第002話 「廃人、PvPを吹っかける」
「イカサマしたんだろ! なんとか言えよお前」
「ルクスがんなことするわけねーだろうが。調子に乗って全財産ぶち込んだテメエがワリィんだ、すっこんでろ」
オーミの経営する武器屋から2ブロックほど離れた場所にある酒場で、狼の顔をした獣人――【狼人族】の男と無骨な、というよりゴツいアンドロイドが睨み合っている。
それから少々離れた場所でビクついたように姿を揺らがせているふわふわとした、白い翼の生えた黄色の結晶体みたいなアバターが逃げ出せず、睨み合う2人を遠巻きに見ていた。
機械人形を羽交い締めにしようとしているのは、彼の半分ほどしかない背丈の精霊型アバターである。マスコットキャラ、と言うにはあまりにも過激すぎる……全身から止め処なく噴き出した焔から実際に温度を感じるのか、獣人の男は機械人形に掴みかかりながらも「アチッ」と時折悪態をつく。
そして、機械人形も熱からか徐々にヒートアップしていっていた。金属から白い煙が上がり、いつ彼が爆発――といっても比喩的表現であり、物理的な意味ではないが――するか、分からない状態になっていた。
勿論、何事かと野次馬が集まってくる。機械人形に掴みかかった獣人アバターの男も、引くに引けない状態となってきた。
「どうしたんだい?」
その時、野次馬をかき分けるようにして中心に近づいてきた2人がいた。ネロとオーミである。
ネロを――というより、【極精】という種族が集まってきたことに好奇の視線を向けてくる人々は、その側にオーミを認めると、「げぇっ! オーミ!?」と声を上げる。
オーミはやっぱり悪目立ちしてるなぁと、半ばネロに誘われて出てきたことを後悔し始めた。
「とりあえず、テンパレは落ち着きなよ。『FIONE』も離してあげて。――ところで、どうかなさいましたか?」
フィオネと呼ばれた、焔に包まれたマスコットキャラクターの炎の精は頷いて彼から離れ、テンパレも1歩下がる。
2人の挙動が収まってきたのを確認してから、ネロは相手方の獣人に顔を向けた。
相手は、目の前で先程までヒートアップしていた機械人形がおとなしく引き下がったことに若干驚きながらも困惑しつつ、「いや、俺は」などと言葉を濁す。
が、テンパレはそれを許さない。ネロにことの顛末をそのまま伝えた。
冷静にテンパレから話を聞いたネロは、自分の心を落ち着かせるように深呼吸をする。
既に、彼の周りには冷気が漂い始めていた。それがスキルの一つであることはオーミにもわかったが、スキルの名前はわからない。
「……つまり、賭けをしてルクスが賭け金を――貴方のゲーム内全財産を掻っ攫ってしまったからイカサマだと決めつけているのですね?」
ネロの口調は冷静なものであったが、テンパレとフィオネ……そして結晶体型アバターの『|ルクス(LX)』は、3人同時にまずいぞとそれぞれ半歩分彼らから離れた。
オーミは諍い事に興味を示さず、テンパレに近づくと、フィオネが密着することによって冷却が間に合っていないことを指摘する。
かぁっと、もともと真っ赤である顔を更に赤くしたフィオネを尻目に、テンパレは冷却装置のオーダーをあとで頼まなきゃな、と頷いてみせた。
「俺とヤろうっての?」
「……そうですね。先程、オーミに作ってもらった武装の実践型試運転が出来ていませんし……やりますか、PvP」
そこからネロの行動は、実に迅速なものであった。
ただの脅しであったつもりの狼人プレイヤーは、コンマ数秒後には送られてきた【対人戦】のメッセージウインドウをみて狼狽する。狼人が狼狽する、というのも言い得て妙であるが……とにかくネロに半ば冗談で喧嘩を売ったプレイヤーは、高値で買い取られてどうしようもなくなっていた。
「まぁたオーミから買ったのか。2ヶ月分の稼ぎを新武器に費やして……俺も弾薬補充しねえと」
「オーダーで作ってもらったの、いいでしょー。では【アクティブ】」
【対人戦】受諾のメッセージウインドウを確認したネロは、【A-gelmir】の起動を口によって宣言し、コイルに近い形をした指輪が彼の腕から離れ、6つの「く」型ユニットに分離、浮遊して彼に従うのを確認した。
と同時に、ある程度大きいフィールドが出現する。野次馬の邪魔にならないためか、空中に浮いた試合会場に、ネロと【狼人族】の男は転送された。
操作は簡単ではないが、絶望的なほど難しいというわけでもない。……と、ネロは自分が新しく手に入れた装備についての判断を下していた。
大体の方法は先程目を通したマニュアルに記されているし、オーミの話も聞いている。
手振り、思考、音声認識。どれでも操作は可能だ。
基本的に2対を自動援護にして、1対のみを操作すればいいかと作戦を立ててネロは前を向く。
【狼人族】の男は、2振りのナイフを手に持っていた。2つとも淡い黄緑色の光を灯しており、オーミは決着はついたようなものだなと興味を無くす。
職人の意識は、常に一定間隔でネロを中心として周回する4つ2対のユニットと、指示を待つかのように、空中で不動としている1対に注がれていた。
「……それ、本当に【指輪】なのか?」
「そうですよ。僕の種族である【氷極精】は装備出来る部位が指しかありませんからね」
【極精】という種族は決して【精霊を極めた】という意味のものではない。総称の英語名が【EXtreme-Spirit】――【極端な精霊】なのである。
故に、このゲームに6種類存在するそれはどれもこれも極端だ。
魔法スキルが使い放題な代わりに、装備がほぼつけられなかったり。
高い火力を持つ代わりに、自動補充などはなく打ちっぱなしで弾薬と燃料の補充が必要であったり。
常に炎上スキルが発動されている状態であったり。
そもそも、人間らしき姿すら取っていなかったり。
――全員、廃人のレベルすら超えて1年間やりこまなければ、ゲーム内生活もままならなかったり。
信頼できる鍛冶番がいなければ、装備を変更することすら難しかったり。
「【極精】? 地雷じゃん」
そんな声も聞こえてくるが、ネロを始めテンパレもルクスも、フィオネも聞こえない振りをしていた。
たしかに地雷だ。超大器晩成のため、ネロたちのレベルにならなければ戦闘すら満足に行えないほど……このゲームでは使えない。
野良パーティには入れてもらえないし、普通ならステージのボスにすらシビアな立ち回りを要求される。パーティには入れてもらえないのに、さらに1人ではどうにもならない。
「その【地雷】も。オーミ製の装備があれば覆せるってこと、今から見せるよ」
ネロはちらりとオーミの方を見た。それにつられて観客の何人かも職人のほうを見、「げぇっ!」と声を上げる。
オーミは人気には興味がなさそうであったが、その姿を見てこそネロはくすくすと笑い……。
表情を、戦闘モードへ変える。
試合会場よりもう少し上空に
「【jackall】・傭兵VS【Verou】・ - 」
と大きく映し出された。
野次馬は増えていくばかりだが、オーミは 豺だから【狼人族】なのか、と全く無関係なことを考えている。
「やっぱり、当てはまる職業がないっていう【極精】ってのはPvPの時目立つなぁ」
テンパレは、一見無関係なことを考えながらも、自分たちのリーダーの勝利を祈る。
戦いの火蓋は、今にも切って落とされようとしていた。
次回更新は明日です。




