モテる男になる為のレポート。
【はじめに】
日本社会では近年、年齢イコール彼女いない歴の成人男性の数が増加し、年々深刻化してきている。
とある地域で街頭アンケートを行ったところ、二十代の童貞率が全体の十五パーセントを越えるなど、その傾向は年々進む一方である。
偏に女性の所得増加による自立。アニメなど二次元女子のハイテク技術によるクオリティの向上。ありとあらゆる不可抗力な要素が男女共々お互いがお互いを必要としなくなったことに起因している。
そのため、若者が異性に関心をもち、恋に落ち、温かい家庭を築いていくこと。即ちボーイミーツガールが、当たり前ではなくなってしまったのかもしれない。
しかしだ。我々人間は霊長類である前に、哺乳類であり、子孫を残していかねば、そこで種が途絶えてしまう。
いや、違う。そんなことではない。そんなことはこの際どうだっていい。
やっぱ溜まる。もう一度言おう。やっぱり溜まるのだ。そう、なにより我々男子の本質はケモノでありケダモノなのである。
青き地球の美しき生命の営み。私は後へ続く若者の将来の為、先人として、自ら捨て石にでも、テストパイロットにでもなろうぞ。
スカートの中の大宇宙へいざゆかん。
本レポートでは、そんな生物界、或いは霊長類界隈の危機を打開し解決する案を模索すべく、大宇宙よりも広大で複雑な女心というものを紐解く為、一人の女子に観察と実験を試みた。
さながら女心という大宇宙へ飛び立つ私は、宇宙飛行士を気取る。
【声を掛けてみる】
被験者は、私と同じ研究所に務める同僚のマリちゃん(仮)である。勿論自然な研究結果を出す為、彼女にはこの観察と実験のことは話していない。
彼女はこの研究所で唯一の喫煙者であり、この研究所にある喫煙所は彼女の為にある。観察する為には、まずは彼女に歩み寄らねばならない。私は普段吸いもしないタバコをポケットに仕込ませて、喫煙所という未知の領域へ一歩踏み込む。
この一歩は小さいが、我々童貞にとっては大きな一歩である。
「あれ? タバコ吸ったけ?」
長くて綺麗な髪を搔き上げマリちゃんは、怪訝な目付きで私をみる。その時、脳内に警鐘がこだます。ブラックホールの様な漆黒の瞳。その強大は引力に吸い込まれそうになる。落ち着け私。
私は動揺を隠しつつも台本に書いてきた通り「ライター貸してくれるかな」と、声を掛ける。大丈夫。何度もシミュレーションしてきた。私なら遂行できる。完璧な筈である。心を落ち着かせる。大丈夫。警戒態勢は徐々に解かれオールグリーンを迎える。
「禁煙してたんだけれど、久しぶりに吸いたくなってね」
「ふーん。ま、べつにどうでもいいけどさ」
マリちゃんは私にカラフルなライターを手渡す。台本では、マリちゃんが火を点けてくれる筈であったが、多少の誤差は致し方無し。
その日から私によるマリちゃんの観察は始まった。
この研究は極秘で行っている為、優秀なスタッフに手伝ってもらうことも出来ず、私自身の手でマリちゃんの趣向や交友関係、休日の過ごし方、住んでいる場所などを調べていった。
もうそれこそ雨にも負けず、風にも負けず、西にマリちゃんの住むアパートあれば、ごみ捨て場を漁ってはご近所さんに通報され、東に行きつけのスーパーがあれば、捨てたレシートを拾い買ったものをチェックする。そんな地道な観察は続いた。マリちゃんの噛んだガムだって、サンプルとして採取し、成分を調べあげたあと、フリーズドライして研究室の引き出しに大事に保管されている。
しかしだ。この観察や研究の、最も大事な要因である直接の邂逅は、昼食後の二十分間にも満たない喫煙所での一服のみである。
その二十分、私は何度もシミュレーションし、ネットにも載っていた受けの良い会話を、自分なりにアレンジを加え、練りに練った女性から好かれるような会話術を駆使するも、会話は長く続かなかった。
相手の趣味趣向を知っても、彼女の買い物する全てを知っても、高校時代のニックネームを知っても、私と彼女の距離は縮まらなかった。
