆んな低い。
だいたい高学年くらいかな?
見張りはいない。
そりゃそうね、子供達に逃げられる訳がないもの。カバンを探したけど根こそぎ盗られたみたい。お金けっこう入ってたのに。
薬草も…ないわね。
飢死させるとかは無いと思う。商品だもの。
逃げる選択は今のところ無い。
この子たち連れてはちょっと、無理。現在地も不明だし移動手段もないし。
懐に手を入れて探っていたら、固い棒に触れた。
ん?
盗り損ね?
篠笛かぁ。
なるほど何だか分からなかったのね。
でも、犯人の前で吹くわけにはいかないし。
「痛いよぉ。お母さん!!」
近くにいた女の子が泣き続けていたので「どうしたの?」と尋ねれば足から血が流れてる。
そうか、コレね。
でも、薬はないし綺麗な水もない。
なんとか手当てをしてあげたいけど。
そうだわ!!朝露。
もうすぐ夜明けだし今は夜が冷えるから、集めれば。
そうと決まれば、たった一つの小さな窓に近寄る。自分の服をビリっと破って湿らせる。
清潔な状態にするモノはここにあるし。
フフクの葉っぱ。
小屋の窓近くにあるのが目に入っていたの。
コレを布に擦り付ければ、殺菌効果があるから。
泣いてる女の子に声を掛ける。
「わた…えっと、僕は薬師の卵なんだ。だから手当てをさせてくれる?ちょっと染みるかもしれないけど早く治るから」
女の子が少し迷って頷く。この世界で薬師は滅多にいない。この子も知らないかも。
「ひぃっ」女の子の小さな悲鳴がするもそのまま布を押さえている。(手当ては本当に効くの。例え医学的には解明されてなくてもね)
手を当てている内に彼女のすすり泣きの声がなくなっていつの間にか眠っていた。
それを見ていた子供達も同じくすすり泣きを止めいつの間にか眠っていた。泣き疲れたのね…。
小さな窓から朝日が差し込む。
夜明けだ。
私は小さな決意を固めた。
一人では逃げない。この子達と共に逃げてみせると。
三十路の知恵を舐めないでよね。
子供と侮っている奴らにきっと一泡吹かせてみせる。
また、サイラス達と再会した時。
胸を張れる自分でいよう、と。
抱きしめた女の子の暖かさに励まされながら、そう自分に言い聞かせる。
きっと…。
***
「だれ?こんな時間に失礼だな…え?ええ!!!!」
悲鳴に似た声が森に木霊する。
『ほう、この姿でも私が分かるか?』
金の長い髪がバサッと揺れる。
平伏した姿のまま、彼が答える。
「ご無事でいらしたとは、こんな僥倖は御座いません。この国もこれで…」
胸詰まる様子の男に、口早に次の言葉が被さる。
『私の救い主がピンチだ。この姿で分かる通り未だ万全ではない。其方の力が必要だ。仲間たちを集められるか?』
顔を上げた男は真剣な眼差しで頷く。
「で、どのような」
『二つだ。
まずは救い主は、人攫いに合っている。ベルサの村の近くだ。
街道から外れた場所にある小屋だ。
子供達も大勢いるらしいのだ。
それと、
もう一つは、ラドルフの救出だ』
「ラドルフ?!」
『そうだ。救い主の恩人らしい』
「公爵家のあの、ラドルフですか?彼は王の側近であったはず…」
『フン、しっかりせぇ。
情報が古いぞ。ラドルフはとうに王に追われる身だ。まずは人攫いだ。やれるか?』
立ち上がった男は、長い金の髪を靡かせて人とは思えぬ美しい顔を綻ばせた。
「もちろんです。人攫い如き仲間を呼ぶまでもない。元筆頭魔術師の私がみずから乗り込んでお救い申し上げましょう。
一つだけ伺ってもよろしいでしょうか?」
蜥蜴は顔を上げた。
『言ってみろ』
「救い主の居場所が分かる訳を…」
蜥蜴は満足そうに答えた。
『フン。目敏いな。
予想通りだ。彼女と私は繋がっているのだ。
元々消える身の上だった私を一瞬で復活させる力を持つモノだ。』
その答えに男の表情は驚愕へと変わる。
「なんと…。
では、身命を賭してお救い申し上げましょう」
男と蜥蜴の姿が掻き消えた。
後には、一羽の鳥がいただけ。
鳥はそのまま、空の彼方へと飛び去った。




