『毒の森』へ…
ー雪菜視点ー
ひとまわり小さくなったピテレが呟いた。
『雪菜、森はまだかなり先だ。ごめん、僕の力じゃこれが限界で…』
ピテレ…。
肩を落としたその姿に彼の悔しさが、滲んでいた。
明るい声で私は答えた。
「さあ、此処からは私たちが頑張る番よ!!此処にブルーノを残して、私たちはまず森へ行きましょう」と。
一気に行けなくても、方法はあるハズ。
でも、全員で行くには無理が…、
だってブルーノの状況は、一時的に悪化を止めているだけの治癒方法なのだ。だから、連れて行けない。それにこのままじゃ解決にならない。私の薬の限界を感じるけど希望は捨てない!!
「春川。私はブルーノに付く。エペと共に行け」課長の言葉は、合理的だ。
エペ?
そうか!!
『オゼルの大刀』のガブゼの化身『エペ』ならば、それも可能かも…。ほら!!希望が湧いてきたわ!!
私が大きく頷いてエペと一緒にピテレの先導のもと歩き出そうとすれば…ん?
課長?!
「全く、お前は世話が焼けるな。とにかくエペに任せて掴まってれば良いんだ」
課長ーー!!
何で抱き上げて、黒豹っぽいエペの背中に私を乗せるの?
まさかの騎馬状態?!で行けと?!
「む、無理無理無理…。ぜーったい無理ですって!!!知ってます、私の運動神経?お母さんのお腹に素敵な運動神経はぜーんぶ置いてきたんですよ?!」
思わず叫んだ私に、課長が胡乱な目を向けて。
「そんな事、誰でも知ってる。お前がどれだけ何にも無い場所でコケたと思ってるんだ?
だから、易々と誰にでも姫抱きされてるんだろ?」
ええーー!!!
まさかの事実。。。
運動神経を不安がらせての、ソレだったの??
ちょっと照れた私は、どうなるの??
小さな子供と同じだったなんて…恥ず。。。
『お前たち、私を舐めるな。我が魔力をもってすれば、其方を落とすなどあり得ぬ。騎馬などと同等ではないわ!!それに急ぐのではないのか?!』
エペの言葉に、ハッとする。
そうよ、一刻の猶予も無いのだった。
「課長。絶対見つけてみせます。だからブルーノを頼みます」
課長が頷いたのを見た途端、エペが駆け出した。エペの頭にはピテレも乗っている。
早!!!
馬どころじゃ無い、猛スピード!!!
それに凄い…。
風圧も揺れも感じないなんて。本当に魔力で安定してるのね。安心した私は流れる景色を見ながら決意を固める。様々な場所で頼んだ皆んなの顔を思い出しながら…。
ー神鳥視点ー
はぁ。。限界も近いか…。
我が主人『オゼルの大刀』の本体から離れ、その主人である春川からも離れた。ふらりとした俺は思わず、ブルーノの横にドスンと腰を下ろした。
眠ってる彼は、今は顔色が戻っている。
だが。。。
俺はブルーノの顔の上に手を広げて魔力を彼に注いで結界を張った。もし、私の力が尽きても守れる様に特別に練り上げた結界はかなりの魔力を食う。
身体中の力が一気に抜けてゆく感じがする。、
ぼんやりする視界で洞窟の外を眺めながら、先程の春川を思い出す。
ククク。
あの姫抱きは、見る方には中々にストレスだったのだ。
ま、あの程度の嘘など、そのストレスに比べれば可愛いものだろう。素直な彼女の性格が、あたふたする様を見て喜ぶとは俺もかなり性格が悪いが…。
ふと、手のひらに目を落とす。
黒い丸薬が二つ。私の魔眼を持っても見抜けぬ薬。春川が去り際に「課長の顔色が、悪いから作っておいたの。飲んでね!!」と手渡されたモノだ。
手のひらの薬を飲み込む。
ゴクン。
春川がくれたのだ。怪しくても毒でも飲む。
飲むが…苦っっっっ、!!
口が、痺れるほどの苦さとは何だコレ?
あ、熱い。身体中を熱がグルグルと回り胃の腑が焼ける。まさかの、本物の毒?!
そのまま、意識が暗転し始める。。、
配合の失敗なのか?
春川は、時折ドジだから、な。
薄れゆく意識の中で、
でも、それもまた幸福かもしれないと思いながら意識が途切れてゆく。。。
ー雪菜視点ー
効いてるかしら…
『三枝九葉当帰芍薬散』
顔色の悪い課長の為に、こっそり作っておいたのよ。新種の薬だから成果が未定だけど。
たぶん、大丈夫…な、ハズ。。。
過ぎゆく景色が段々と森の奥深くになるにつれ、異様な匂いが漂ってきた。
『毒の森』の真価が見えた気がした。
ブルーノってば、この森で薬を作ってたなんて凄いわ。たぶん、天賦の才能なのね。
手のひらの汗を握りしめながら、私は自問自答する。焦る心と戦いながら祖母の言葉を、頭の中で思い起こして…。
『雪菜や。薬には万能薬は無いのだよ。だが、それでも何処かにその病の為の治癒薬がある。その答えを探し続けるうちはお前は薬師としての務めを果たしている事になるのだよ』
いつもは優しい祖母の薬に対する教えは厳しかった。でも、その内容の本当の意味を理解するには私はあまりに経験不足で。
この世界に来てから、何度も祖母の背中が見えるのだ。薬研を使って、山の薬草を擦る背中から聞こえる祖母の声。
おばあちゃん。
私、薬師としてやってみる。
薬草の声を聞きながら…ね?
エペの足が止まった。
千年、万年と齢を重ねてきた大木の作る影が日の光を遮る奥深い森の風景がそこにあった。
そして。
大木の根本にあるのは、確かに。
『ゼゼレブ』だった。




