第023話 「廃人共、砂浜に集結する」
――度重なる海洋モンスターの虐殺によって、モンスターの悲鳴から海底遺跡に眠る咆龍が目覚めた――、というのが今回のイベントの要約である。
イベント開始時刻まであと30分といったところか、【欠けた虹】のメンバーは魔導工都市|ロウェラートから現場に向かって行軍を始めた。
このゲーム、《Mythology-of-Legacy-Online》にはワープアイテムという便利なものは今のところ開発されていない。課金要素にも含まれていないため、プレイヤーが現地に赴くためには何らかの手段を使って自分自身で向かわなければならないのだ。
大人数で向かう時、馬車を使うか生産職に乗り物を作ってもらうかは自由である。
【欠けた虹】は、例によってオーミに作ってもらった輸送車両に乗って、海辺までの道を進んでいた。
「こっちに向かう道は好き。景色が緑から蒼に変わっていく姿を見ると、同じように自分の心も切り替わっていく気がする」
豊かなフィオネ、という火の精の小さいプレイヤーから。
炎を宿すフィオネ、という【炎極精】の戦闘プレイヤーへ。
フィオネは、目の前に認めながら段々と高鳴ってくる高揚感を覚えていた。
決して血気盛んなテンパレや、今回の対決にやる気が天元突破しているネロと同じ、というわけではないが――。
不思議と、オーミの作った武器は手に馴染む。それを使って戦うことが、幸せに感じることがたまにある。
今回も、それと同じような気持ちなんだろうな……と。少女は、自分のアバターが感情の高ぶりによって少々膨張したことを感じ取りつつ、すーはーと慌てて息を整える。
隣で、テンパレが僅かに身じろぎしたのを確認したからだ。
「……暑かった?」
「一瞬だけ、すげえ熱量になったけど問題ねーよ」
今まではダメージくらいながらだったけどな、と憎まれ口を叩く機械人形にフィオネは「はいはい」と流し、ネロを見て――。
その目に鋭いものを感じて、思わず目をそらした。
周りを見回せば、運転をしているルクスを覗いたこちらを向ける全ての人間が、ネロに話しかけづらい雰囲気をしているではないか。
ネロはと言うと、コンソールをしきりに見つめて咆龍のデータを、そして【宵闇騎士団】のデータをひたすら調べ上げていた。
「何が何でも勝つつもりなのね」
「……当たり前でしょ」
そういったネロの目は、表情に乏しい氷像アバターであるにも関わらずかなりギラついていた。
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「来たな」
到着した6人を、【宵闇騎士団】のリキュールは出迎え、そう声を掛けた。
「結局、6人か?」
「もう一人は後で来るよ。それよりも……注目されているみたいだね」
ネロが周りに目を向けると、何人か彼の知る【銀河の煌探索団】の調査班が軽く手を振っていた。
そんな彼らに手を振り返し、他にも【極精】6人が集まっているという状況に対して物珍しそうな顔で集まってくる野次馬を認めながら、コンソールを開く。
フレンドでもある彼女、アルトはオーミの店に行っているらしい。
「間に合うのか?」
「まあ、間に合うんじゃない。あの人トッププレイヤーだし」
そうそう、騎士団長である君に言いたいことがあったんだ――と。
ネロは、リキュールをまっすぐ見つめる。その目に映っているのは、はっきりとした敵意であった。
「僕は、君を許さないよ」
「……何故そんなに敵意を向けられているのか、俺にはよくわからないんだが?」
困惑するリキュールに、わからないなら良いよとそれだけを伝え、ネロは彼から離れた。
困惑しきった、黒い甲冑の男に気まずそうな表情を浮かべて話しかけるのはルーナである。
「あまり気にしないで、ムキになっているだけだから」
「ムキに? 何故?」
「君が、鍛冶職オーミの武器を『大したことない』って言ったから」
ここでリキュール、やっと理解する。
「私達の武器を作れるのはオーミだけだから、私たちは誰よりも彼に信頼を置いているのだけれど。……ネロはあの通り、心酔している部分もあるからどうしてもね」
「なるほど。つまり俺は、彼……? 彼女……? の地雷を踏んでしまったわけか」
「同時に、今から来る人の地雷も踏んじゃった」
ルーナがそういうとともに、何やら騎士プレイヤー達がざわめき始めた。
一人から、徐々に全員に。人がある一点の……こちらに向かってくる一筋の光を指差している。
