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第003話 「鍛冶番、誘いを断る」

 「魔導工都市ロウェラート(Lowellat)」は、中級者から上級者・廃人へステップアップするだろう場所に存在する巨大な工業都市である。商品のレベルは高いが、それに相応して全体的にプレイヤーのレベルも高い。恐喝や詐欺すらシステム的には容認されているこのゲームにおいて、自衛の能力を持たないプレイヤーが路地に入ることは厳禁である。


 その路地、ではなく。大通りで【PvP】は行われようとしていた。

 空中に浮かんだ試合会場。カウントダウンの代わりか、虹色を巡回するように刻々と色を変える歯車が、3・2・1と数を減らしていき――。


『BATTLE START』


 聴覚と視覚に嫌というほど試合開始を主張してくるメッセージウインドウに、オーミは顔をしかめた。

 過剰な演出は好きではない。そういえば自分はなぜここにいるのだろうと、来るまでの過程を思い出しながら、やはり自分は要らなかったのではないかと考える。


 が。ある意味ではネロに渡した武装の力を確認できる、と考えれば妥当にも思えた。

 

 【A(エー)-gelmir(ゲルミル)】。ネロたちは誰も正式名称で呼ぼうとしないため、通称でつけている名前である。オーミは、正直ネロに「簡単に言えば、ファンネルだ」とモチーフを伝えたかったが、ロボットアニメに興味のなさそうな彼にそういうのははばかられた。


 半自動でネロが「今」、最も必要としている動作を判断し彼を補助する。クランリーダーとあって、前衛も後衛も指揮官も行わなければならず、全員が【極精】という非常にハイリスク・ハイリターンなクランの長は【器用貧乏】などという言葉で片付けてはならないとオーミは判断した。


 彼が持ってきた素材の他に、別ルートで手に入れたレア素材も組み込んだのである。

 素材提供者は「オーミのためなら問題ナッシン!」とサムズアップしていたことを思い出し、やはりコネは重要であると心底痛感した。


「っらぁ!」


 オーミが思いを馳せている間にも、試合は動こうとしていた。


 最初に声を上げて、ナイフで切りかかって来たのはジャッカルの方である。敏捷値(AGL)に相当振ってあるのか、ネロが慣れない動きで【A(エー)-gelmir(ゲルミル)】から打ち出したビームを軽々と交わし、獰猛な笑みを見せながら右手のナイフを氷像の精霊に刺さんとした。


 おっと、とネロはそれをいなす。ここで飛行ユニットの1対が動き、ネロのアバターとナイフの緩衝材になるように滑り込んだ。

 結果、ジャッカルはそのまま後方へずれ込み――。ネロは考えることがいっぱいだ、と苦笑しながら右手を狼人族へ突き出す。


「――くそ」


 その動きが、魔法スキルの動作であるとジャッカルは一瞬で悟った。剣や斧といった武器は装備できない代わりに、スキル使い放題――そもそもリソースを必要としない――な相手にとって、その妙ちくりんな飛行ユニット以外に唯一ある武器である。


 スキルの準備は、ジャッカルが悟って反射的に飛び上がった瞬間に完了した。

 氷属性の半上級攻撃スキル《フロストパルス》射出――。


 断続的に合わせて10発、氷の塊のような光る固形物が飛び上がった【狼人族】に襲いかかる。

 《フロストパルス》は氷属性の攻撃スキルであるが、同時に麻痺効果を持っている厄介なものである。狼人も、それを理解したからこそ避ける。避けようとする。


 それを9つまで、ジャッカルは移動スキル《エアジャンプ》で避けた。――最後の1発も、このジャンプの軌道に入らない。


 あとは無防備になった精霊にナイフを叩き込むのみであると笑ったジャッカルは、何かがおかしいとすぐに気づいた。

 先程まで彼の周りを周回していた【A(エー)-gelmir(ゲルミル)】なんぞ呼ばれる飛行ユニットが一つもない。





 ――3対のユニットが、結合・合体して最後の《フロストパルス》を反射させている。反射された氷の結晶体は、《エアジャンプ》の待機時間真っ最中であるジャッカルへ、一直線に向かってきていた。


「WTF!?」


 同時翻訳の限界が来た、とネロは感じた。「what the fuck」の略であるネットスラングに、組み込まれている最新の同時翻訳機能は対応できなかったらしい。日本語・英語を含めて20カ国の言語に対応している翻訳機能であるが、ネロには特に関係のない話であった。

 相手が誰だろうと関係はない。このゲームの住民である。

 大体、「何だこれ!?」と驚いている様子なのは表情を見ていて分かったし、ネロもまあ……同じことをされれば驚くだろうなと頷きつつ、「ごめんね」と軽く謝った。


 次のスキル使用を麻痺効果によって阻害されたジャッカルは、そのままフィールドに落っこちる。

 慌てて体勢を立て直そうと立ち上がったジャッカルに向けられたのは、次なる攻撃の準備を終わらせた【氷極精アヴェインディーヌ】の右手と。


 不審な動きをすればすぐにでも攻撃が出来るだろう、3対の飛行ユニットであった。






---



「いやぁ、良いよこれ」


 ネロは、満足げな顔をして指輪を擦っていた。

 初めてにしては十分すぎる出来だろう、とオーミも笑顔を浮かべている。


 オーミの工房へ戻る2人の後ろについていくのはルクス、フィオネ、テンパレの3人であった。


 ――最終的に、ルクスも大人気なかったことを認めて半分を返却することになった。

 あの場にいる観客はネロがリーダーを務める、たった6人で構成されたクラン【欠けた虹《ChippeRainbow》】と武器を作った【大海重工】の名前を強く印象づけられたことであるし。

