プロローグ 壊れる前のひととき。
「もー!デュークったらなんでついてくるのよー!女の子の秘密のこーどーは男の子がついて来ちゃダメなのよー!」
「だからって、一人で行かせられるわけないだろー!せめてごえーの人くらい連れてから行けよー!」
デューク=アグレシオンは5歳の誕生日を迎えたばかりの幼馴染アリシア=ハルトマンと共に彼の父ターレス=アグレシオンの所有する森にやって来ていた。
この森は魔獣が頻繁に出没することで知られている、当たり前だが子供が入って無事で済むようなところではない。しかし2人はこの森に入った。
その理由は、アリシアはまだ自分より一足早く5歳となった幼馴染デュークへのプレゼントをまだ渡していなかったため。
この森では、王都でも人気の高い果物が自生している。
アリシアはこれをを摘んで彼に渡すお菓子を作るつもりだった。もう自分も5歳になったのだからこの危険な森に入っても大丈夫、そんな思い込みで彼女は足を踏み入れたのだった。
一方で、デュークはそんなアリシアの思惑を知らない。幼い頃から仲良く過ごして来た少女の浅慮な行動を止める、彼はその為にアリシアを追いかけて来た。自分の身にも危険が及ぶ、と理解していながら。
「ふーんだ!もうこんな深いところまで来ちゃったからごえーの人も呼べないもんね!デュークもみちゃダメ!帰って!」
「アリシアを置いて僕だけ帰るなんてできるわけないだろ!この森は魔獣が出るからとっても危険なんだぞ!」
「じゃあ魔獣が出る前に帰ればいいんだもんねー!どーせすぐ終わるんだからー!」
「じゃあ僕も手伝うからさ。早く終わらせて、帰ろう。二人でやればすぐに終わるよ。」
そして二人で果実を摘む。アリシアの持って来たカゴが一杯になったところで二人はもう帰ることにした。けど。
「うそだろ………!?なんでこんな所にドラゴンが出るんだよ………!?」
「ひぃぃ………!デュークぅ………こわいぃ………」
ドラゴン。最もランクの低いホワイトドラゴンでもAランクの冒険者並みの実力が無ければ倒せない化け物。そして、今二人の目の前にいるのはドラゴンの中では上から3番目のランクのブルードラゴン。どうあがいても幼く実力のない二人が勝つのは無理な相手だった。
アリシアは腰を抜かし、動けなくなってしまっている。履いているズボンを濡らしていることから察するに相当な恐怖が彼女を襲っているのだろう。デュークも、アリシアを守る為に持って来た剣を構えてはいるが、目には大粒の涙が浮かび、その足は恐怖でガタガタと小刻みに震えている。それでも、立ち向かう。アリシアを守る為に。
「うわああああ!!!!!!!!!!」
決死の思いでブルードラゴンに攻撃を仕掛けたが、その硬い鱗の前に全く歯が立たず、剣を折られドラゴンの反撃でデュークは右腕を思い切り切り裂かれた。
「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
あまりの痛みに転げまわりそうになる。だが、その痛みを堪え、立ち向かう。
痛い!苦しい!助けて!なんで僕がこんな目に!けど、けど!
「僕が………ぼくがアリシアを助けるんだぁ!」
「よく言った、デューク。」
颯爽と現れた人は、デュークがよく知っている人だった。ターレス。ここにいることは知らせていないはずなのに。Sランクの冒険者である父が、助けに来てくれた。その剣技は鮮やかという他にない。デュークの腕を切り裂いた鋭い爪の攻撃を避け、逆にドラゴンの腕を切っていく。焼け付くブレスを放つたび、水属性の魔法で相殺する。隙のできたドラゴンの胸に持っていた剣を突き刺し、そのまま切り裂く。ターレスは忽ち、デュークが相手にもならなかった強敵を討伐してみせた。
「デューク、私が来るまでよく耐えたな。偉いぞ。」
「ああああ…………父さん…………怖かったよ………!!!」
(傷が酷い、早く治癒しないと手遅れになってしまう………!)
「アリシアちゃん!デュークを運ぶのを手伝ってくれないか!?早くしないと手遅れになってしまう!どうか手伝ってくれ!」「ひぃ………っ!は、はい………!」
ーーーーーーーーーー
あれから5日。デュークはようやく目を覚ました。起き上がったのを見てすぐにアリシアが抱きついて来た。その整った顔をボロボロに泣き崩して。
「よかった………デューク………!もう目を覚まさないかと思った………!!!」
「アリシア………大丈夫、僕は生きてるよ。ちゃんと起きたよ。」
「けど、デューク、あなたの右腕は…もう………」
あの時ドラゴンの鉤爪に引き裂かれたことで、デュークの右腕はもう剣を持てなくなってしまった。日常の生活では訓練でなんとか使えるようになるが、もう剣を持つのは諦めたほうがいい。デュークの夢、冒険者になることは諦めたほうがいい、と。
「ごめんなさい………!私が勝手に森の中に入ったせいで………!「大丈夫だよ」
「え……………?」
「僕にはまだ左腕があるよ。それに、剣が持てなくたって、冒険者の役に立つお仕事はできるよ。右腕が使えなくたって僕はまだ生きてるんだから、これからいっぱい努力したらまた剣を振れるようになるよ!」
「デューク……………」
「決めた、私、剣を習う!私が、デュークの右腕になる!」
「アリシア………」
「じゃあ僕はギルドの事務員になる!たくさんお仕事して、アリシアを支える!」
「デューク、二人で最強になろう!そして、一緒に暮らそう!私たち2人で!」
「アリシア………僕と一緒になってくれるの………?結婚してくれるの………?」
「うん!わたし、デュークと結婚する!ずーっと、一緒に居る!」
幼い2人は、愛を確かめ合うように互いに抱きしめ合った。この誓いが、愛の絆が、しばらくして、ある者の悪意によって引き裂かれることを知らずに。
冒険者のランクは低い順から
F→E→D→C→B→A→S
となっています。デュークの父ターレスはSランクです。