1話 しばしの別れ
「デューク、ただいま!たくさんお宝持って帰って来たから早く鑑定して!」
「まったく………僕は鑑定士じゃないぞ、アリシア。今は依頼書の整理で忙しいんだ、鑑定して欲しかったらその道のプロに頼めばいいだろ。」
「プロじゃダメなの!私はデュークに鑑定して欲しいの!」
「はぁ…お前なぁ………」
「ははは、相変わらず仲良しだな、お前さん達は。結婚してないのが不思議なくらいだ。もう子供ができるようなこともしてるんだろ?」
デュークの上司、冒険者ギルド支部長が惚気る二人の仲を茶化す。それをアリシアが目で威嚇する。
「支部長、茶化してる暇があったら仕事してくれませんかね?ただでさえあなたが働かないせいで僕たちの負担がヤバいんですよ。僕達ギルド職員に給料を払ってくれている市民の皆さんに申し訳ないと思わないんですか?」
「ははは、すまんすまん。ようし、おじさんいっちょ本気を出しちゃおうかな?」
「全く、本気を出すんなら、最初からそうしなさいよね………これでデュークが過労死でもしたら貴方を焼き殺してやるからね?」
「おぉ、こわいこわい。それじゃ、おじさんは殺されないように働いてくるから、二人ともお仕事頑張ってねー!あ、あんまり結婚前からお熱いカップルは長続きしないって言うよ?」
「お黙り!」
支部長の声が少しこわばっている。アリシアの脅しはよく効いたようだ。しかし、それでも茶化しを忘れないのはいっそ大したものである。
あのドラゴンの騒動から12年の時が経ち、アリシアはデュークとの約束通り冒険者となって、戦えなくなったデュークの代わりにたくさんの依頼をこなしていった。その甲斐あって、アリシアは冒険者となってから僅か一年でBランクまで上り詰めた。もう既に実力だけならAランク並み、昇進も時間の問題だろう。
一方で、デュークは冒険者にはならず、彼らをサポートするギルドの職員となった。左手のみで剣を扱う訓練はしたが、それでも右手がないと言うハンデは大く、剣士の道は諦めざるをえなかった。
剣士ではなく魔導師となるにしても、デュークの魔力量は中途半端で貴族のくせにあまり高くなく、しかも六属性の中で最も需要の低い風属性しか適性が無いのではそれも叶わなかった。
それでもアリシアを助けるという約束を守る為に父の領地を継いで領主となるまで、という期限付きではあるがギルド職員となったのだ。
「………アリシアはすごいな。僕だったら、右腕が残っててもここまで強くはなれなかったはずだよ。これが才能ってやつなのかな?」
そんなことをぼやきながらアリシアのステータスを[スキャン]する。[スキャン]の能力は魔力がある者なら指を軽く振るだけで使える簡単な魔法だ。
(アリシア=ハルトマン(Lv.48)
性別:女 年齢:17
職業:冒険者(Bランク)
≪ステータス≫
体力:A(9876)
魔力:B(7056)
攻撃力:A(11498)
防御力:C(5713)
速力:B(8506)
精神力:B(7029)
≪スキル≫
「剣王Lv.6」「火属性魔法Lv.6」「神の加護」
「呪い耐性Lv.3」
≪称号≫
「意志を継ぐもの」「魔剣士」)
「………やっぱり、いつ見てもすごいステータスだよな。本来魔法使いになるはずだったとは思えない戦士のようなステータスだな。」
「そんなに褒めなくたっていいよ、デューク。私よりステータスが高い人だってたくさんいるでしょ?デュークは依頼の紹介や仲介もしてるから、高ランクの冒険者とだってよく会うし、別に私のステータスは驚くほどのものじゃ無いと思うんだけど………」
「いや、僕がすごいと思っているのは短期間でここまで強くなることができたアリシアの才能と努力のことさ。それに、アリシアのステータスは殆ど武具の装備ボーナスの恩恵を受けてないだろ?地力でこれは本当にすごいよ、誇っていい。ほんと、小さい頃は僕が守る側だったのに。立場って、とっても簡単に変わるんだなぁ………」
アリシアはデュークが右腕を使えなくなって以来、自分がデュークの右腕の代わりになるとなる為に血の滲むような過酷な訓練を乗り超えて今のような強さを得た。大切な人の大事な腕を自分の軽率な行動のせいで奪ってしまった、その負い目がより一層アリシアを奮起させた。デュークのギルドでの働きぶりも過酷な訓練を乗り越えているのは自分だけでは無い、という連帯感を生んだ。良くも悪くも、デュークがいなければ、アリシアがここまで強くなることは無かっただろう。
「デュークだって頑張ったでしょ、右手もスプーンを持てるくらいには回復したし、左手だって、今では昔の右手以上に使えるようになってる。冒険者を諦めてたらずっと、腕を失った悲しみに囚われてたまま。けど、そうはならなかった。」
アリシアがデュークを[スキャン]する。
(デューク=アグレシオン(Lv.21)
性別:男 年齢:17
職業:公務員
≪ステータス≫
