9話 理不尽と戦う者達
時間があるって良いですね。
勇者が去ってから少しの間は呆然としたままだったギルドの職員達だったが、正気を取り戻すとすぐにデュークを救うために行動を開始した。回復魔法が使えるものは回復を始めた。だが、彼らでは魔法のレベルが低く、とてもデュークの負った重傷を治せなかった。
「お願いします!!!いま手の空いている方々は止血の用意と、高位の回復魔法が使える魔法使い様への連絡を!!このままでは、確実に手遅れになってしまいます!!!」
「わ、わかった!俺が連れてくる!戻ってくるまで、なんとか持ちこたえさせてくれよ!」
(このままじゃ………、先輩が………手遅れに………!!!なんで!なんで私はこんな低位の魔法しか使えないの!!?なんで魔法を鍛えてこなかったの!!?嫌です………先輩………!お願いしますから………どうか………持ちこたえてください………!!)
回復を続ける少女は、心の中で悲痛な叫びをあげる。自分がこのギルドに就職してから面倒を見てくれて、慣れない仕事をサポートしてくれた恩のある先輩が、自分の怠慢のせいで死んでしまう。そんな事実に心が折れかけていた。それでも、回復は続ける。意味はないとわかっている。自己満足の行為であることも。それでも、諦めることはできなかった。大きな恩のある人間が理不尽によってその命を奪われようとしているということを認められなかったからだ。
恐らく他のみんなも彼女と同じ気持ちでいる。デュークの死を回避する為、全力を尽くしている。なら、自分だけが手を抜くということはあり得ない。少女は回復を続けた。
ーーーーー
(はぁ………、はぁ………!まだか………!?まだ辿り着かんのか………!?このままでは間に合わなくなってしまうぞ………!?)
「聖騎士」セネカルトは日の落ちた街を走っていた。人命が懸かっている為、その足はとても速い。だが彼女、実はこれまで冒険者との交流は騎士団の詰所で行なっていた為、一度も冒険者ギルドに足を運んだことが無い。大まかな住所は知っていたが、迅速に辿り着くにはそんな大まかな知識では意味が無かった。しかもギルドは彼女が普段いる王宮からはとても遠い位置にある。その「正騎士」の高い能力を持ってしても時間がかかるほどに。そんな状況が余計にセネカルトを焦らせた。
(次は………こっちだったか………!?)
地図による曖昧な情報を頼りに角を曲がると、街を走る4人の集団を見つけた。何やら焦っているようだったが、
(しめた、彼らならギルドの正確な住所知っているかも知れん!彼らも何か急いでいるようだ、すぐに聞いてすぐに向かおう!)
「君達!申し訳無いが、冒険者ギルドの正確な住所を教えてくれないか!?火急の用があるのだが、地図が不正確すぎて場所がよく分からんのだ!」
セネカルトは走っている4人組にギルドまでの道を尋ねてみた。だが、
「あぁ!?俺たちゃさっさと王宮まで行かなきゃいけねぇんだよ!今急いでんだ!後にしてくれ!」
彼らも彼らで、かなり切羽詰まった事情があるようだった。だが、王宮に行く、と言う言葉を聞くとセネカルトは彼らのうち、自分と会話をした者の胸倉を掴み上げ、叫んだ。
「王宮だと!?どんな用事かは知らんが、私は騎士だ、王宮まで転移する魔法を使うことが出来る!それで君達を王宮まで連れて行ってやるから、私にギルドの住所を教えてくれ!こちらも時間が無いのだ!早くしないと死人が出てしまうのだぞ!!!」
「は………!?ギルドで死人が出るって、あんたもしかして、デュークの事知っているのか!?じゃあ、王宮のヒーラーを連れて来てくれよ!今ゼロが魔法をかけて延命してるけどあの子の回復魔法だけじゃぜったいまにあわねぇんだ!!」
「そうか………!なら私がそこまでお前達を転移させてやるから、さっさと事情を話して連れて来い。私の名を出せば部下がやって来てくれるはずだ。ぬかるなよ。本来は民間人の騎士の詰所への転移はご法度なのだからな。失敗したらお前達も私も監獄行きだ!」
「ちょ、ちょっと待てよ!?そんな簡単に王宮の人を呼べるって、騎士って言ってたけど、あんた一体何者なんだよ!?」
「…………?あぁ、そういえば、普段は兜をつけているから、民間人は私の素顔を知らんのか。私はセネカルト、「正騎士」だ。」
「えぇ!!??あんた、あの「聖騎士」様だったのかよ!?ご、ご無礼を〜!!!」
「そんなことは今はいい!すぐに転移させてやるから、早くギルドの住所を教えろ!」
「俺たちが来た方向にある木造の建物だ!でかいし、周りは石造りだから、すぐに分かるはずだよ!」
「分かった、礼を言う。私も回復魔法は使えるから、時間稼ぎくらいにはなるはずだ!なんとか、間に合ってくれよ!」
4人組の姿が消える。彼らの任務の成功を祈りつつ、自分もすぐにギルドへ向かう。彼らの方を見ると確かに他の建物よりもふた周りほど大きな木造建築が見える。
「…………あれか」
魔力で自己を強化し、道路を割らないよう気をつけて走る。普段は騎士として全身に鎧をつけているのだが、今回ばかりは外しておいて良かったと心から思う。
(頼む………間に合ってくれよ………!)
ーーーーー
「はぁ………、はぁ………、はぁ………、ヒーラー様は、まだ来られないのですか!?私魔力がもう、きれかかって………」
回復魔法をかけていた少女、ゼロはもう魔力が枯渇しかけていた。このまま魔法をかけ続ければ、彼女も魔力切れを起こして回復が必要になってしまうだろう。そんな時だった。
「ヒーラーでなくて済まないが、私が変わろう!………ここまでよく持たせてくれた、後は私がやろう。ありがとう。」
ギルドに1人の女性がやって来た。ここまで走って来たのか、息切れを起こしている。引き締まった体と切りそろえられた黒い髪はは汗でビチョビチョになり、整った美しい顔からは焦りが見て取れる。どうやら、ここで起きた騒ぎを知って駆けつけて来たようだ。
「…………あなた、は………?」
「私………、か。勇者の横暴をを止められなかった、ただの無能な女騎士さ。」
自らを卑下しながら、女はデュークに回復魔法を施していく。自分よりも、はるかに高度な回復魔法。それでも、まだ延命に留まっている。
(くそ………!!!L v5の回復魔法でもダメか………!これは本当に、彼らを待たねばならないか………!?これで、時間を稼げればいいのだが………)
「そんな………こんな高位の魔法でもダメだなんて………!!」
「諦めてはいけない、今君達の仲間が私の部下を呼びに行っている、彼らが戻ってくるまで絶対に、繋ぎ止めて見せるさ……!君も、回復したらまた加勢してほしい、頼んだぞ……!」
(アーノルドよ………何もかもが全て、貴様の思い通りになると思うな………!貴様ごときの理不尽で、全てを奪われる者がいるなど、絶対にあってはならんのだ………!)
セネカルトは怒りを燃やす。騎士として、勇者のかつての仲間として、その所業を許すことはできなかった。理不尽から民を守る為、彼女は時間稼ぎを続けた。
キャラ紹介N o.1
「デューク=アグレシオン」
主人公。幼い頃に右腕を失い、冒険者になると言う夢を諦めざるを得なくなった。アリシアと婚約していたが、勇者に寝取られた挙句左腕も切り落とされ、現在まともに動かない右手しか使えない状況にある。ここまでほぼ全ての話で何らかの怪我をしている。強くなるのはいつになるやら。