第005話 「廃人、武器を所望する」
「【炎極精】の体外に放射する温度は、感情の高ぶりによって起こると聞いているが」
オーミは、茶を啜っている真っ赤な精霊型アバターを見つめながらそう言った。
つまり「落ち着け」ということである。外で何があったのか知らないが、彼女がオーミに武器を頼むということはそれなりに理由があるということなのだろう。
【炎極精】は、正しくは全身が噴火しているのではなく、焔が本体である。
人型に合わせるように焔が広がっており、それが分散しないように鎧を身にまとっているのだ。
正直、ネロの種族とフィオネの種族を逆にしたほうが、男女の区別もつきやすいのではないかとオーミは考えている。形はフィオネがオリジナルで整えたものなのか、だいぶ少女らしい姿形にはなっているもののやはり少々違和感がある。
「ええと、装備欄はどこだっけか」
「手と鎧だけね。一応武器は持てるわよ、普段は使わないけれど」
結局、メインで使うのは魔法スキルである。
オーミは、とりあえず彼女の希望を訊くことにした。
「どんなものがほしい?」
「びゃーってなって、どばーってなるもの」
…………。
オーミはその、あまりにも抽象的なイメージに一瞬だけ……ほんの一瞬だけだが硬直した。
頭が真っ白になり、コントローラーが一瞬だけフリーズする。
次にオーミが考えたのは、「ゲロビームかな?」という失礼極まりないものであった。
が、そのまま口に出せば彼女は烈火の如く怒るだろう。いや既に炎の精霊ではある。
せっかく冷えてきたカウンターがまたサウナになってしまうのは、どうしても避けたい。
「もう少し詳しく。……なんて?」
「銃、かな。私後衛なんだけど自衛も出来る銃が欲しいの」
前の……ネロに売ったようなえーと、と【A-gelmir】の名前を思い出せないフィオネに対し、オーミは言いたいことは分かるとメモしていく。
同時に、クラン【欠けた虹】に補助スキルに特化したメンバーがいることを思い出す。
そして次の質問。
「火力重視か、精密度重視か決めてくれ」
「基本は精密、かな。でも火力も捨てがたい」
「なら変形させよう、モードチェンジだ」
いいアイデアが浮かび、ロマンへ走り出したオーミにフィオネは「私の背丈考えてよ!」と釘を刺す――が。
釘を差した場所は糠であったようだ。彼女の言葉は、オーミに対してなんの効力にもならない。
アイデアが大体纏まれば、次は素材の選択である。銃を構えながらも魔法スキルを使用できるようにすれば彼女も使い勝手が良くなるのではないか、とオーミは判断して工房に残っている素材をコンソールから確認した。
「あっ」
「……何か足りないの?」
あっちゃー、と額を抑えたオーミが何を言わんとするのか分かったフィオネは静かに聞く。
勿論、彼が都市から出ないため持っている素材にも限度があることを知っていた。
「取りに行こうか?」
「……うーん、困ったな」
取ってきてもらうのは簡単だ。いや、高レベル高レアの素材アイテムであるから、正直今から取ってもらうよりも持っているだろうアルトに話しかけたほうが良い。
幸い、オーミが最初にフレンド登録したプレイヤーはアルトである。
十数分前にここを立ち去ったばかりなら、まだロウェラートを出ていってはいないだろうと考えるオーミであったが、結局彼女を頼るのはやめた。
「【禁忌平原】っていう場所は知っているかな」
「…………」
いきなり出てきたその言葉に、心当たりのあるフィオネは俯いた。
【禁忌平原】は、約1ヶ月前にアルトが発見した新マップである。
かなり広い地域に、ただただ広い平原が広がっているようなマップである。そこでは【エリクシア聖草】――128倍ポーションと混ぜ合わせることによって万能の霊薬が出来る「今までの」超レアアイテムである――や、【エリクス結晶体】――新しく発見されたアイテムで、言葉を発しはしないものの意思を持っていると考えられている――が、がっぽがっぽ見つかる場所と知られていた。
が、そう美味しいところであるはずがない。流通のバランスブレイカーと思われたその場所は、ドラゴン種のモンスターが跋扈する大変危険な場所である。
……簡単に言えば、初心者にとっての中ボスが少し見回すだけで10体はいるようなものなのだ。
【聖草】をちょっと毟って逃げるくらいなら何とか成るかもしれないが、結晶体の採掘には採掘スキルが必要であるし、時間も掛かる。
1つ取っている間に、ドラゴンに気づかれれば周りを守ってもらっていても難しいだろう。
「【エリクス結晶体】が、飛行ユニットを自律行動させるために必要なんだ。ユニット1つにつき1つ必要になる」
「……それ、もしかしてネロのアレに6個使ったの!?」
【エリクス結晶体】は、親指ほどの大きさの小さな結晶体だ。ただ、その小さい結晶体を採掘レベルの伴わない少女がそれをしようとしたところで、30分以上かかってしまうだろう。
