鎮魂歌
僕は、ミュージシャンを目指すどこにでもいる、少年だった。
僕はギターを弾いていた。ジミヘンドリックス、ジョンレノン、エリッククラプトン、ジミーペイジが僕のお気に入りだった。
中学生のころから、エレキに没頭した。
でも、高校生になると、自分より上手な同級生もいたりして、すぐ挫折した。でも、夢だけはあきらめたくなかった。
そして、高校生のときに、ディスクジョッキーという仕事があることを知った。ディスクジョッキーといっても、ラジオでおしゃべりをするのではなく、ディスコやクラブで、レコードをかける仕事だ。
僕は、レコードプレイヤー二台、そして、ミキサーを手に入れた。そして、レコードを買い始めた。
ディスクジョッキーの技術は僕にとっては簡単にすぐ盗むことが出来た。当時は、その手のビデオが少ない数ではあっても、出ていたので、それを何度も見てコピーすることから始めた。
それは僕にとって、すんなり出来た。
そして、1996年当時、djスクールというのが結構流行っていた。
ぼくはそこに通って、ほかの生徒に技術を見せびらかせては、自分が有名になっていくような気がしていた。
そして、あるとき、プロのdjから、声をかけられた。一緒に、友達の家に遊びに行こう。
ぼくはチャンスだと思った。僕はそのとき、その世界でスターになることを夢見ていた。ただ本当に純粋な気持ちだった。
だから、そのプロdjの人についていくことにした。そのときはその人と他にお付の人が2人いた。友達は隣のビルに住んでいるといわれた。
僕はいわれるままその人に付いて行った。
マンションの部屋に入るとそこに男の人が一人いた。
名前はまだ聞かなかった。
プロDJのひとは、その友達といくつかの言葉を交わした。
異変に気づいたのは、その後だった。
DJの人がおもむろに試験管をライターで炙り出した。
僕も、音楽とかサブカルチャーの本とか好きだったから、なんとなく気づいた。
プロdjの人はこれは覚せい剤だといった。不味い味がするとも言っていた。
もう一人の友達の人が覚せい剤が入った大きなビニール袋をテーブルにおいていた。
お付の人の一人が今度は試験管を炙っていた。やっぱり不味いと言っていた。
僕に今度は試験管が渡された、僕は嫌だった正直に。でも、若かったこともあって、正直怖かった。
だから、皆の真似をして、僕も炙ってみた。そこから、煙が出てきて僕は少しだけ吸い込んだ。不味かった。
でも、最初は何ていうことはなかった。気持ちよくなることもなかった、体が軽くなることもなかった。
でも、数分後だった。異常な感覚に襲われたのは。なんとなく遠くから、声が聞こえ始めた。音のならない音。知っている人の声だった。皆が僕を注視していて、皆を落胆させてしまったのがわかった。僕もがっかりした。一度の過ちがこんなにひどく人を落胆させるんだと思ったのを覚えている。でも、その感覚からは数分後には離れることが出来た。
そして、プロdjの人の友達はこう続けた。
机をコンコンと叩き、この机は二度叩いたことを覚えている。僕たちがいま、机を見ていることも知っている。何でも、物も覚えている記憶があるっていった。
僕はそのことを深くその場では考えたけれど、答えはその場では出なかったことを覚えている。
そして、二時間ほどしてその部屋を出た。そして、家まで電車で帰った。
第二節 旅立ち
僕はそのプロDJの人の家によく遊びに行くようになっていた。一度目に遊びに行ったときに出てきた、ドラッグは大麻だった。音楽やる人間はやっぱり大麻を吸うんだなってそのとき思った。大麻に関して言えば、それ程抵抗がなくすんなり受け入れられた。けれど、覚せい剤のときよりも衝撃的な体験をしたのを覚えている。最初は大麻の効き目がよくわからなかった。でも、五回くらい吸引したときに、音楽の内容がわかる様になっていく瞬間があった。音楽の気持ちよさがどんどん増すように音楽が作られていてどの様な要素が音楽にとって必要なのか。そういう面白さを毎回感じていたし、自分もその先輩から買うようになっていった。
