第004話 「鍛冶番、ポーションを量産する」
職人『Omi』が廃人『ネロ』へ【A-gelmir】を送ってから約1週間が経過した。
日本時間で午後5時。
総合武器店【大海重工】のインターホンが押された。
工房に篭り、作業台とにらめっこをしながら、醸造台で疲労ポーションを作成していたオーミは顔を上げ、のそのそと言った動作で上階へ。
「どうも、【大海重工】――」
「オーミ、こんにちはー」
店に入ってきた、柔らかい少女の声を聞いてオーミは目を細める。
目の前にいるのは、天使型アバターである。正面からは、3対……合計6つの翼が見える。
――が、そのうちの1対は銀色の機械翼であった。オーミの作った装備である。
「こんにちは、アルト」
「こんにちは。と言ってももうお夕飯のお時間だけどね?」
アルトと呼ばれた少女は、小悪魔っぽく下を出しながらそう言った。
椅子をオブジェクトとして出し、オーミが差し出すとアルトがそこに座り込む。
翼は畳まれ、見えなくなっていた。
「新しい場所に行ったから、多分新種じゃないかな。素材をどっさり持ってきたの」
『Ult』の選んだ職業は探索者である。攻略サイトなどでは「低レベルのうちに1回はとっておくべき」と呼ばれるような汎用性の高い職業で、新しいダンジョンやモンスターの出現地域を探し、地図に書き記す。あわよくばそのまま進入し、敵を倒したり宝箱を見つけたりして持ち帰る役割を持つ。
彼女達が発見したダンジョンなどが、後々のプレイヤーたちの狩場になるのだ。勿論、ドロップアイテムなどは見つけた人が真っ先に手に入れられるため、特をするという部分もある。
ちなみに、オーミは【魔導工都市ロウェラート】から一歩も出ないため関係のない話だ。先週もらった素材は、ネロに売った【A-gelmir】ですべて消えてしまったが、ネロ達も今週の余った素材を提供してくれているのである。
故に、構えている店から出なくても素材は手に入る。
オーミは、アイテムボックスから地図を取り出して広げた。
白く何も描かれていない場所が、徐々に書き込まれて行くのを見つめながら、一点を指差す。
「……これか。【愚人達の墓】……ね」
「中にいたのはアンデット系のモンスターばっかりだったよ。……正直女の子じゃキツイかも」
見た目はとてもグロかったー、と吐き気を覚えるような顔をしたアルトに、職人は黙って精神系デバフに効果のある回復ポーションを手渡した。
「やるよ」
「わーい。オーミ優しいね」
にこにこ、と笑っている少女に対してオーミはそっけなく、たった今山ほどカウンターに積まれた素材を指差す。
「これだけ先行でもらって、更にカネを取るのは酷いだろうよ」
「私は好意だから問題ないけどなぁ」
「……素直に受け取っておくよ、それは」
彼女が行ったのは「厚意」ではない、というのはオーミもわかっている。
「武器の修理は?」
「うーん、じゃあ全部お願いしても良い?」
「ああ」
ざっと素材のレアリティと、付与効果を見るだけでかなりのものであると判断したオーミは、特に料金を請求しなかった。
「私も工房に行っていい?」
「問題ない。今週はまだオーダーがないからな」
オーダーがなくとも、濃縮ポーションは飛ぶように売れているわけであるが。
熟練のポーション職人が、製作時間を短縮するスキルを使ってでも3時間で1個がやっとな濃縮回復ポーションを、オーミはそれ以上の効果をもつ固有短縮スキルによって半分の時間で2倍作ってしまう。
その分、安く出来るためロウェラートの流通はオーミが握っているようなものであったのだが、オーミは一般客に流通させる量を少なくしているのだ。
多めに作った余剰分は、こうしてアルトやネロ達に提供しているのである。
「そうそう、今度のイベントは参加するの?」
切り出したアルトに、オーミは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「しないよ。しても入り口の鍛冶職くらいだろ」
そもそも、ロウェラートから出たくない。というのがオーミの意見である。
このゲームにはワープが存在しないため、乗り物を使って移動するか自力かしかない。
「2都市跨ぐような長旅だと往復で1日掛かる」
「オーミの作った乗り物でもそんなに掛かるの?」
「無視して飛べばそんなにかからないけどな。でも空だからと言って安全というわけでもないだろ?」
例えば、『テンパレ』の種族ならば、弾薬に制約があるこそすれ空を飛びながら襲い掛かってくるドラゴンを迎撃することも出来るかもしれない。
が、オーミは戦闘職ではない。その言葉の通り生産職に極振りしている。
少なくとも、都市の周りにいるモンスターに、自分の装備無しでピクニックすら出来ないほど軟弱なのである。
正直、自分のステータスを観察すれば、装備があってもキツイ。
「アルトはするんだ」
「するよー。ハイエナするよー超するよー」
「それやったらダメなやつじゃないか」
そもそも、アルトの場合成り立たないだろうとオーミは嘆息する。
ハイエナは、他者の手柄を横取りする好意だ。しかし、オーミと同様にリリース直後からはじめて、そして今に至るアルトが、ハイエナ出来るわけがない。
武器は大抵オーミ製、魔法も最上級まで使いこなせるバリバリの戦闘職である少女が、むしろハイエナされるのではないかとオーミは心配だ。
「大丈夫、ボス以外は一撃だから問題ないの。あとは初心者にわざと残してあげて、レベルを上げるお手伝いをするとかね」
そういえばアルトはゲーム内でもかなり上位のギルドに所属しているんだっけか、とオーミは首を捻りながら思い出そうとする。アルトは鈴のように笑いながら、所属だけどギルド長なのよと訂正した。