 今まで散々「地雷」と呼ばれてきた不遇種族の価値観を正すためか、イベントなどにも参加し始めると宣言してきたのである。


「これからが大変だな」


 オーミは、まるで他人事のようにからからと笑いながら、店のドアを開ける。

 地上3階、地下2階の、外見より実際はかなり大きいオーミの拠点は大通りよりも少々離れた場所に位置していた。

 

 1階が受付・店舗。2階がオーミの自室。3階が現在、ネロたちに貸しているクラン拠点である。

 地下は試運転室と工房だ。


「君も大変になるんじゃないかな、オーミ。あのさ」


 意味深な目線を向けながらそう返したネロに対して、オーミは首を振った。

 少し見ただけで、オーミにはネロの言わんことがわかる。


 むしろ、その目線はネロとオーミが出会ってからずっと、向けられてきたものだ。 


「やめろよ、その目。俺はどこにも所属しないって言ったじゃないか」


 ふと、オーミがテンパレたちにも目を向けると、彼ら3人も真面目な顔をしている。

 

 このゲーム、「Mythology-of-Legacy-Online」(通称:MoLo)を「ただのゲーム」と断ずるのは簡単な話である。が、少なくともオーミも、目の前の4人もそう考えていないことは明白であった。

 オーミは食事と睡眠、運動以外のほぼすべてをここで費やす廃人であり、ネロ達は睡眠すらここで取るような最廃人である。


「団体に肩入れはしないが、人に肩入れはする。だから装備は提供してきた、そうだろ?」


 自分に言い聞かせるように、オーミはそう言いながらも作業の手を止めない。

 テンパレの弾薬・燃料をいつもよりも安く料金を設定しながら売る。


 ポーションやその他、彼らがこの世界をめぐるために必要なアイテムも同時にネロへ。

 

「俺がどこかに所属したら、その団体は潰れるっていうジンクスがあるからな」


 オーミは、ネロたちの実力を認めている。5年前の大型アップデートで出会い、【極精】という非常に不遇な扱いを受けている種族を選んだ彼らにこのゲームでの生き方を教えたのはオーミであるし、名前こそ掲示板に出ないとは言え、1年前には既にトッププレイヤーに名を連ねるのではないかと噂されていることも知っている。


 が、彼は鍛冶職スミスである。正しくは、生産職系統の最上級だ。


 どんな種族の武器も作ることが出来る。

 どんな種類の武器も作ることが出来、本来と違った系統に属させることが出来るスキルを取っているため剣の形をした斧や、飛行機の形をした船すら作り出せる。

 武器以外にも、生産・加工出来るものは設計図さえあれば無制限に作ることが出来る。

 それがポーションであれ、重機であれ。ミサイルから魔法媒体まで、文字通りシステム上の何もかもを作ることが出来る。


 オーミが、サービス開始直後から約10年間もの間、生産職に極振りしてきた結果であった。

 

 そんな彼を欲しがらない団体はいない。ポーション職人、バフ職人、鍛冶職スミスなど揃えなくとも彼だけでよくなる。勿論素材さえあれば最高級のものは作れる。

 ポーションを作成しながら、武器を修理する、アクセサリを作成する、武器を強化するなどと言ったマルチタスクも出来る。

 パーティは勿論のこと、クランやギルドの枠も少なく済むという最高に便利なものなのだ。


 そんなオーミを、「一人生産職ギルド」と呼ぶ人もいるほどである。何処かに属せば、他の団体が彼を引き抜こうと戦争を始めてしまうのだ。

 このゲームに1人しかいないのだから、仕方ない事なのかもしれないが。


「これからも、良き友でいる限り俺は君たちの鍛冶番になるよ。けれど……クランの勧誘は、本当に申し訳ないが断らせてもらう」


 職人オーミがそう言うだろうことは、ネロは分かっていた。

 そっか、と。ごめんね、と。呟くようにして声を発したあと、まっすぐ彼を見つめる。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 その言葉に、様々な意味が含まれていることをオーミは理解しながら「商談成立」のメッセージウインドを消した。


 みんなー、上に戻るよーっと、元気を取り戻そうとして明るい声を上げたネロに、ルクスたちがついていく。

 テンパレは最後、上の階に行きかけて……俯いているオーミに話しかけた。


「問題ねぇよ。俺達はオーミの価値を知ってる」

「誰だって知っているだろうなー。ちやほやされるのは嫌いでないが、女でもない俺の取り合いを見るのは実に醜い」


 作業に戻る。必要な部品があったら工房に来てくれと言って下階へ向かった彼を、テンパレは目を細めて見つめていた。


「……はぁー。俺も寝ますかね」


 連続ダイブが69時間をカウントしたのを確認して、機械人形……正式種族名【雷極精(ヘクスリアニクス)】の少年はクラン拠点へ戻っていった。


これで序章は終了。次回から第1章です。


次回更新は今日か明日です。5話が今日中に完成したなら今日にもう1話更新。

6話まで完成したなら更にもう1話更新します。

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