偏屈な鍛冶屋?!
ーある男の独り言ー
静まり返った仕事場にハンマーを打つ音が鳴る。いつもの様に一人きりの仕事場なのに、今は気になる。
彼女が置いて行った『ペーパーナイフ』が作業机の上に転がっているからだ。
能天気そうな顔の女だと思ったが、『直して欲しい』と訴える声が微かに震えていた。その時の真剣な眼差しが頭から離れない。
「ゴホン…」静かな室内に咳払いの声だけ響き渡る。これもいつもの事だ。
『ペーパーナイフ』
それが曰く付きの代物だと一発で分かった。
だが、あの名前を出された途端へその位置が曲がった。年を食っても性根は変わらないもんだ。偏屈だけは薬でも治らねぇ。
ー雪菜視点ー
レサンタに希望を持って来たのには理由があるの。それはバンブルさんの一言で。
『いいか。もしだ、もしもこの『オゼルの大刀』の事で困る事があったらレサンタのグレナガを訪ねると良い。アイツならば…』
執事のベルサークさんに聞いたら、簡単に店の場所は分かった。けど、ベルサークさんにしては珍しく言い淀んでる?!
「雪菜様。偏見や先入観は良くないと知っておりますが老婆心から一言申し上げます。
グレナガと申す鍛冶屋は些か偏屈でございまして軽々には引き受けてはくれぬかと」
それでも行くしかない。
『オゼルの大刀』をエペをそして…神鳥課長を取り戻すためには…絶対。
レサンタの中心地から離れた雑木林の側にその家はあった。大きな家だと、思うけどかなり古ぼけてる。
。。。
ううん。朽ちかけてるが、正確かしら?
偏屈と聞いて大勢で押しかけるのは、違うとサイラスだけお願いした。
呉々も口出ししないで、と頼んだら…
「手なら宜しいですか?」だって。
最近は、ジョークまで織り交ぜてくれるようになったの。真面目が服着てる様な人だと思ってたけどこんなサイラスも私には好ましい。
ん?
何となく上から目線?!
ダメダメ。とにかく扉を叩いて…え?開いた?!
「フン。へんな気配がするから見にくりゃコムスメか」
コ、コムスメ?!
とにかく初対面の印象は大事ね。
「初めまして。私は…あ!!」
扉が閉じちゃった。
では、もう一度。
あれ?
それから何度扉を叩いても、呼びかけても全く気配すらしないなんて。
ベルサークさんから聞いてたけど、かなりの難敵ね。
「雪菜殿。押すだけでは難しいかもしれません。引いてみるのは?一旦、宿屋へ戻り皆に相談しては?」
サイラスってば顳顬がピクピクしてるからもしかして、ご立腹?!
そうよね…商売してる人にしてはあまりに愛想がないもの。でも…急ぎたい。どうしても、よ。
そう言った私にサイラスはふわりと笑って「雪菜殿ならばそう言われると思いましたよ」と同意してくれた。
どうすれば…。
あれしかないわね。日本人なら誰もが知る古事記に準えてやるしかない!!
「サイラス。ここで昼ごはんにするわよ!!」
突飛な事を言い出す私を見たサイラスがニコリと笑って道具を準備してくれ始めた。
何で…。声にならない疑問はサイラスが答えてくれた。
「雪菜殿ですよ。やる事一つ一つに必ず理由がありますから」確信に似た言いように頬が赤らむわ。今までで一番胸に刺さったかも。
頬を染めた私と笑顔満点のサイラスで作る料理はちょっと珍しいきりたんぽで。
火魔法で作った焚火は、ちょうど良い大きさの炎を作り出しきりたんぽを焼くにはピッタリだ。鍋に準備してた材料を入れる。
火にかけて肉から旨味が出たところできりたんぽ投入!!(お肉は先程サイラスの狩った魔獣です。。捌くって凄い…)
美味しそうな匂いがしてきたら、扉に向かって風魔法でそよ風をお願いした。
題して『天の岩戸』作戦!!
踊りじゃない。歌じゃない。
そう。美味しそうな匂いで勝負よ。
ついでにサイラスに食べさせて。
「わ!!コレはめっちゃくちゃ美味しい食べ物ですね。どれだけでも入ります!!」
ふふふ。サイラスは美味しい食べ物あげると興奮する癖があるから。好都合。私はそのまま扉をチラリもみるも…、
どう?
ダメ……?!
バタン!!!!!!
「小癪なコムスメ。美味いものだけ置いてさっさと帰れ!!」
やったぁ。
よーし。。。
中に鍋を持って入ると圧巻の景色が。
大きな窯は明らかにこの部屋を熱風呂ほどの温度にしているし、ハンマーや確かヤットコと呼ばれる掴む道具も多数ある。
隅の方に小さな台所とテーブルを発見して鍋を置く。近くにあった皿によそうと…あっという間でした。
「お代わりだ。コムスメ!!」
空っぽの器が差し出される。早!!!
それから三杯お代わりする間だけ質問をして良いって。
「コレなんですけど直して欲しいんです」
と、テーブルにペーパーナイフを置いたら。
アレ?
ぐぅっ。。、
グレナガさん?!
どうやら呻き声はグレナガさんの喉から鳴ったみたいで。もしや詰まった?!
と、慌ててお茶の用意をしようとしたら。。
「そ、ソイツを仕舞え!!」って。
もしかして…
「お願いよ。この人の力を借りるから気をおさめて」と心の中でカンプフの名を告げながら頼んだ。
分身だって言ってたから。
「コムスメ…お前何者だ?!」
ギロリと睨むグレナガさん。
「私の名前は春川雪菜と言います。ドルタ帝国のバンブルさんに聞いて…キャッ!!」「雪菜!!」
バンブルさんの名を告げた途端。
追い出されました。
突き飛ばされても、サイラスが抱きとめてくれたから無事で。
「あやつ…」
「サイラス。怒らないで。たぶん大丈夫だから。あのペーパーナイフはそのままだから」
ナイフをネコババする様な人じゃない。
予感はたぶん当たる。
は!!そう言えば…
『いいかい。偏屈だが頼みはきちんと受けるはずだ。だが、決して俺の名前は言うなよ。そうなると…』
バンブルさんの声が頭に蘇る。
忘れてた。一番大切な事。
でも、一歩は進んだはず。
そう思って、宿屋へと帰った。
疲れた身体で戻った私の前にいるこの人は誰?
乙女の寝室に着替え中に入り込んだのに、ゲラン達も来ないなんて。
普通じゃない…。
しかも、目が。
深海を思わせる蒼い瞳に見つめられると声が。声が出ない!!
サイラス!!
ゲラン!!
バレン!!
メゼル!!
心の中で叫んでいたら助けが本当に、来た!!
『ダメ。雪菜を虐めちゃダメ!!』
助けを求める私の前で両手を広げて守ろうと立ちはだかったのは、なんと碧ちゃん?!
「フン。祝卵か。
それでは私の気合は効かぬか。ま、よいだろう。
名乗ってやろうか。
私は隣の国カザエルを守護する精霊。
海の精霊だ!!」
精霊だと立ちはだかる男の人は真っ青な長い髪に彫りの深いイケメンで(ま、もう慣れました…この、世界ってばイケメン率100じゃない?!)
でも、精霊が持つ雰囲気がまるでない。
まるで人間のような気配に違和感を感じたけれど、私は自己紹介も出来ぬままただ固まった。
「挨拶もせぬとは…聞いていたのとは違うな」
!!!
心の中で反論させて頂きます!!!
貴方が金縛りかけてるわよね?
目蓋すら動かない私が自己紹介出来るわけないでしょーーー!!!




