12話 償う者、そうでない者 終わり
「………?」
扉を叩いても誰も出てこない。今の時間帯なら仕事も休みの日だし、動ける者がいるはずなのだが………
(もしかして、無視、されてる………?)
「あの、誰かいるなら、扉をあけてくれませんかー!?」
やっぱり、開かない。やはり自分だから無視を決め込んでいるのだろうか?一応、扉をいじってみる。すると、
「あ………、鍵が、開いてる………」
鍵が開いていたため、扉はいとも簡単に開いた。全開にして中に入ろうとすると、扉の隙間に溜まっていた埃と家の中に充満していた異臭が出迎えた。あまりに酷い匂いに思わず倒れそうになる。
しかし、匂いを我慢して先に進む。昔はよく通っていた家だ、内装はまだ憶えている。
中は全く掃除が行き届いていない。父もサポートを諦めたのだろうか。歩く度に埃が舞い、床が軋む。時折鳴るメキリという音が鈍い恐怖を生み出す。
リビングに繋がる扉を開ける。再度埃が舞い、少し咳き込む。やはり、リビングにいた。
「………ノ、ク、ト。」
「………………」
一体、いつぶりの再会になるだろうか。かつての自分の恋人、ノクト。
まるで生気なく、だらりと椅子に座り、上げられた口からははしたなく涎が垂れている。目の焦点も合っていない。その上、ここ最近は風呂にも入れられていないのか、とても臭い。
一体何故、私は彼にこんな仕打ちをしてしまったのだろう?勇者に操られていたから?
確かにそうだ。勇者に出会う前は、神の加護を受けるようになる前は2人は愛し合っていたのだ。私は幸せだったんだ。なのに、それは勇者によって崩壊させられた。私は奴に体を許しノクトを、村のみんなを傷付けた。
なんて酷い裏切りだ。
それに、ここまで来ていて思ったが、勇者が行く先々で女を洗脳し自分の肉人形にしていた事はあまり認知されていない。当事者である自分にはわかるが、そうではない村人達はその事がわからない。だから、自分をきつく糾弾できる。
だから、洗脳されていた事を言い訳にしてはならない。私は、償わなければならないのだから。
栄養補給のために喉に張り付いていたチューブを外し、回復魔法をかける。
「『究極回復魔法』」
癒しの魔力がノクトを包む。聖なる回復魔法、その頂点に立つ最高の魔法は、傷ついた体を瞬く間に癒していく。忽ち、ノクトの体の治癒は終わり、受けた傷は全て消えた。
「ノクト、ごめんなさい。私が馬鹿だったわ。あんな奴に簡単に洗脳されて、愛するあなたを傷付けて、傷ついたあなたを嘲笑い、家族になるはずだったみんなにまで迷惑をかけて………私、あなたさえ良ければ何でもするから。死ねと言われれば死んでやるし、ずっと奴隷のようにこき使ってもいい。お願い、私に償わせて。私に、あなたを傷付けた事への罰を頂戴。」
「………あー」
グレイスの長い謝罪に、ノクトはそう呟いた。それだけで悟る事ができた。ノクトはもう、あの時に一緒に心まで傷ついてしまったんだ、と。
「あ…あぁぁ……………」
魔法で体の傷は治せても、心に負った傷は直す事はできない。あぁ、自分は本当に、取り返しのつかない事をしてしまったんだ。
「あー………ぐれ、いす。どこにいったの………?ぼく、さみしいよー。」
「ノク、ト?なに、言ってるの………?」
「………あ、れ?ぐれいすのこえが、するよ?おかしい、なぁ。ぐれいすはまおーたいじにいってる、のに。」
「ノクト……………」
涙が、止まらなかった。裏切られ、心を壊して、それでもなお、ノクトはまだまだ自分のことを想い続けてくれている。
あぁ、そうだ。罰を与えて欲しいだなんて、なんて傲慢な考えだったんだろう。私は、咎人の分際で、なんて図々しいことを言ってしまったんだろう。
「………そう、だったわ。私がやるべきは、ノクトの治療。心も一緒に直さないといけないのよ。………馬鹿みたい。ここまで間違えておいて、まだ間違えようとしてたなんて。」
「今、出来ることをやらなくちゃ。」
リビングを出て、寝室に向かう。予想通り、ノクトの母が部屋にあったベットで寝ていた。ベッドを浮かせて彼女を連れて行こうとする。
「ぁぁ、おかえ………て!あんた、何でここにいるの………!?」
「………ごめんなさい。後で。」