一般的に何でもありなこのゲームでは別段驚かれることではないが、彼らがざわめくのには理由が勿論、あった。
向かってきたプレイヤーが、あまりにも有名すぎたからである。
「あれって、【機巧天魔】……か?」
そのプレイヤーは、このゲームの中で最も古参と言われているプレイヤーの1人であった。
同時に、最も美しいと言われている一人でもある。キャラクターメイクが自由なこのゲーム、醜く作ろうが神々しく作ろうが自由であるが、これが彼女の現実の顔そのものであると知っている人間は少ない。
彼女が【機巧天魔】と呼ばれるようになったのは、その神々しいアバターとはある意味で全く相応しくない、ゴテゴテとした機械装備を彼女が好むからである。
腰には排熱機構を施した機械の翼を、同時に左右2本ずつの補助腕を。
鎧を始め、ほとんどの装備スロットにオーミ特製の、変形機構を盛り込んだ装備を装着した彼女の様は一言に「異様」である。
「ごめんね。ちょっと遅れちゃった」
「まだイベントは始まっていないようだし、問題ないよ」
ネロは、到着して一言、優雅にそう言った天使を見てそう微笑む。
彼らに関しては当たり前の日常であるが、その事態が既にリキュールはじめ【宵闇騎士団】を愕然とさせていた。
ここでやっと、リキュールは自分たちがとんでもない相手を敵に回してしまったのではないか、と嫌な予感が背中を走り抜ける。先程自分に話しかけた【闇極精】の少女が言っていた人、というのは彼女なのだろう。
彼女の装備は、どれも雰囲気が……あの時、自身が喧嘩をふっかけまくっていた最後の武器店のものに似ているからである。
「こんにちは。貴方が、【宵闇騎士団】のリーダーさん?」
にこにこ、と笑いかけながらそう話しかけるアルトに、リキュールはほっと一息つきながらそうだと答えた。
答えたあと、あからさまに少女が表情を消したことに対して安堵したことを後悔した。
「大体、どういうことかはこちらで情報を集めているから問題はないよ。……あのね、リキュールさん」
「…………」
「貴方だけに特別なことを教えてあげる。何故、《Mythology-of-Legacy-Online》でも最大級のギルドである私が率いる【銀河の煌探索団】が、あそこロウェラートに拠点を構えたと思う? もう少し先へ行けば、もっといい場所もたくさんあるよね? 貴方達の拠点みたいに」
確かに、とリキュールは考えた。生産ギルドとしてのロウェラートなら兎も角、要素を複合しているとしても探索ギルドである【銀河の煌探索団】が、あの場所をわざわざ選択せずとも……。
もっと先に、交通網の発達している都市はいくらでも存在する。
例えば【宵闇騎士団】が拠点を作った輝城都市アストラインは、四方をそれぞれ高レベルの草原・氷山・火山・砂漠に囲まれている。
武器を作ってもらうにしろ、レベルを上げるにしろ。800~1000レベルに達するまでは十分な場所であろうし、100レベル上げるのに平均1年掛かると思えば3年ほどは持つ。
「もうおわかりかと思うけれど」
「あの、鍛冶職か」
「そうだよ」
にっこり。
少女は、リキュールが恐怖を覚えるほどの笑顔を向ける。
アルトは、自分の装備を指差した。次にネロの【A-gelmir】を、フィオネの【B-nova】を。その他【欠けた虹】の面々が装備しているものを指差す。
「私を含めて、クラン【欠けた虹】が装備している殆どのものは彼が作ってくれたものなの。他の鍛冶職が切り捨てた、ドマイナーな種族の装備も作ってくれるのが彼」
実際、【天魔族】も私以外ほとんど見たことないしと。
説明の終わった彼女に呼応するかのように、海の方から轟音がする。
「ほれ、始まったぜ」
海がかき乱されるような音と共に、遠くで「何か」がせり出してきた。
それは大小長短の鋭利な牙を無作為に組み合わせたとしか思えないような姿をしており、海という蒼を連想させる場所に対して狂気的とも言える、紅や朱を基調とした構造物である。
水の上を、下を……駆け回るような鋭い音がネロ達の耳に届き、せり出した「海底遺跡」らしき物から悍ましいほどの数のモンスターが現れた。
毒々しい色をした、龍という形容の欠片もない冒涜的なモンスターは、耳を覆いたくなるほどの大音量で砂浜に向かい始める。
ネロ達のコンソールに、おどろおどろしいフォントで「mission start」のアラートが表示された。
――【欠けた虹】はそれぞれがそれぞれへ素早くアイコンタクトを送り、行動を開始する。
絶賛スランプ中。ゆっくり書き進めていく所存です。




