第006話 「廃人、結晶体を求める」
フィオネこと御焔春河は、筋金入りの廃人である。
今日、他のメンバーたちはイベントが行われる【なんとか会館跡】――英語の綴は忘れた――の下見に向かっているところだ。そこを私用があると言って断り、クラン拠点の下にあるオーミの店へ出戻って今……。
彼女は、【魔導工都市ロウェラート】の中心部にいる。
ロウェラートとはかなり規模の大きい都市だ。なんせ、あのアルト率いる超巨大探索ギルドが存在するからである。アルトは「オーミがここで店を開くなら」という理由で拠点をここに決めたのだが、それをフィオネが知る由もない。
結果的に、ここは多くの店と、多くの客が来る大都市になったが……。
「……ここがあの女のハウスね」
否、彼女の言う言葉には少々語弊がある。フィオネが見上げているのは、探索ギルド【銀河の煌探索団《Sparkle of Galaxy》】……通称「SoG」の、ギルドハウスである。
探索者、商人、傭兵、観測者のいずれかをレベル1でも習得していれば参加できるという緩い条件の中、良質なプレイヤーしか最終的には残らないらしい、聖人君子の集まりだ。
ギルドハウスも、巨大な会館を模していた。中に入れば、ブースごとにギルドメンバーが集めてきた素材が、ジャンルに分かれている店を見ることが出来る。
探索者ギルドではなく、商人ギルドではないかと考えたのは内緒である。
どこかの高級デパートに来たような雰囲気の中、フィオネは何か見ていくべきか悩みながら、最終的には受付へたどり着く。
受付女性アバターは、めったに見ない炎の精霊……【炎極精】が受付の机に顔をだすか出さないかくらいでいるのに気づき、くすくすと笑いながら椅子を提供した。
「ごめんなさいね」
「うん、私も背丈を変えるべきだったわね」
などと言いつつも、背丈を変えずに椅子に登り受付と対面する。神秘的な美しい顔立ちに細い耳……【森精族 (エルフ)】の女性は、今日の要件をフィオネに聞いた。
「【禁忌平原】から取れた素材アイテムって、ここにある?」
「……んー。一応はあるけれど」
ちょっと待っててね、と受付はどこかへメッセージを送り始める。
フィオネに、大体の察しはついていた。
待っている間、フィオネは椅子から見える範囲の活気を感じ取っていた。
おそらく、ここにいる人の半分はここのギルドのプレイヤーではないのだろう。
しかし、みんな活気にあふれている。ゲーム内であるというのに、どのプレイヤーもシステム上のみの簡潔なやり取りを行っていなかった。
「フィオネ、おひさー」
柔らかな声がして、炎の精霊はそちらを振り向く。天使型アバターのアルトが、こちらを見て手を振っていた。上から。
吹き抜けになっている場所から飛び降りてきたのだ。3対――そのうち1対は機械で出来ているが――の翼が展開し、神々しくも感じるその姿に、見るものは皆目を奪われている。
「こんばんは、団長」
「こんばんはー。どこか会議室は空いてたっけ?」
「はい、第2・6号室が空いておりますよ」
受付からそう聞いたアルトは、じゃあいこっかと彼女を案内する。
【炎極精】の姿を見た何割かは、失笑を漏らしていたが、ギルド側に彼女を笑う人はいなかった。
レベル700近くまで「続いている」時点で、事情を知っている人は笑い飛ばせないのである。
「ここはいいね。雰囲気も、何もかも」
「みんなのおかげよ。私は何もしていないしー?」
そんなわけないだろうと、フィオネは笑って彼女を見上げる。美しい天使型アバターは、ニコニコと笑ってギルドメンバーや、客に挨拶をしていた。
「ここよ、どうぞ」
フィオナが入ったのは、6面白でありながらどこか彩られたような感覚のする会議室であった。
「……ほー」
「ここの会館は、すべてデザインされてるの。建築ギルドに声を掛けたし、みんなでお金を少なくない数出し合って作ったお城なんだ」
会館に何度か訪れたことはあったものの、こうもじっくり見る機会のなかったフィオネはギルドも悪くないかもしれない、と考え始めてしまった。
クラン拠点は取り回しがし易いが、大体は貸部屋である。オーミの店の上に引っ越してきたのは2年前であるが、こう「みんなで何かを作り上げる」ということよりも世界の旅を楽しむ傾向にあった【欠けた虹】は、こういうことがない。
「うー」
「例えばロウェラートが気に入ってるんだったら、別に住居を構えることだってこのゲームでは出来るんだし、今までずっと戦ってきたんだったら一度考えても良いかもね」
閑話休題。
「で、今日は?」
一息ついて、アルトは《料理》スキルで茶を作りフィオネに差し出す。
それを少女へ差し出して、さてとと一息。
「 【エリクス結晶体】、売ってない?」
「売ってないけど、私が管理してるよー」
相変わらず間延びした声で、アルトはそう言った。
「今のところ、それを素材に物を加工できるプレイヤーって少ないし。少なくともこのロウェラートには1人しかいないからね」
金になる時期を待っているのだろうか、とフィオネは考えたがアルトの考えは常にオーミを中心にある。
フィオネはアルトがオーミに対して好意を抱いていることは知っているが、それ以上の情報を持ち合わせていない。
「1つ……? いや2つ譲って欲しいんだ」
「えー売り物じゃないよー」
「どうしても必要なの、お願い」
アルトは、目の前の【炎極精】の声色に必死さを感じ取って表情を真面目なものへと変えた。
フィオネとしても、オーミに「任せておいて」と言ったのだ。ネロたちに相談すれば簡単な話であるかもしれないが、フィオネにはフィオネの意地というものがある。
正直、ネロが羨ましかったというのは否めない。今までも沢山オーミには武器を作ってもらったが、勿論彼らのレベルに合わせたものである。フィオネは大切に一つずつ倉庫に入れ、たまには引っ張りだすが使いみちがないのだ。
強化、という道も考えたしそれをしても、やはり新しい素材アイテムには新しい特徴と性能がある。
アルトは、少女の心の中を見透かすように目を細めた。
「ははーん。リーダーがオーミに新しい武器を作ってもらって、それがかなり高性能だからそれと同等のものがほしーんだー」
「なんでわかったのよ!?」
「顔に書いてる」
指摘を受け、フィオネは慌ててアイテムボックスから鏡を取り出す。
システムの関係上、鏡というよりはカメラの役割に近いそれを覗き込む炎の精であるが、底に映るのはいつもどおりの炎の塊であった。
「オーミ関連のことなら、大体わかるもの。それにこの前大通りで起こったPvP沙汰も耳に入ってるし」
しょうがないなー、と2つ。【エリクス結晶体】をフィオネに渡したアルト。
フィオネは「いいの?」と聞き、天使は頷いた。
「フレンドのログに、『FIONEが死亡しました』って載ってほしくないし。このまま渡さなかったら、【平原】に飛び込んで自滅しそう、っていうのが私の考え」
「ぐっ」
「図星でしょー? ほら、これもってオーミのところに行きなさい!」
フィオネがギルドハウスを後に、【大海重工】へ走っていく姿を見送りながら受付の【森精族】は、アルトに質問を投げかけていた。
「良かったんですか、団長」
「いいのよ。アイラスなら知ってるでしょ、このギルドの本来の目的」
受付をしていながら、ギルドの最初期メンバーであり幹部である『Airazz』は静かに頷いた。
「そうですね。……一途ですね団長」
「ねー」
最後の一言だけは、余計である。
「私達も、イベントの準備をしないと」
「そうですね、パーティをどうやって組むか、考えますか」
次回更新はおそらく今日中です。