第007話 「鍛冶番、炎極精から工房にてドン引きされる」
総合日間135位、ジャンル別日間10位まで到達できました。ありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。
「すごっ」
フィオネは、寄り道をしていた。オーミから手渡された【自動苫東人形】を酒場に置いてきたのである。スイッチ・オン。
すると、【自動苫東人形】は狂ったように、ギャハハと笑っている一団にトマトを投げつけ始めたのだ。百発百中である。
横殴りにダメージ0、しかしふっ飛ばし効果絶大のそれらを当てられた一団は酒場からポーンと放り出された。
「うわーすご」
もう一度、感嘆の意を示してからフィオネは【自動苫東人形】 を回収し、酒場を後にする。確かに、オーミの言うとおりであった。
なかなか面白いものが見れた、とウキウキで武器屋に戻っていく。
「オーミ! もらってきたよー……?」
店に入ったフィオネは、そこに【人間族】の廃人職人がいないことに気づく。そもそも、玄関前には「店主不在」の表示がされていたような気もする。
コンソールから時間を確認すれば、既に夜8時であった。フレンド一覧の画面を確認し、ログアウトしていることを確認したフィオネは、どうしようかと考える。
今日はもうインしないのかもしれないし、インするのかもしれない。
悩んだ挙句、フィオネが行動に移り……。
【炎極精】、はゲーム世界から一旦切り離された。
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兵庫県、瀬戸内海が見える海沿いに立つ家に、男は住んでいた。
容姿は女性の10人に聞けば7人ほどが「まあ、悪くはないんじゃない。際立っていいとも言い切れないけど」と返答する程度のもので、黒髪黒目と顔にはあまり特徴のない男である。
確実に彼を見分けられる場所を探すとすれば、右手の甲にバッサリと、何かに斬られたような傷跡が残っていることくらい、か。
「ん?」
テレビを見つつ晩飯を食べていた『Omi』、本名:大海克弥は、メールの着信音が鳴るのを聞きながら、そちらに向かって立ち上がる。
彼の家は一軒家である。基本的に一人暮らしであるため必要ないが、何分部屋は多めにあるため誰かを泊まらせることは簡単だ。
実際、前回ネロ達と行ったオフ会は、大海の家で行ったものである。
特別裕福な家庭か、と問われれば大海は首を振るだろう。ただ祖父の遺産が3代分ほどは、一生働かなくてもよいほどであったため大海は定職についていなかった。
収入としては祖父からの遺産でもある不動産の収入があり、かつ「Mythology-of-Legacy-Online」でのRMTがある。
簡単に言えば、不労所得者だ。
最先端テクノロジーの組み込まれた、自動ロボットが床を這っている。掃き掃除も拭き掃除もしてくれる"彼ら"のおかげで、オーミは安心して「Mythology-of-Legacy-Online」に集中することが出来た。
スマートフォンを手に取った大海は、差出人が『御焔春河』と表示されているのを確認して、ふっと笑いながらそれを開いた。
「【エリクス結晶体】、手に入れたよー!ヾ(嬉→ω←嬉)ノ
はやく カモンщ(゜д゜щ)カモーン♪ 」
19歳、大学2年のフィオネの年齢に相応しそうだな、とオーミは返信せずにそう感じながら、夜ご飯の続きに手を出す。
年寄りのような判断であるが、大海克弥もそう変わらない22歳である。
当時12歳、小学生最終学年から10年間、ゲーム中心の生活を送りながらも通信制の中学・高校を卒業して現在はこの有様であった。
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「おまたせ」
【炎極精】の少女は、現実世界でメールを送りログインし直してから――きっかり30分ほど後に帰ってきた職人を見つめ、落ち着きがなさそうに弄っていたコンソールを閉じた。
「夕飯を食べていた」
「なるほどね」
「フィオネは?」
「メールを送る前に食べたわよ?」
彼女がちょこんと座っていた1階のカウンターから、地下の工房へ案内しながらそんな他愛のない話をする。
このゲームで5年の付き合いがありながら、なにげにフィオネは初めて工房に進入した。
「……なにこれ?」
「俺の工房だ」
「うっわ。……ええー?」
何も置かなければおそらく……十分に走り回れただろう地下工房で。
