戦いの予兆?!
ールーベント精霊強国・神殿にてー
「静かになさい。今、祈りを捧げる時間です」身体を地に伏せて祈りのポーズのまま動かない相手に、男は焦れていた。
「教皇様。それどころじゃありません。今は敵は王宮ではないのですから!!」
今の言葉で必ずや焦るだろうと踏んでいた男は当てが外れた顔をした。何故なら振り向いた教皇と呼ばれた美丈夫はいつものウンクサイ笑みを浮かべているのだから。
「ジャレン。貴方の悪いところは一つしか見えない事ですよ。我々には秘密兵器があるのですから」
ジャレンと呼ばれた男は相手を仰ぎ見る。この土壇場で秘策があるのか?
ドルタ帝国の軍勢と聖騎士団の中でもあのジェマ率いる壁護騎士団が最早目前に迫っているのに。心の声が聞こえたのか相手は相変わらず余裕綽綽だ。
「ありますよ、奥の手が。アーノルド殿下には逃げられましたが彼女なら。いえ、彼女さえいればアーノルド殿下すらもこの手の中に…」
美丈夫の顔が歪むと本性が僅かに覗く。ジャレンは恐る恐る聞いた。こういう時の彼は容赦がないからだ。
「まさかとは思いますが、あの女の言う事を信じるのですか?あのフローラの生まれ変わりだとか言う女を使うつもりなのですか?」
少し彼に疑心暗鬼な声色が出たのも無理はない。彼らは幼き頃からこの女子禁制の神殿で育ったのだ。
だから、一人の女如きで軍勢に対抗出来るとは正気には思えない。
チロリと彼を見た教皇はまたもや笑顔になる。
「なるほど、貴方は教皇である私の話が信じらないのですね。まぁ貴方も働き過ぎだと思っていたところです。少し休むとといいでしょう」
ジャレンの顔色が瞬時に真っ青に変わる。逃亡する姿勢からの翻りは早かった。が、それも無駄に終わる。
「彼をいつものところへ」
「教皇様!!教皇様ーーー!!!!長くお仕えして来た私をお見捨てになるのですか?それでも貴方は人間なのか!!」
引き摺られる彼の怒号に教皇はすでに耳を傾けてはいない。あの控えめで熱心な信者である彼女の元へと急ぐ。
『これまで、これほど尽くされた教皇様をお慕いしている民は大勢おります。雪菜様もきっと教皇様にお会いにならば跪かずにはいられないはずです』
艶やかな栗毛色の長い髪が見える。恐れ多いと顔を上げずに震えながら話す彼女に会って久しぶりに信者に会えた心持ちがした。
私を心の底から慕っている。それが確信出来たからだ。
パンパン。手を叩いて人を呼ぶ。
「教皇様、お呼びでございますか?」
跪いた男に命ずる。
「今こそ、作戦を実行せよ。私の偉業を民に知らしめる時だ」
やっとだ。
やっと、私の手の中に…
ーギャビン視点ー
次々と下す命令が、どれほどの意味を持つか。軍勢は動かすだけで沢山の悲劇を生む。
例え、剣を交えずとも不信感と共に立ち直ろうとしている我が国民にもまたもや負担を強いる事になる。
それでも。
戦わない為にも、大軍勢が必要なのだ。
マティ殿とアーノルドへ連絡しつつ進めた。
幻影園の消滅はこの国には重過ぎるのだ。
「陛下、ジェマ殿より準備が整いましたと知らせが参りました」
久しぶりに来た鎧は金色の趣味の悪いゴテゴテしたものだ。
だが、この際有効だとベレットが送りつけて来た。
。。。
流石の趣味の悪さに前皇帝を思い出す。
が。
どんな事でもしよう。
それが民の為ならば。
そして、彼女と共にあるにふさわしい人間でいる為にも…。
私はそのまま、バズールとクライスを率いて外へ出た。
「よいか!!!
これからの戦いは、平和の為のもの。我らの手で戦いのない世の中を作るのだ!!!」
私の声に軍勢が大音響で答える。
平和の為の戦い…。
彼女がいなくて良かった。1発、殴られる。
そんな予感がするからだ。
雪菜、君の志を汚す事はしない。
だから、暫くの間目をつぶってくれ。。。




