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1.クーリエ・シュドゥ(1)

 僅かな砂煙を巻き上げて、風圧が波紋のように広がる。


 乾いたアスファルトの上、引かれた白線が飛ぶように流れているのを確認しながら、ラダーで調整。機体が軽いから、接地の直後に一瞬浮く。その時に無理に押さえつけないのがコツだ。


 タッチ・ダウン。

 機体が弾む。でも今度は接地したままだ。


 スロットルを最低にして、速度を落とす。


 地上はまるで、でこぼこ道のように乱暴で無礼。

 サスペンションの悲鳴。


 ああ、地上に帰ってきたな、と思う瞬間。


 星の重力。


 風の谷底。


 空の時間の終わり。


 どろどろとプロペラを回して、規定の位置にタキシング。小さな飛行場だから、今、降りているのは僕たちだけのようだ。

 三枚の樹脂製プロペラが止まるのを確認してから、キャノピィを後ろに跳ね上げ、翼伝いに飛び降りる。


 地面からは、熱を伴った風。上昇気流だ。


 季節は夏。

 滑走路は、陽炎に揺らいでいる。


 ポケットから煙草を取り出して一本咥える。燧火を擦る音。顔を一瞬だけ炙る、熱。


「滑走路は禁煙だよ」

「吸い殻は捨てない」

「そういう問題じゃなくってさあ」


 頭上から降ってきた声に、ワインレッドの機体を振り返る。流線型のボディには手書きのペイントで、「フレガータ」とある。

 前部座席からひょこりと突き出た頭が、諦めたように首を振る。


「ま、いいか。あたしたち以外はいないみたいだし」


 ゴーグルと帽子を取りながら、童顔の(というより、彼女はまだ子供だ)ミモリが降りてきた。栗色の髪が、汗で丸顔に張り付いているのを煩わしげに取っている。


「ふうっ……地上は暑いなあ。飛んでる時は寒いくらいなのに」

「けっこう高度取ってたから」

「時間は……まあ、普通に間に合ったか」


 小さな飛行場のいいところは、早くどけって急かす管制塔がないところだ。その分、事故が起きても誰の責任にも出来ないし誰も助けてくれないけれど、空を飛ぶって言うのは本来そういうもの。といっても、


「あ、電話かけてくる。シラユキ、ちょっと荷物出しといてくれる」

「うん」


 報告は義務だ。先方と本拠地には一報を入れないといけない。雨天時の避難やちょっとした整備も行えるガレージに、大抵は電話が設置されている。そこに駆けていくミモリを見送ってから、僕は煙草を咥えたまま、もう一度機体によじ登る。


 機体……フレガータの操縦席の後ろの蓋はトランクになっていて、そこには革製の頑丈な鞄が二つ積み込まれている。両方とも、結構な重さ。中身は全て手紙だ。


 鞄の横腹には、すり切れかけた印刷でこう書かれている。


 「南大陸航空郵便連盟」。


 航空郵便クーリエは歴史の長い職業だ。


 広すぎる大陸を横切る道路や鉄道はあるけれど、少し複雑な地形になったり、運ぶ荷物の量が地上のラインを建設するコストに見合わない時なんかは、わざわざ道を作るよりも、空をまっすぐ飛んでいったほうがいいなんてことは、結構ある。


 例えばこういう、辺境の街に運ぶ手紙とか。


 それでも、ここは割と豊かな街だ。その証拠に、飛行場の滑走路からすぐ見えるところに、セルフのコーヒー・スタンドがある。コインを入れると紙コップに出てくるやつだ。もっと気の利いたところだと、クッキーやチョコレート、乾パンが置いてあることもあるけれど、今回はそういうのは見あたらない。ただ、灰皿はあったので、鞄を引き摺っていってから灰を落とした。


 空を一度見上げる。流電層の僅かな煌めきが見えた。

 時折、飛行機の到達出来ない遙か上空に存在する、電磁波の滞空する層が発光する。

 天使の羽ばたきとか、スプライトとか、いろんな呼び方をされている。


 企業の航空艦などは飛んでいないようだ。


 ミモリが来る。


「連絡終わりぃ。それじゃ、郵便局行こう」


 郵便局は飛行場の近くにある。これはどこの街でも同じだ。街の外から集配された郵便物は一旦そこに集められ、街中へと改めて配達される。


 ただし、もっと大きな貨物……食料や衣類、その他諸々の資材となると、大規模な輸送機の団体編成が、月に一度くらいの割合で編成されて配送される。


 僕とミモリの勤めている会社の近くを、毎月その航空輸送のキャラバンが通過するけれど、轟音とともに現実感のない巨体を飛行させていくその様はまるで、空という巨大な海を集団で回遊する鯨の群れだ。もっとも、僕は鯨を、上空からしか見たことがないけど。


「シラユキ?」

「あ、うん」


 名前を呼ばれて、空に向けていた視線を戻す。短くなった煙草を灰皿に捨てて、僕らは連れ立って飛行場を後にした。

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