小さな存在…
ー親方視点ー
長い間、生きてきたがこんな景色は見た事がないわい。こりゃいったい。。。
目の前に立っているのは、恐らく『オゼルの大刀』の眷属と噂に聞くフローラの魔法使いでは?
「戦いを止めるなんて、ミニハリネズミ達は偉いわ!!流石ね」
ミニハリネズミ?!
もしや、土の精の事か?変わった名付けをしたものだ。だが、名付けられたお陰であ奴らが強くなったのだな。
とは言え、まだまだワシの敵ではないわ。
「お嬢ちゃんや。もう少し後ろへ下がってくれくかの?怪我をさせたくはないのじゃよ」
花粉のお陰だろうか。珍しく意識がはっきりとしているこの隙に決着をつけねばならぬ。
「え?まさか…」
絶句してる彼女は、眷属が庇うように連れ去る。「だめよ、エペってば止めなきゃ」声が段々と遠くなる。流石は大刀の眷属。この殺気に気付いたか…
くっぅ。
白く煙るような花粉の舞う視界を利用してブルーノが脇腹を狙ってきた。
掠ったか。
いや、それでもワシの爪も奴の肩を掠ったはず。ま、おあいこか。
この毒花の影響だろうか?ワシも奴らも魔法が使えぬ。この場に魔法は存在しない。と、なればワシが有利。何せこの巨体だ。
大きくジャンプをして、太陽を背に受ける。
ブルーノが眩しげに目を細めたところへ首めがけて牙を剥く。
なんと!
「甘いな、親方は。こんな初歩的な罠に引っかかるか。そりゃこれでどうだ?!」
奴が懐から出した『ラーフ』の粉を頭からかけられて撤退を余儀なくされた。目が痛む。
目潰しとしては、最高の作戦だ。この毒は遅延性で段々と視界を奪う。
しかしな、油断したのはお主だぞ。
ワシが解毒するとみた奴が下がろうとしたところを、ワシが体当たりをして吹っ飛ばした。大木に打ち付けられた奴の呻き声からすればかなり追い詰めたな。
「な、なんで…」
思わず漏れた奴の疑問に答える義理などないのだが、奴の師匠をしていた癖が出たのだろう。つい…
「甘いな、ブルーノよ。ワシの目などさして意味を為さぬ。気配で充分よ」
息を飲む奴の気配。
「まさか既に目が…」絶句する奴の表情は幼い頃からよく見る顔で。
生意気な弟子はあれで情が深い。つい、感情が引き込まれたな。
この油断が命取りだと何度も教えたのに馬鹿めが。
ワシは一層大きくジャンプして襲いかかる。
意識が獣に引きづられるのを止められぬ。目の前のブルーノが刀を既に構えたいたのだが防御体制に入れない。
油断したように見せたのか?
騙されたのは、ワシか?
腹深く刀が食い込むのが分かった。奴は低く掻い潜ってワシの下に入り込んで刀を腹に刺すと大きく飛び退いたのだ。
「師匠。そんな事とっくに知ってましたよ…」小声で呟くその声が震えている。
そうか…致命傷か。
腹から流れ出すのは血よりも生命力そのもので。弟子はやったのだ。我が望みを叶えてくれたのだ…
『ふふふ。私の身体も透け始めた』
カケラめ。お主のお陰で永らくこの国の側におる事になったわ。縛られた精霊がこんなに永らく正気を保って生き延びた新記録というところか。
「最後の弟子は、まあまあだったな」
と、呟くと身体が傾いだ。
ドスン!!!!!
巨体の倒れた音が静かな森に響いた。
「親方…」
目から水漏れしておるぞ?既に出ない声が、心の中で響く。
「そうはさせないんだから!!」
暗くなりつつある視界に光が見えた。
アレは…
ー雪菜視点ー
ミニハリネズミ達の努力を完全無視して、ブルーノ達は戦いを続ける気だわ。
止めるだけじゃダメなの?