このゲーム上で、「クラン」と「ギルド」は明確に分かれている。
クランは拠点を移動させることが出来る少人数……多くても100人程度の団体のことであり、位置づけは固定性のパーティのようなものである。戦闘職プレイヤーに好まれ、立ち回りも細かく行うことが出来る。
対してギルドは、拠点を移動させることが出来ない代わりに大人数を組織することが出来、またクランと比べて多くの権限を持つ。人数は数百人クラスで動員が可能である。こちらは生産や探索と言った、流通に関係する職業を持ったプレイヤーに好まれるが……いかんせん規模が巨大なため小回りがきかない。
これらをつなげる更に巨大な「アライアンス」というものも存在するが、ここでは割愛しよう。
オーミとは関係のない話である。
「ねえ、ギルドやクランに参加できないんだったらさー。昔みたいに、パーティ組も?」
「うーむ。ただ足手まといになるだけだと思うがなぁ」
こう話をしている間にも、濃縮されていないポーションが瓶に詰め込まれて……10秒に1つのペースで醸造台からポンポコ飛び出していた。濃縮ポーションは、それらを少しずつ消費しながら数分ごとに1つずつ、べつの醸造台から吐き出す。
それを数回ほど繰り返すことで、2・4・8と進んで行き……最終的に、トッププレイヤーが最前線で扱う、128倍濃縮ポーションへと変わるまで、7~8回ほど濃縮を繰り返す。
勿論、濃縮度が高まれば高まるほど、時間は掛かるが……放置しても素材さえあれば出来上がる故に、その実態を知らない数々のプレイヤーは幸せだなとオーミは考えた。
おそらく、真っ当にスキルと醸造台、素材を用意して作っているポーション職人はこれを見れば発狂するのではないか、とも考える。
そんな光景を横目で見ながらも、アルトは特に引く様子もなく「やっぱりすごいねー」と呑気なものである。理由は流通システムとして存在する「マーケット」は利用せず、オーミの店に入り浸っているからであった。
故に、正確な価値は知らない。ただこうやって店に来れば、5本ほどくれる。
その1本だけで、10万VZするとは考えてもいない。
ちなみに、この光景を見たネロはドン引きしていた。ポンポコ出るそれが、自分達が普段惜しみながら使っているものだと認識しているからだ。自動化されているのも気に食わないようであったが、オーミはその分多めに供給してくれるため文句は言えない。
「私はこれ、いいと思うけどね。かっこいいし」
「それも俺が作成した。名前は――」
また長ったらしい、英語に訳すのすら億劫になる漢字の羅列を聞きながら、アルトはやっぱりすごいなーと感心。
話をしているうちに、オーミは彼女の使っている武器の耐久値を回復させ終わっていた。
ちなみに、修理した武器もオーミ製である。それ故、こちらも例に漏れず漢字の羅列が続くのであるが、アルトは【|F・saw】と呼んでいる。
チェーンソーのようでありながら、翼を模した形に変形することからおそらく「F」は「フェザー」ではないか、というのがアルトの見解だ。
少女は、自動でポーションを勝手にぽんぽこ作る機械を指差す。
「これ、楽するために苦労したんだよね?」
「ん、そうだよ」
ゲーム内システムに干渉する作業台を、自作で設計して作ったのだ。
半年くらいかかった。醸造濃縮台も合わせて1年かけて作り上げたのである。
最初から楽ができたわけではない、ということがわかった少女は満足そうであった。
「……ねえ」
「ん?」
アルトに声をかけられ、先程提供された素材の数々を見比べていたオーミは顔を上げた。
目の前には、燦然と輝くような美しい少女の顔がある。アバターであるのだから、多少盛っても仕方のないことかも知れないが、オーミは彼女の現実も、これとほぼ同じ顔立ちをしていることを知っていた。
天使型アバターの少女は、周りに誰もいない事を確認して、声を潜める。
「また、オフ会しよーよ。私、今日本にいるんだけど、またみんなと遊びたいよ」
「……そうだな」
オーミは、半年ほど前にネロたちとオーミ合わせて10人ほどのオフ会を思い出す。
確かに、楽しかった。友人の少ないオーミにとっては、ネット上での友人と現実世界で出会う、というのも新鮮さの抜けない行事であるのだ。
「またネロ達も呼んでね。私も何人か誘ってみる。……あの日フィオネちゃんはいなかったからあったことないけど」
「……追加人数は2人ほどで頼むよ」
ネロはそう微笑みながら、武器を担いで工房を出て行く少女を見送った。
見送り終わり、ドアに背中を向け工房に戻ろうとした彼は、間髪入れず店のドアが開く音を聞く。
「……いらっしゃい、【大海重工】」
そこにいたのは、妙に改まった様子でオーミを見つめるフィオネ。
マスコットキャラを思わせる、小さい背丈からは考えられないほどの熱量を発した精霊型アバターは、その熱をなんとかしようとしているが上手く行かないようである。
「あの」
その熱の原因は、恥ずかしさからか。
オーミは、とりあえず座れと椅子を差し出した。
オブジェクトである椅子は、周りに影響を及ぼす焔の塊である少女を乗せてもびくともしない。
フィオネは、もとから十分に赤い顔を心なしか更に赤くさせながら、まくし立てるように言う。
「あの、私にも武器を作って欲しいんだけど?」
「その前に、その熱をなんとかしてくれ」
オーミは、早くもサウナ状態になりかけているフロアの冷房をつけながら、数十分前にアルトに投げたポーションを彼女にも投げたのであった。
次回更新の予定は、第003話のあとがき通りです。1ストックできれば更新します。