まるで月と周回軌道上に打ち上げられた人工衛星のようである。私のいったい何がいけないというのだ。女心は底が知れない。
応答願う。応答願う。
【そんなある日】
その日マリちゃんは、長かった髪をバッサリと切ってきた。そして思うに表情はいつもより険しい。
先客の私の隣に座り、濃いめのエスプレッソを口に含み、飲み込み、クールマイルドに火を点ける。
私が何とか吸えるようになったタール一ミリのタバコの煙と、マリちゃんの吸うクールマイルドのメンソール、それにいつも以上に重苦しい雰囲気が歪に混ざり合い、喫煙所内に立ち込める。
こんな時……ネットで調べた会話術では何て言えばいいのか、私は記憶の引き出しに思考を向ける。シミュレーションはしていない。ぶっつけ本番である。
「……えーと、髪切ったんだ。可愛いじゃん」
そうそう。髪を切ったことを気づくこと、そしてそれを褒めること。それが基本とネットに書いてあった。しかし……。
「ん? あー、何となく切った。鬱陶しかったし」
私に目を向けるでもなく、あっさりと彼女は会話を切った。本当に今にも泣きそうな顔である。否……泣き出してしまう。
段々彼女の嗚咽は荒くなって、流星群みたいな涙が彼女の瞳からポロポロと溢れ出る。
何て難しい生き物なんだ。女子ってやつは。私は今褒めたんだぞ。何故泣く? 私が泣かしたのか?
こ、こ、こ、こんな時は何て言えばいいんだ。そうだ。たしかこんな時は……。
「な、泣くなよな、マリちゃん。泣き顔は可愛くないぞ」
自分では、ナイスな機転だと自画自賛したいところであったが、その言葉でマリちゃんはいよいよ大声を上げ慟哭する。
「そうだよね。あたし可愛くないよね」
わんわん声を上げるマリちゃん。私はもうどうしていいのか解らなくて、この研究を断念することを心に誓う。女心を紐解くには、私では役不足であり役者不足でもあった。女とは、まるで宇宙人である。わけがわからない。
私は腹を決め、スペースデブリに成り下がる覚悟を決める。ここで脱出装置に手をつけては、後に続く若人に申し訳がない。
「くそー。どうなってんだ。女心ってやつは。じゃあなんて言えばいいんだ。可愛いって言ってもダメ。可愛くないって言ってもダメ」
躍起になって怒鳴り散らす私。気が立っていたのであろう。マリちゃんはやっと泣き止み、この日初めて私を見る。私をきちんと認識する。
「可愛くてもダメで、可愛くなくてもダメなら、あとどうすりゃいいんだ。あー解ったぜ。普通だわー。普通ー。マリちゃん超庶民的だわー」
研究の断念を決定し、悔しさに紛れて、オーバーリアクションで身振り手振り付けながら、好き勝手好き放題に私はそう言って、マリちゃんを罵倒する。
するとマリちゃんは目に薄っすらと涙を浮かべたまま、何が面白かったのかクスッと一瞬笑う。
女心は解らないものである。そして解らないままであるが、その顔は超可愛いかった。
「なんか少し元気出た。仕事終わったあとさ時間ある? もしよかったら話聞いてくれるかな?」
私は頷きながら、マリちゃんに当初から用意していたハンカチを渡す。笑った顔が超可愛かったから、もう少し笑わせてみたくなってしまったのだ。
このレポートはここでおしまいである。これを読んだ諸兄らに、この研究の行く末を託す。私はあろうことか彼女の笑顔という深さの測れないブラックホールに飲み込まれてしまい、研究対象を女心から彼女の笑顔に乗り換えてしまったのである。無論今後の一生を賭けて彼女の笑顔という新たな宇宙を開拓していく次第である。
スペーストラベラーの諸君。私ははっきり言って、もう研究など、どうでもよくなってしまったのだ。これは先人の妄言として聞き流してくれて構わないが、男心と女心の因果に童貞を捨てる糸口が隠されている。
あとはどうか自分で見つけて欲しい。自らの目でスカートの中の大宇宙を見て欲しい。
長くなったが、最後に一言だけ、
○○○は○○かった。
おわり
伏字は自分の好きな言葉を入れてください。
地球は青かった……とか。