どこへいくにも、その先輩たちと大麻を持っていった。六本木、渋谷、川崎、横浜、色々なところに行った。うっかり大麻を切らすと、何かつまらない感じがしただから、僕は、いつも、余分に買うようにしていた。でも、大抵、次の大麻を買うときには手元になかった。それほど、頻繁に大麻を吸引していた。
そして、音楽をどんどん吸収していった。大抵はヒップホップ、ラップを聞いていたけどロックもジャズもソウルもファンクも夢中になった。
その当時はヒップホップの曲にサンプリングが使用されていてメジャーマイナー問わず様々な曲が使われていたから、その元の曲を探すのが僕のお気に入りになった。
この話は、今、クリーンな体になった僕も大好きな体験なのだけれど、やっぱりビートルズのサージェントペッパーズロンリーハーツクラブバンドはドラッグを決めて聞くと最高って話。
アデイインザライフでオーケストレーションが大きく二度入るんだけど、一回目は曲の途中 二度目は最後のピアノの手前の例のあれ。あれはドラッグそのときは大麻だったけど、をやるとでっかい大波が来るように音像が立ち上がるんだ。で、二度目なんて最悪、超巨大ビッグウェーブって感じで来る、で一回目がくると二度目が来る予兆がするんだ。サーフミュージックの凄い奴。あれは最強だね。しかも、あの歌い方だから体は自然とふわふわなりますよ。僕はジョンのあの歌唱法は絶対狙ってやってると思う。サウンドという感じだから、あのアルバムのあの声の出し方やノイズの扱いは。
第三節 初体験
そうこうしていると、先輩の先輩とも知り合いになっていくようになった。
その人は、僕に本当によくしてくれた人だ。そして、ドラッグも、数倍強烈な奴を持っていたし僕に吸わせてくれた。それは、不思議な形をしていた、丁度、バナナが小さくなって乾燥したような黄色いネタだった。それをほぐして吸引すると最高の気分が得られた。煙はクリームの味がした。その人たちはスタジオを持っていたから、そこで、ゆっくりよい環境でよい音でレコードをゆっくり聞いた。僕の、最高の人生の始まりだった。僕が最初にそこで、興味を持ったレコードはマイルスデイビスのビッグファンというアルバムだった。あまりにそのアルバムが強烈過ぎて、一回酔ってしまったこともあった。あまりよいネタを多く吸引しすぎると気持ちが悪くなって口の中が甘ったるくなってしまうこともあるのだ。それはさておき、マイルスのアルバムはこうだ。
ビッグファンの中の、ゴーアヘッドジョンという曲だ。これは、最高の編集がされていて、右と左にステレオが振り分けてあって、かなり複雑な酔いが得られる。しかし、ここで、肝となるのはこの長い前奏ではない。マイルスがソロパートをディレイを掛けながら出てきてからなのだ。街角からトランペットを吹きながら、フラフラとやってくるマイルスそして、道の街角を曲がると僕の目の前に、現れトランペットサウンドで僕を殴りつけるのだ。これは体験としか言いようがない。お時間のある方はぜひ聞いて事をお勧めする、ただし、自己責任で。
そうこうしているうちにもう一人の先輩も、仲良くしてくれるようなった。その先輩とは、一度しか、ドラッグは一緒にやったことないけれど、数十倍強烈な、緑の小さなバナナの乾燥したようなものを一口吸わせてくれた、それは、ソーダーの味のする煙だった。そこでの初体験は、ロバータフラックのアイキャンシーザサンインレートディッセンバーという曲だった。深い曲だ。そのときの体験はまさにユーフォリアという感覚だった。そうとしか言えない。曲が強烈にイメージとして浮き上がってくる感じ。そこに、頭が冴え渡る。うん。ユーフォリア。最高だった。
ここまでのあとがき。
僕の実体験を書いてあるように見えるように研究して書きましたがこれはフィクションであり、そういう書き方のされている創作物です。決して、ドラッグを肯定しているのではなく、そのような感覚になるのだろう、という研究し尽くされた推論での創作物となっています。私は、ドラッグには否定的な人間ですが、気が向けばもっと、続きを書くかもしれません。そのとき、また、この不思議な世界を、一緒に体験できたら良いなと思っています。
では、そのときまで、皆様のご健康と、幸せを願って。