体力:E(804)
魔力:D(2018)
攻撃力:F(683)
防御力:F(652)
速力:E(841)
精神力:E(1958)
≪スキル≫
「風属性魔法Lv.10」
≪称号≫
「不屈」「失ったもの」)
「右腕の使えないデュークにもここまで強くなることができた。なら、もっと強くなれたはず。そしたら、依頼の冒険の時も一緒にいられたのに。」
「…僕だって、諦めたわけじゃ無い。今でも訓練は続けてるよ。[基本剣術]を発展させて、必ず[究極剣術]を習得する。片手だけでも十分に使える剣術を作れば僕も戦えるようになる。………その時になったら、一緒に冒険に行こう。」
「………うん。待ってる。」
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休憩中。アリシアと2人で過ごせる時間がやってきた。空いている席に隣同士で座り、団欒を始める。デュークの向かいに座り、長さの戻った髪をいじっていたアリシアが、急にハッとした顔になった。どうやら大事な何かを思い出したようだ。
「そうだ、私、デュークに言わなきゃいけないことがあったんだった。」
「何?」
「さっき私をスキャンした時、[神の加護]っていうスキルがあったでしょ?」
「そういえば、そんなのがあったな………けど、それがどうしたんだ?」
「あのスキルは、神様が悪しき魔王を倒すために選ばれたものに与えるものなんだって………。だから、私は勇者様と一緒に魔王討伐の旅に行かないといけないの。」
「へぇ、あれってそんなすごいものだったのか。魔王を倒すことができたらアリシアは英雄として迎えられるな。頑張ってこいよ。」
「けど………一度旅に出たら、魔王を倒すまで帰ってくることはできない………その間、ずっとデュークと会えないのは寂しい………」
不安を漏らすアリシアを背後から包み込む。ちょっと驚いて顔を赤くしてたけど、すぐに笑顔になってくれた。
「じゃあ今はこうしていよう。アリシア、魔王討伐は僕が、僕達が全力でサポートする。だから、安心していっておいで。………そして、帰ってきたら、僕と結婚してくれないか?」
「え………!?」
突然のプロポーズに固まるアリシア。けどすぐに返事は来た。
「嬉しい………!勿論、いいに決まってるじゃない!ふふふ…とってもやる気出て来た…!」
「待っててね、デューク。私、すぐに終わらせて帰ってくるから。」
「勿論、待つさ。何年でも、何十年でもな。」
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そして二カ月が経ち、[神の加護]スキルを持った人間が全員揃った。
『勇者』アーノルド
『剣聖』アリシア
『賢者』グレイス
『暗殺者』コナー
『僧侶』シャルロッテ
『聖騎士』セネカルト。
驚くべきことに、勇者以外は全員女性だった。戦いに出向くなら屈強な男を選んだほうがいいと思うのだが、神は何を考えているのだろう。その顔ぶれを見た一部はそんな感想を抱いた。
だが、そんなことはどうでもいい。彼等は国民の、いや、全ての人類の期待を背負い、世界を脅かす魔王の討伐に向かう。世界の命運を背負うその重圧は尋常では無いはずだ。だが、勇者は、勇者達は意外な程に落ち着いていた。
「僕達は救世の勇者となるか、それとも世界を救うことが出来ず、大悪党どもの手に渡らせた大罪人となるか。この旅で全てが決まる!この戦いは僕達だけのものでは無い!この世界の、全ての人間の力の集う、総力戦なのだ!」
そうだ、この戦いは勇者パーティだけの戦いでは無い、人間の存亡がかかった、人間全体の戦いなのだ。こんな大事な戦いを勇者たちだけに任せておくわけにはいかない。僕達も、戦えなくたって出来ることをしなければ。デュークは右腕をを強く握り、決意した。
「………アリシア、これ。僕にできることは君の無事を祈ることくらいだから………御守り。」
御守りの中にはデュークのなけなしの魔力を込めた魔石が入っている。魔石は伴侶への贈り物の定番だ。アリシアも昨日婚約式を終えたばかりでまだ恥ずかしいのか、また儀式で短く切った蒼い髪を撫でながら受け取った。かわいい。
「デューク、私、絶対生きて帰ってくるから。結婚式の用意、ちゃんとやっててね。」
「勿論。………気を付けて、アリシア。」
今はまだ、単なるしばしの別れ。だから、まだ気付かない。気付けない。勇者によって、二人の仲は引き裂かれることを。
今はまだ、知る由もない。
ステータスのランクは
G=0、F=1〜799、E=800〜1999、
D=2000〜3499、C=3500〜5999、
B=6000〜8999、A=9000〜14999、S=15000〜
となっています。
レベルは上がればステータスが上昇するというボーナスのようなもので、カンストしても訓練や装備のボーナスでステータスを上げることは可能です。