『あの殺気だ。良くて相打ち…ま、恐らくブルーノが勝つさ。だから心配いら』「それはダメなのよ!!親方はブルーノの家族だもの。絶対ダメ。何とかしなきゃ…」
エペってば、ロクな事言わないし。
でも、恐らく弱り出した精霊を元気にする薬草なんてあり得ないし。
私に出来る事が見つからないよぉ。
目の前が真っ黒になる。
希望を捨てちゃダメだと理解しても、打開策がないもの。いえ、一番無いのは時間。
きっと向こうでは死闘が繰り広げられているはず。
『雪菜、僕たちの本気を見て。ほら、戦いは決着したみたいだから…』
声はすれど姿は見えず?
ミニハリネズミ達は、二人の戦いで散り散りになったとばかり。花粉に紛れて消えたから土の中へ帰ったのだと…
『雪菜、決着がついたようだ。取り敢えず側に行くぞ』エペの一言で私は倒れている大きな獣の横で立ち尽くすブルーノの側に来た。
「雪菜。ずっと前から言われてたんだ。意識が獣に飲み込まれる前に頼むって。
でも!!それはもっとずっと先で。出来れば…」ブルーノの言葉が途切れる。
獣もカケラの小人も、段々と輪郭すらボンヤリしてきてるから。消える…。
そう思った時!!
ミニハリネズミ達が突撃してきた。
しかも、超本気で。
エペが避けてくれなきゃ吹っ飛ばされてたわよ。いったい、何?
『雪菜、力を彼らに貸して下さい!!』
おわ、ピテレ?何処から来たの?
貸すって、コレの事かしら…。
懐から取り出したのは、篠笛。
『豊穣献笛』と言う神様へ豊穣の感謝を捧げる曲を吹いた。
リュカの時の事が思い出されて胸が痛い。
でも、ミニハリネズミ達のあの顔を思い出す。自信たっぷりの顔を。、
「雪菜、雪菜、雪菜ってば!!!」
耳が、耳が痛いわ、その大声。ブルーノってば落ち込んでたのにそんな声が出るなんて。
『雪菜、ありがとう。僕らは再び姿を取り戻したよ』
耳元でイケメンボイスが聞こえた気がした。
ギギギ。ロボット的な動きで振り返ると真横に超ーーーイケメンがいた!!
どなた様でしょうか?
こんな目が潰れるほどのイケメンなんて忘れるはずもないもの。
本当に、誰?
「雪菜ってば、ちょっとぽけぽけしてるよね?コレはこの火の山の精霊に決まってるだろ?ほら」
いや、ほらって。
親方とカケラが消え去ったの見たもの。
火の山の精霊が新たに生まれたの??
「雪菜と土の精のお陰で親方たちは完全に消える前に融合し始めたんだよ。それが奇跡を生んだのかもしれない。もちろん、笛も助かったよ?」
鷹揚に頷くイケメンは、こっちは見ないで!!
目が痛むわ。
でもそれじゃあ、親方は?
『ふむ。ワシもカケラもどちらも元々は一つじゃよ。もちろん、ブルーノと言うよく泣く弟子の事もちゃんと分かっておる』
いや、口調とイケメン具合がちぐはぐだけど、ブルーノが泣き虫なのは理解したわ。ずっと泣いてるもの、ね?
気がつけば辺り一面が美しい草原になってたわ。『ゼゼレブ』の花畑も無い普通の草原。
『トトラルはワシらで取り戻した。完全体となったし、其方の笛もあるしな…』
そう言えば、寒く無いわ。
もしかして。雪も?
「もちろん!!いつも通りの『毒の森』へようこそ!!」
良かった。
笑顔いっぱいのブルーノとイケメンの二人を見ながら心から安堵した。
ミニハリネズミ君はやってくれたのね?
近くで私を見上げるミニハリネズミリーダーが嬉しそうに笑った。
おぉ、大きくなった螻蛄も大丈夫そうね?
「ミニハリネズミ君。螻蛄さん達。エペ。皆んなありがとう!!」
笑顔が広がった。本当に良かった!!
(例え、ブルーノがちょっと縮んだままでも…)
『僕らは小さな精。精霊のような力は持たない小さい存在。
でもね。
小さい存在こそがこの世界を作っている。
精霊も僕ら無しでは存在しない…と言う事なんだ…』
小さな声が誰かの耳に届く事はなかった。
ゼゼレブの白い花粉がふんわりと、風に乗り飛んでいた。