一旦外に出る。中にいたノクトとその母を連れて。そして、無人となった家に向かってある魔法を使った。
「ちょ………あんた、一体何をしようっての!?」
「少し、見ていて下さい。………『崩壊』」
魔法名を告げると同時に、家が大きな音を立てて崩れ去ってゆく。瞬く間に家は崩壊した。これでは、中の家具などは無事では済まないだろう。
「家が………!?あんた、なんてことを………!?」
「『創造』」
崩れ落ちた家がそんな事実はなかったと言わんばかりにもう一度その形を取り戻していく。崩壊よりも断然早いスピードで、家はもとの、かつての新築の状態に戻った。
「今日まで散々ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした!これは、私に今出来る償いのひとつです。許して、とは言えません。けど、私はこれからも償っていきます。どうか、私の誠意を認めてはもらえないでしょうか!?」
「………本当に、その気があるのかい?あんたがノクトから奪ったモノを全て返し、それ以上のものを与える覚悟があるのかい?」
「はい!そうでなければ………私は、ここに居ません!」
「………なら、あんたの一生をノクトの為に懸けろ。一生かけて、ノクトに幸せを取り戻させな。それが、あんたのやるべき償いだ。」
「………はい!ありがとう………ございます!」
「それじゃ、まず、私を戻してくれるかい?いつまでもここに居たら見世物になっちまうよ。」
「あ、す、すいません!」
こうして、グレイスは償う資格を得る事ができた。その後は実家に戻りもう一度父に謝罪し、先祖の墓で髪を切って捧げることで誓いを立て、村全体に不穏をもたらしたことを謝罪して回った。誠心誠意謝ったことが伝わったのか、村の者達もグレイスに償いの機会を与えてもいいかとなった。
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翌日、早朝。日が昇ってそう時間も経っていないときに、王都から騎士がやってきた。どうやら勇者の洗脳術によって被害を受けた者達をサポートするために各地を回っているらしい。
その中には、『聖騎士』セネカルトがいた。彼女が勇者の被害について説明していると、洗脳術についてみんな知らなかったのか、大きな衝撃を受けていた。
これにより、少しだけではあるが、同情の目線が村人達から送られてきた。
「…………それでは、行ってきます。」
「ちゃんと、ノクト君を救うんだぞ。」
「別れの挨拶は済んだか?なら早く乗れ。………母御殿、彼の身は我等が責任をもって回復させて見せましょう。ご安心下さい、王都には心の病を治す医者もいるのです。」
「聖騎士様………!何もそこまでする事は………元はと言えばそこのグレイスの犯した出来事ですので!」
「国民を守れなかった以上、我等も同罪なのです。せめて、もう一つの務め、罪人に罰と償いを与えることくらい遂げさせて下さい。」
「それでは、我等は出発する。………進め!」
騎士の乗っていた馬車にグレイスとノクトが乗り、馬車が走り出した。しばらくして、もう村は影も形も見えなくなった。そんなときに、運転席で護衛のために御者の隣に座っていたセネカルトが後ろに振り向き、グレイスに告げた。
「これで漸く、お前も償えるようになったな。罪人にも償いを終えれば幸せになる権利はある。頑張れよ。大事なのは、心を取り戻した彼とどう向き合うか、だ。神も、勇者も介入していないお前の意思で、誠心誠意彼と向き合え。」
「…………はい。ご忠告、ありがとうございます。」
こうして、グレイスも罪を雪ぐスタートラインに立ったのだった。
他の面々のその後
洗脳が解けなかった人達
→自殺した者、心を壊して医者にかかるようになった者多数。
洗脳が解けた人達
→自責の念に駆られて自決した者、親しい人間を傷つけたことで出頭した者多数。誠心誠意償ってなんとか再構築できた者少数。
洗脳はされてないけど勇者に心酔してた人達
→勇者の死を信じられずに「勇者様の居場所を作ろう!」とテロ組織を設立したり、勇者を裏切った(ように彼らには見えている)者を誹謗中傷したりと傍迷惑な行いをしている。半分ほど過激な活動で騎士団に捕まった。