フィオネから放たれた驚愕の表情は、オーミの大真面目な頷きによって裏付けられた。
彼女は、この職人が元を取れているのか心配になってしまう。
おそらく、【A-gelmir】の他のすべての素材より、結晶体1つのほうが価値が高い。勿論ほかの素材も高級品だ、決して簡単に手に入れられるものではないと知っているが、それでも価値が違う。
「いや、正しくはその半分だ。片方が親機を、片方が子機を担当しているだけだからな」
「そう言われても、わからないわ」
と。ここで。
フィオネが、目の前の職人が何やら小さい玩具のようなものを弄っている事に気がついた。
二足歩行する、トマトの擬人化みたいなものである。頭がトマトで、首より舌はタキシードに見を包んでいる。
「なにそれ」
「この前作ってみたジョークグッズだが」
名前は【自動苫東人形】という、とオーミがそう発言した瞬間。
その人形は、手にトマトをもってオーミにぶつけ始めた。
「……?」
ここでは何をぶつけられようが、投げられようがダメージは入らない。が、オーミはトマトが当たった瞬間、後方へ勢い良く吹き飛ばされた。
3メートルほど後ろ、壁までふっとばされて壁に少々ヒビが入る。
「ちょ、ちょっと!?」
「まあ、簡単に言えば……」
オーミは何食わぬ顔で立ち上がり、カウンターへ戻ると。今さきほど自分を吹き飛ばしたトマト人形を次はフィオネに向けた。
「面白くない冗談を口にすれば、トマトをぶつけてくる」
「……需要ある?」
「ない」
でも、酒場に置いておいたら下品な輩は吹っ飛ぶかもしれない、と笑った職人に、フィオネは苦笑しながら指摘する。
貴方、工房から出ないじゃないと。
「お話をもとに戻しても?」
「どうぞ」
「その、【エリクス結晶体】がいるのね」
オーミは頷く。
「でも、マーケットには出ていない。まあ高く売れるだろうが、NPCは今のところ買い取りを拒否しているし、マーケットに出したって俺レベルの生産職でないと使いみちすら分かってないだろうからな」
確かに、攻略サイトには情報がほぼ無かったはずだ、とオーミ。
高く売れるが、高すぎて売れない。値段を下げたってそれを扱える人は最低でも上級者レベルである。
もっとも、生産職に傾倒するプレイヤーはいても、結局は例えば需要の多い鍛冶職やポーション職人を担う錬金術師、防具含めた洋服を作る仕立屋くらいのものだ。
最も、オーミはそのすべてを取っているわけであるが。
「オーミ、今レベルは?」
「レベルは1000ちょいかな。10年毎日やってるから高いほうだろ?」
フィオネは、レベルからオーミの体力を計算しようとしていた。
彼女のレベルは600弱で体力は2万近くある。自分でステータスポイントを振っているということもあるが、後衛にしては高い方だ。
クランでフィオネと肩を並べる補助職特化のメンバーは、その半分程しかない。
「でも、4桁なら出歩けるでしょ?」
「体力は700程しかないが。……この近くの森にいる毒キノコの霧に1秒持たないぞ」
「少なっ!」
初心者レベルの体力に、フィオネは思わず本音を漏らしていた。
レベル2桁台の戦闘職すら、4桁半ばほどはあるだろう。
「最初に鍛冶職取ると、体力上がらないんだわ」
「……よくここまで来れたわね……」
ある意味、この場にいることが奇跡とも言える。
オーミは、自分の体力を掠っただけでも消し飛ばすような武器を作っているのだ――と考えると、その胆力には驚かされるものがあった。
「戦闘せずとも経験で職業レベルは上がる。生産職系統に、レベルアップ時の体力ボーナスはない」
オーミは理由を並べ立て、フィオネとの会話を成立させながらも設計図に幾つかのイメージを描いていた。
「前金は幾らぐらい必要?」
「いや、いいよ。気に入ったら買ってくれ」
そういって、オーミはコンソールを弄って一文の入った選択画面を送った。
『オーダーメイド品には、作り手のロマンがふんだんに盛り込まれております。よろしいですか?』
ふんだん、というのはネロのアレを見ればすぐに分かることであった。前金を払うどころか、128倍の濃縮ポーションを手渡されながら、フィオネは頷く。
「いいわよ、自由に作っても。……ただ、性能だけは良いのをお願い」
「ああ、出来るだけやってみるよ」
あとは結晶体をどうするかだな……と頭を悩ませているオーミに、フィオネは任せておいて! と自分の胸を叩くとスィーっと店から出ていってしまった。
職人は、焔の精霊が出ていくのをじっと見つめながら、静かに職人魂を燃やしている。
「……任せるよ」
次回更新は明日です。
ジャンル日間20位くらいに食い込めました。感謝です。
追記
今まで【極精】の表記を【極精:○】としていましたが、ルビの表示に問題があったので【○極精】と変更いたしました。確認はしておりますが、万が一漏れがございましたらお申し付けください。