第024話 「廃人共、【桃百合の大蛇龍】に攻撃する」
「なんだ、これは!」
リキュールは、わけがわからないと甲冑の中から困惑を滲み出しながら叫んだ。
彼の目の前には、惨状が広がっている。
【欠けた虹】――今は7本目が揃ったため欠けてはいないが――は、役割分担の通りに恐ろしいほどの動きをしていた。
イベントの「次」へ向かうためにモンスターを次々と霞に変えていくフィオネと、それを援護するようにバフ支援を行うフェネア。
【宵闇騎士団】のメンバーを混乱に陥れるルーナは、麻痺毒やら熱毒やら、デバフを撒き散らしながら、プレイヤーの間を縫うように駆け回っている。それを援護するルクスは、モンスターもプレイヤーも自分にタゲを移らせていたし、それを一掃するのがテンパレとアルトの仕事であった。
ネロと言えば……的確に6人へ指示を出しながら、自分も攻撃と防御とバフ支援と、空中をゆっくり旋回しながらも同時に対応している。
「どういうつもりだ、ネロ!」
怒号とも取れる言葉に対して、ネロは肩をすくめながら【A-gelmir】のユニットを幾つかリキュールへ向ける。
「僕は言ったはずだけど」
その声は、彼の種族並に冷ややかなものであった。
「許さない、って」
2人の頭上に、アルトがきめ細やかなポリゴンをブレさせる勢いで疾駆している。
誰も彼女を止めることはできなかった。同じテンパレは彼女に追いつこうと後ろを飛びながら攻撃を――夥しい数のミサイルや爆弾を撒き散ら――しながら縦横無尽に駆け回っては居るものの、追いつく様子は全くない。
テンパレは全財産をなげうってでも、オーミが今開発しうる最高のパーツに組み換えて来たほうが良かったかもしれない――と、半ば後悔しながら周りへ絶え間なく攻撃する。
その凄まじさといえば、まるで雨あられであった。ミサイルのゲリラ豪雨。
【宵闇騎士団】のメンバー数人は空へ上がり、テンパレとアルトを迎撃しようとしていたが、それらはすべて失敗に終り。
逆に撃墜されてはイベントから離脱してゆく。
「最初から……このつもりで!?」
目の前に迫ったモンスターを、スキルで切り払いながらリキュールは憤然とした態度でネロに話しかける。
ネロのユニットはずっと彼に銃口ご向いたままであったが、瞬くことは今のところない。
「そうだけど」
なんでもないように返事をして、ネロはリキュールから目を逸らす。ちょうど、事態を呑み込めた騎士団の数人が、ネロに向かって魔法スキルを使用したところであった。
必要最低限の動きで、ネロは魔法を避ける。ユニットも勝手に動き、ネロが避けきれない幾つかの魔法は跳ね返したり、そのままいなしたりした。
「これはゲームだからね、なんとも思わないよ」
キーボードのように多いスキルを組み合わせながら、ネロは冷酷に言い放つ。
「でも、君は最後まで残す。……団員が一人残らず死亡ログを遺すのを見届けてもらおう」
戦況は、すでに大混乱となっていた。
【宵闇騎士団】は、イベントボスへの攻撃はおろか、周りの雑魚モンスターすらまともに攻撃出来る状態ではない。
【欠けた虹】は違う。イベントボス、【桃百合の大蛇龍】への攻撃はもっぱらフィオネが担当し、着実にダメージを加えている。
【桃百合の大蛇龍】が冒涜的ながら、まるで本物の生き物のように痛みに喘ぎ、咆哮した。
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「……このくらいでいいかな?」
ルーナは、「肉楯」もしくは「壁」としか昨日のしなくなった【宵闇騎士団】の面々を後ろに、ひとまず行動をやめた。
幾重なく重複したデバフ――特に効果時間が伸びに伸び、120秒完全行動不可の麻痺毒――を食らった団員たちが、声を発することすら出来ずモンスターと【欠けた虹】の攻撃にさらされている。
彼女は十分に自分の役割を果たしたと言えよう。
フィオネの一撃が騎士ごとモンスターを一掃するのを眺めながら、【闇極精】の少女は身を翻すようにしてリーダーの元へ帰還した。
「お疲れ様、ルーナ」
「……なんだか、遊び足りないの。退屈」
「仕方ないよ。こちらから一方的に敵意を向けながら、高レベルスキルをぶっ放しているんだから」
ルーナと会話を交わしながらも、ネロ本人のキーボードを叩く手は止まらない。【A-gelmir】からは、絶えずスキルが発動されていた。
イベントは、フィオネ達の働きによって早くも終盤へと差し掛かっている。
【桃百合の大蛇龍】の体力は半分に差し掛かりそうであったが、【宵闇騎士団】の面々は誰一人まともにボスへのダメージを加えられていなかった。
ゲームとしては、相当面白くない状態である。【欠けた虹】は、それを承知の上でやっていたからこそ、余計にたちが悪い。
「でも、これが終われば【銀河の煌探索団】のお陰で対人戦が殺到するだろうさ。あまり考えないで、今は目の前の【宵闇騎士団】に勝つことだけを考えようか」
「……もう、フィオネが最終段階に入っているところだけれどね」
ルーナがネロの下に視線を移すと、そこにはフィオネがユニットを分離させながら、【B-nova】の銃身を高速回転させていた。
歯医者で使われるドリルのような、甲高い音がし。
炎よりも紅い、光球が徐々に大きさを増していっていた。
絶賛スランプ中。
きっと戦闘シーンのせい。




