奇妙な戦の結末は…。
ーハンナ視点ー
私らだって、こうしちゃいられない。
アーノルド様からの知らせを受けて、お迎えした雪菜さん。なんと可愛らしい人なのでしょう。
ふふふ。顔形じゃないわ。この歳になると滲み出るその人の生き様や心根が見えるようになる。
だから彼女の笑顔ではっきり分かった事があるわ。それは手紙を読むまでもなく彼女こそがアーノルド様を救ったのだと言う事を。
ご一緒のマティ様やサイラス様のお名を知らぬ者はこの世界にはいまい。歴代の聖騎士団の中でもそのお力も高潔な志も一際輝いている。雪菜さんを護ろうとする強い意志を感じるわ。
私もお力になれて良かった。我が国には完全に安全な場所などないから。
我が国の歪みが齎すモノは恐らく根深い。
ほら…ダンダン!!
予想通り我が家の扉を叩く音がする。
来たわね…。
この国がオカシクなりだした理由の一つ。
神殿。
もちろん、傍若無人な神兵などはもちろん、蟻一匹足りと我が家の敷居を跨がせやしないわ。雪菜さんを護る気持ちは私とて負けない。
アーノルド様の乳母として知られている私に表立って害を加える者はいない。強く出た私に、スゴスゴと追い返された神兵にホッとする間もなく雪菜さんが倒れた。過労だとサイラス様の言葉に。張り切って台所へと向かう。
うんと美味しいモノを食べて頂こう。きっとアーノルド様の可愛らしいお子様をお生みくださる方なのだから…(あら。また気が早いと叱られそうね)
でも、そんな楽しい時は長く続かなかったわ。最近では珍しい静かな時間は終わり、街中を闊歩する神兵に誰もが家に篭る。
遂に…。
戦いが始まる。
街の衆は武器とは言えぬモノを手に手に、神兵に連れ去れるのを眺めて兼ねてより決めていた事を決意する。
大切な家族をこれ以上、争いに巻き込まれたくない。そう願う者達を集めていたのだ。
命懸けだと承知の上での。
地鳴りがしたのが、合図だった。
まずは調査部隊を派遣する。
おばさん達が野次馬のように固まっている様子は誰もが侮る…はずだと。
やはり、神兵も無視するわ。
10分…15分。。。
手筈では15分が限度のはず。
バレた場合の時に、第二部隊が控えているのに、30分待っても誰も戻らない。
馬の駆ける地鳴りが響き、とうとう王様が城から乗り出したと知った私は部隊を総動員する。今が命を賭けるときだと。
なのに…。
何なのだろう、この状況は?
首まで埋まった人々。
首から先が動物に変化してる奇妙な人間(たぶん神殿の…制服が)
そして、雪菜さんの前に座っているのは。いえいえ。違うわ。
座らされているのは、王様?アーノルド様??
『雪菜。久しぶりと言いたいところだけど僕はリュカじゃない。精霊は自然の中から生まれる。生み出されると言ったらいいかな?
だから、自然はリュカの代わりに僕を生み出したんだ』
リュカ様。
お名は誰でも知る山の精霊。
幻影園の消滅と共に消えたとの噂はここまで聞こえてきたのだけど。
悲しそうな顔で笑顔を作る雪菜さんをアーノルド様がそれ以上に苦しそうな顔で見つめている。
『人間の国の王よ。よく聞け。
幻影園の消滅はお前たちの思うモノと違う。この世界に再び光が差す予兆なのだ。傲慢なる王族よ。責を追うのは命を捨てる事に非』
ブヒブヒ。。ブヒーーーー!!!
叫ぶ豚男が精霊様へ近づこうと叫びながら突進してきた。
バタン。
豚男のマントが踏まれていて、倒れたわ。
マリリじゃない。よくやったわ。
いつの間にか仲間達がジリジリ近づいていたわ。調査部隊は埋まってる(元気そうで口だけは賑やかだわ。豚男は神殿長だと叫んでる…)
『どうだ?精霊を信仰するモノよ。其方の本性に似合いの姿にしてやったぞ。我らの名を騙ってきたのだろう?ならば喜べ』
その言葉の意味はすぐに分かったわ。
神兵の顔が次々と動物の姿になったのだから。
『雪菜よ。我はもう行く。この後は其方に任せた』
滲む姿が完全に消えた瞬間に雪菜さんの前に座っていた王様が動いた。アーノルド様の方を向いている。あの顔は何かを固く決意したモノだわ。幼い頃から強い意志をお持ちだから…。
「アーノルド。精霊様の命だ。我が責は我が命で贖う事は許されぬ。せめて王の座を其方に渡したい。頼む、我が弟よ」
アーノルド様が口を開きかけたのを雪菜さんが止める。
「アーノルド待って。王様。
私はこの国の者じゃない。ましてや異世界の人間よ。でもだからこそ分かる事があるわ。
命懸けで責務を果たそうとする王様は、誰よりこの国に必要な人だと。精霊の言いたい事は投げ出さない。それこそが最も重い責務の取り方だと」
王様は静かに俯いて聞いていた。
アーノルド様の顔には微かに笑みが浮かんでる。信頼されているのね。兄上様への気持ちを託せる程。小さな頃からのお二人を知る私にはそれは信じられぬ程で。
「私は、一人だけ国のトップの人を知ってるの。その人は苦しくても逃げずにいつも諦めずに何度も向き合ってる。その姿に知らない世界に来た私は何度も励まされたわ。
アーノルドは王様に向いてないと思うの。ね、アーノルド?」
その時…アーノルド様の表情は生涯忘れないだろう。それほどの笑顔だ。理解された者の喜びを初めて手に入れたのだと乳母の心が震えたのだから。
「ええ。雪菜、ありがとう。貴方の言葉は私の心と同じです。兄上。どうか私の力はお忘れ下さい。手紙に書いた通り消えたのです。
先祖返りはもう存在しません。幻の力よりも日々国の為に心を砕く者こそが王なのだと思います。そして、それは兄上をおいて他にない。」
滲む視界に二人が固く握手をする姿が見えた。我が部隊の皆んなも泣いていた。
調査部隊など手も埋まってるので顔が凄いことになってる。
ぴぃーー。
突然鳴り響く笛の音に振り向けば雪菜さんが吹いていた。優しい旋律はいつの間にか埋まってる人々を土の上に次々と脱出させていた。
「部隊の撤退を命ずる」
「壁護騎士団も撤退よ〜。雪菜、また来るわ」
「近衛隊、王様に続け!!!」
脱出した人々が一斉に去ってゆく姿に重なって我が部隊も家族を従えて帰途につく。
パンの棒を持ち替えて、手を繋ぎ帰ってゆくマリリを見送ってアーノルド様へ近づく。
「アーノルド様。お帰りなさい」
「ただいま、母上」
久しぶりのアーノルド様は変わった。
黒目黒髪に変わったと言う事ではない。
大人になられた…。
母としてそれが一番嬉しかった。
こうして、奇妙なそして幸せな戦は終わった。
因みに動物顔になった神兵達は神殿にこもって暫く誰も姿を見ていない…らしい。