フィオネが最初に目をつけたのは、その3分の1ほどを占める巨大な作業台である。
画面が数個、キーボードが1つ。作業台からアームやドリルがいくつも伸びているのを見て、なるほどと納得した。
その他にも、防具を作るための作業台や何に使うのかわからない機械まで並んでいる。大抵のものは、目の前の巨大作業台が担当するとオーミに説明を受けながら、フィオネはただただ驚いていた。
しかし、フィオネの注目は最終的に巨大作業台の横にある装置へ注がれていた。――半自動醸造台である。
フィオネはオーミが特に手を加えずとも、ストックされたと溶質と溶媒が自動的に巨大な器に一定数入れられて撹拌され、昔山ほど使っていた基本的な赤いポーションの色に変化して最終的に見慣れた小瓶へ詰められるのを唖然と見つめていた。
1個作るのに、たった10秒ほどしかかからなかったそれは、また別の溶質を溶かすために次の醸造台へ運ばれてゆく。間をベルトコンベアによってつながれた8連醸造台を、最終的には腕をわなわなとさせながらフィオネは見つめていた。
「ドン引きだわ」
「ネロと全く同じ反応をするなよ。……まあ、他のプレイヤーには真似出来ないだろうが」
ちょうど今出来上がり、ころんと転がってオブジェクト化した128倍濃縮ポーションは、煌めく紅色の光を蓄えている。
フィオネは、これがいつも「マーケット」で買おうと思えばめちゃくちゃ高いポーションかと、オーミに手渡されながら呆然とそれを見つめた。
「これ、自動で作られる中で1番ランクの高いポーションは何時間掛かるの?」
「最後の工程だけなら、まあ適応されるパッシブスキルの効果も含めて1時間くらいかな」
「うわ」
フィオネ、再度ドン引きである。他に知っている高レベルポーション職人より3倍ほど早い。
……と、我に返って首をぶんぶんと横に振った。
「そうじゃなくて。ほら、【エリクス結晶体】!」
ゲーム内最高の職人に作ってもらえる、という喜びが加速して焔は勢いを増した。
同時に、体も姿を変えてゆく。
1分ほどで変わりきった【炎極精】の体は、完全にマスコットキャラの大きさではなく、大人の女性ほど……オーミの目からはアルトと変わらないほどに。
先程からは打って変わって、焔の体でありながらどこか妖艶さを纏う精霊の姿になった。
熱量が凄まじく、オーミは堪ったものではない。
この程度で作業台や醸造台、作り終わったポーションなどには影響はないが、熱を感じて冷房を書けるのはオーミ本体だ。
種族的にも耐熱性のない【人間族】は、目の前の業火に思わず顔を手で覆いながら、「何が起こったがわからんが落ち着け」と彼女を諭す。
「うぇ」
「フォルム変わってんぞ、早く戻せ熱い」
「うわわっ、ごめんごめん!」
10,10,10……と、微弱ながらオーミがダメージを負っていることを視認してフィオネは慌てて、数時間前もらっていた精神安定のポーションを飲み干す。
工房とその更に地下である試運転室は、実際に作った物を途中段階で試す必要が有るためにダメージが通るのである。
意図的ではないにしろ、あっという間に矮小な700のうち、1割が削られたオーミを見てフィオネは申し訳無さにより縮んでしまう。
比喩表現ではなく、炎の大きさ、体の大きさごと。
「いや、まあ良いけどさ……。そんなに怒らなくても」
「ち、違うの」
感情の高ぶりによって――一応任意でもかえることは可能だが――自動的に、【炎極精】の熱量と身長は変化する。
オーミは、更に微々たる自動回復を待ちつつ、いつもどおりの姿に戻った少女を椅子に座らせた。
この男、感情の高ぶり=怒りだと考えているのである。
「嬉しくて、つい」
「そんなに喜ばなくても。……フレンドとは言え、これは契約だよ」
フィオネは、なんのことではないと平然な態度で座るオーミを見つめてため息をついた。
恋慕は確実にない――とフィオネは思っている――が、慕ってはいる相手が全くの分からず屋であることに対してふぅ、と。
その際口からボッ、と炎が噴き出したのを職人は見て見ぬふりをした。
「イベントが始まる5日前には完成させるから、また途中経過を見においで」
そういって、オーミは設計を始めるために3DCADを立ち上げる。
フィオネは、一度邪魔にならないようにと工房から出かけたが、戻ってきた。
「私、向かい側で眺めててもいいかな?」
少女の言葉に、オーミは頷いた。
「ご自由にどうぞ」
次回更新はおそらく今日です。