第020話 「鍛冶番、駄弁る」
「なんか、変な人だったね」
【宵闇騎士団】のリキュールが去ったあとで、一番最初に言葉を発したのはフィオネであった。
炎の精は、カウンター前に椅子を並べ始めたオーミを目で追いつつ、そういえばあまり最近は意識していなかったと商品棚も眺めてみる。
……普通だ。思った以上に、普通だ。
確かに、地味だし彼が本気で作ったであろう【A-gelmir】から始まる武器と比べれば、明らかに手を抜いていることが分かる。
……売れたことを見たことがない時点で、大体の察しはついた。
「ネロ、本当に勝てるのです? あんなに自信満々に言い放って」
「んー、オーミの武器を持てば勝てるとは言わないよ。僕達の数値でも何とか成るし、僕たちは――」
黄色い、翼の付いた結晶体アバターであるルクスがネロに問いかけている。
そちらに耳を傾けるメンバーは、オーミから椅子を差し出され座りながら話をきいていた。
「きちんと戦略を決めれば、十分に勝機はありますが」
「前衛がルクスとテンパレとルーナ、中衛を僕、後衛をフィオネとフェネアに任せる形で行ける。PvPもこの設計で行こうと思う」
ルクスとネロの言葉に、フィオネ達が頷いている中。
オーミは、クラン【欠けた虹】最後のメンバーである少女に話しかけていた。
姿形は、緑色の肌をした人間型……とは言い切れない。
腰部からはスカートのように赤い花が咲いているし、その少々下には足とは別に幾つもの棘ある蔓が見え隠れしている。
人間をベースに、植物を模したパーツが体にくっついているのだ。
種族は、【地極精】。6種類ある【極精】のうち、この場に全てが揃ったことになる。
「久しぶりだな、フェネア」
「ええ、お久しぶりです。最近は遠くでやっていたもので、なかなか帰れなくて……」
「日中しか動けないんだっけ?」
「いえ、ただ潜って静かにレベルをあげていただけです。……モンスターがいくら強くても、HPとMPを延々と吸い続ければいつか倒れるでしょう?」
やけに物騒な狩りの方法を、笑顔で説明する少女フェネア。いかにもな上品さを纏っている彼女の印象は、勿論名前の似ているフィオネとは一線を画すものである。
ほわほわ、とした笑顔を浮かべる少女にオーミはフィオネ、ルーナと見てこれはこれで個性がある、と判断した。
「なんのはなし?」
「久しぶりって話」
簡潔に説明した職人に対して、ネロはうんと頷く。
「確かに」
そして、話をしているのならいいや。と、ルーナの方を向いた。
こちらの少女は、【C-OverClock】のバーニア・スラスターを調整しながら空中で舞っている。バーニア、と名付けているのだからきっと宇宙でも運用できるんだろうなと、いつか実装されそうなマップを予想しながらネロは軽く微笑んでいた。
今まで、オーミには幾度も武器や装備を作ってもらったけれど。今回が初めて、それを使って彼に貢献する番なのかもしれない。
「とりあえず、……私はこれを使いこなしてみせる」
「いいなー僕も欲しい」
「【A-gelmir】、作ってもらっただろうが」
思わず本音が出てしまったネロに、テンパレのツッコミが入った。
テンパレも、そろそろ全身がオーミ製になりつつある。新しく作った冷却装置は問題ないらしく、最近ではフィオネが側に寄っても大丈夫なようになっている。
正直、オーミには何故今まで気づいていなかったか――というほうが不思議であった。
「そもそも【氷極精】に足装備スロットないだろ」
「……あっ」
無情な現実に気づいたネロが、がっくりと膝折れる。
今日は足付き。
オーミも、攻略サイトを見ながら流石に無理そうだと判断した。
「さすがにそこまでは誤魔化せないな」
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いつもは誰かがそろそろ、とレベル上げに出かける状況でも、今日は駄弁る【欠けた虹】のメンバーである。話は装備の話から、夏にする予定であるオフ会の話へと移っていた。
「これが終わればオフ会出来るし、早く終わらないかなぁ」
「気持ち良く終わらせないと、ですね」
イベントに挑み、【宵闇騎士団】に勝ち、気持ちよくオフ会に行く。
彼らにとっては半年に1回行われる定例行事であるが、ネロやフィオネにとってはまた別の、オフ会以上のものになっていた。
期待、というよりはさも当然のようにオーミの方を向いた少年少女に、彼は分かってたというふうに肩を竦める。
「……やっぱり、みんな俺の家で泊まるつもりなの?」
「だめ?」
「いいけどさ。ネロ、その悩ましい声出すのやめてくれ」
似合ってない、と言えるはずがない。
十二分に、似合っている。
だが、男である。
女子陣がかなり微妙な顔――とりわけ平気でそれが出来る彼に僅かな嫉妬を含ませながら見つめるのも、ネロは気づかない。
「今回は何日くらい居ていいの?」
「世間一般的に言われる夏休みの、7月から8月までならいつまでもいてかまわないぞ。俺も楽しいし」
基本的に1年中休みであるオーミは、特に多くのことを考えずそう返した。
どうせ来たって、外に遊びに行くことなんて少ない。オフ会とは何だったのか、と疑問に思うレベルでみんなは《Mythology-of-Legacy-Online》に――ここに潜ることに成るだろう。
1日限りのオフ会には、絶対にならないのだ。
「フィオネはオフ会初めてだっけ。あれ? でもほんの前辺りまであっちいたよね」
「……まあ、うん」
ネロの誕生日プレゼントを買いに行くつもりが、完全にデートに近い何かになってしまったことを受けて、フィオネは気まずそうに笑顔を作る。
が、炎の精の状態であるからまだ誤魔化せたものの、リアルで見ればひと目で分かるほどにヒクついていた。
オーミは、彼女が別れ際に言った「負けないから」という言葉を思い出す。
はて、次のアクションは何か。
少女は、オーミが興味深そうな目でこちらを見ていることに気づいていない。
次回更新は明日です。




