力を蓄える時!!
ー雪菜視点ー
ドン!!!
まさにテーブルを揺るがす音が響いたのに驚いているのは私一人。
それどころか笑顔の溢れるテーブルには、大口を開けた面々が…。
「さぁ、しっかり食べなさい。そんなヒョロっこい身体だから倒れるんだよ!!」
そうなのだ。あの後リカルドがあの超美人と同一人物だと聞いたら力付きちゃって。
いや、綺麗過ぎるリカルドに驚いた訳じゃないのよ。え?女性としての自信を失ったんじゃないかって。ははは…そんなモノは三十路前に粉々になりましたとも。
でも、またもや倒れた私を心配したハンナさんの行動は早かった。
ほんの一刻で目覚めたのに、食堂へと導かれて…現在。
目の前には、大食い大会真っ青の光景が並んでおりますのよ。特に私の前が酷い!!
大皿のスープの中身は沢山の野菜や肉が浮かんでいて高級ホテルのスープの匂いがする。
長時間煮込んだと分かる一品。
その横には、皿から溢れるフルーツ・フルーツ・フルーツ!!
色取り取りのフルーツは、見覚えのないモノも多いけれど甘い香りが美味しさを保証してる。サラダに前菜らしき品物も数皿もあるのに…来ましたーー!!!
肉厚のステーキ。
この世界の人々は、ステーキ好きなのよ。でもね…厚さがねオカシイ。
20センチはある。
私の口じゃ噛み付けない厚みのステーキの上にはこれまた煮込んだソースの旨味一杯の匂いが食欲を誘う…誘うか!!
ドン!!!
ま、また来たーー!!
魚に何やら分からない煮込み料理は大鍋で。
これは完全にパーティー料理だわ。
それも会社全体の奴よ。
「どうしたのですか?まだ気分が優れませんか?」と、優しげに尋ねるのはマティさん。
慌てて返事をしようとしたけど、代弁が登場!!
「マティ殿。春川は圧倒されているだけですよ。本来は大食いですから大丈夫です。」
ソレ!!それなのよ、課長!!
いつもの余計な一言…しかも私は大食いじゃないし。たぶん…人並みなはず。。
「春川、いいんだよ。どうせ同僚も後輩も居ないから遠慮は要らない。さあ、大食いの本領発揮してくれ」
むむむ。誤解が更に積み上がっていく予感大。でも、ハンナさんの心配そうな横顔がチラッと見えて笑って誤魔化す得意技を。
とにかく、食べなきゃリカルドの無茶もギャビンの無茶も止められないから。
大口を開けて食べ出した私にハンナさんは、会心の笑みを浮かべる。
美味しい。予想以上に美味しい。
お母さんの味って感じで優しい味。
恐らく病み上がりの私にぴったりのスープなのだろう。味わいながら食べていた私は、周りを見てまたもや絶句する。
マティさん。目の前にあった私のより更に分厚いステーキは?一瞬目を離した隙に消えた?!サイラス…それは皿じゃない、鍋よ。抱えて飲むのもなの?
ええーー、ブルーノまでフルーツの皿が二つも空っぽでリス状態。可愛いけど息してる?!
そんな大食い大会の横に一人全く手をつけてない人物が…課長?
「春川?あ、そうか。俺は『オゼルの大刀』の眷属だ。人間の様に食事を取る必要はない」
課長のいつもの淡々とした口調。でも、内容は私には重いモノで。何気ない風の課長の横顔を見ながら決意を新たにする。
眷属って、顔色まで変えてしまうのね。顔色がいつも青白いから。
「フン。春川には、差し迫った問題が山積みなんじゃないか?」
課長の言葉は最もだ。
でも、その中の一つは確実に課長の事だ。もちろん、心配させまいとするあの淡々とした口調だと今は理解している。
入社したての頃には見えない事も少しずつ見えてきたから。本当に優しい言葉は小説の中とは違うと知っているから。
3日寝たきりの身体じゃ戦えない。それは確実だ。だから全力で食べる。
ハンナさんが微かに身動ぎしたのに気づいた。たぶん急に勢い良く食べ始めた私に驚いたんだと思う。でも、一言だけ。
ハンナさんの料理…めっちゃ美味しいから夢中になっているのが本音です…、
笑顔にそんな気持ちを込めながらも私のスプーンは止まる事を知らないまま。
ーとある場所でー
「イーサン。早く行こう!!」
「急ぐ事が全てではありません。ラフス村には人手は手配済みですがルーベントに我々が入る前にアーノルド殿からの返事を待ちましょう」
ジェマの焦れる態度はとっても聖騎士の頭脳と言われるイーサンに逆らうつもりはない様だ。
「イーサン様。あちらにドルタ帝国のバズール殿が…」
配下の声に振り向けば、そこには久しく見ないドルタ帝国の軍勢が丘を埋め尽くしていた。
「ジェマ。時は満ちました。動く時ですね…」
ニヤリと笑った顔は幼く可愛いが、このジェマの戦闘能力を知る者ならばゾクリと恐怖に顔を歪めただろう。
向こうから馬に乗ったバズールが一騎でこちらへと駆けて来る。イーサンもそちらへと近づいた。
上空には丸鳥が一羽ゆっくりと円を描いていた…




