第019話 「廃人共、【宵闇騎士団】と対立する」
「ルーナ」
我慢ならなくなったプレイヤー、リキュールが今まさに斬りかからんとしていたころ、オーミは何かを察知したように彼女の名前を呼んだ。
後ろを一瞬だけ見る、彼のモーションを素早く察知したルーナは頷き、今用いる最大の身のこなしを持ってまた、リキュールと負けず劣らず早く武器を展開し、オーミ越しにそれを突きつけた。
全く予想打にしていない場所……。一切動かなかったオーミの首の横から、鋭利な剣がルーナによって強く突き出されたのを、リキュールは既の所でとどまることに酔って回避する。
ルーナの持つ細剣が、正確にはあくまでも【剣型の杖】であり、当たったとしても微弱なダメージしか出せないことは知らず。
「……なにっ」
「噛ませ犬っぽいセリフで笑える。……レベル、訊くまでもないけどお幾ら?」
「聞いて驚くな、600だ」
その言葉に、ルーナは別の意味で驚き。
オーミは全く驚かなかった。
正直、オーミとしては【欠けた虹】も、もう少し上のランクへ向かっても良い頃なのである。
驕っているわけではないが、レベル700超えの【欠けた虹】や、オーミと同じくレベル4桁の 探索ギルド【銀河の煌探索団】団長であるアルトなど、明らかにもう少し上の狩場に行くべき彼らが――とりわけ拠点移動の出来るクランの彼らが、ここに拠点を置いたまま移動しない理由は、自分にあると考えているのだ。
「ふふ、驚いて口も利けないか」
そういうロールプレイなのか何かよくわからない、やけに上から目線でそう言った彼に、次こそルーナは驚いて言葉を発することが出来ないでいる。
オーミは、また一言「ルーナ落ち着いて」と声を発すると、リキュールの方を見もせずに金の取引を終わらせた。
「……私は貴方が誰か知らないけど。……オーミの邪魔はしないで」
「そこにいる無名の鍛冶職は、どこにも属していないようだが?」
ぼぅーっと聞き流すオーミは、自分が無名に戻っていることを聞いて多少嬉しくも感じた。
一人生産ギルド、と呼ばれてきて何処かに属せば彼を取り合って戦争が起こってきたのに対し、今では見向きもされなく鳴っていることに喜びを感じている。
正直引き抜きの誘いでなくてよかった、と安心しきっているオーミをみて、首を傾げるのはルーナであった。
「リキュール、といったかな。どこにも属していないのは、今のところ俺のポリシーであるからだ。個人には肩入れするが、団体に肩入れしてしまうと色々と困ったことになるものでね」
実際、困るのは本人であるが故。
しかし、このリキュールという男は納得出来ないようであった。
そもそも、オーミは彼が何故ここに来たのかまだ訊いていない。
「客でないのに、ここに居続けるなら早く本題を言ってくれ」
「本当は宣戦布告をしにきたんだが、参加しないというのなら仕方がない。【宵闇騎士団《Yoiyami Knights》】、その名前だけを覚えておけ」
それだけを言いに来たのか、満足気に後ろを向いてリキュールは店から出ていこうとする。
あっけにとられるルーナと、神妙な顔つきでその男を見つめるオーミ。
しかし、リキュールが店を出ることは叶わなかった。
ぞろぞろと5人が店に入ってきて、彼の行く手を阻んだためである。
リキュールは、その5人全員が【極精】であることにたじろいだようであった。
「オーミが戦えない代わりに、僕達が宣戦布告を受けようか?」
「……誰だ?」
「ただの常連さんだよ」
氷像プレイヤー、ネロの言葉は実に優しげなものであった。
が、その表情は確かに冷たい。
「……たった5人で?」
「まあ、そこにいるルーナも含めれば6人だけど。僕の予想的には、おそらく次の【海底遺跡の咆龍】でどれくらいのダメージを稼げるか勝負したいんでしょう?」
「……そうだ」
「それなら、生産職じゃなくて僕達にやってどうぞ」
リーダーの言葉を聞きながら、結晶形アバターのルクスは大体のことに察しがついた。
ネロは、この……【宵闇騎士団】とやらを、今回の【欠けた虹】デビュー戦の、踏み台にしようと考えているのだろう。
リキュールという男は、しばらく考えた後に頷く。
「場所はこちらが指定してもいいか?」
「問題ないよ。……まあ、騙されて勝手に勝ちを決められても困るから、君たちのメンバーがいなかったら、勝負はないということで」
「いいだろう」
ここまでの言葉で、オーミのリキュールに対する印象は変わってきていた。
最初は安っぽい煽りを入れてくるものだから、てっきりそういうのかと考えていたのだが。
どうも、ただ「戦う相手」が欲しいだけだったらしい。それにしては見つけ方が大人げないが、このゲームの性質上実年齢が分かる人なんてほんの一握りである。
「では明々後日。待っている」
「はいはーい」
ロウェラート近郊の海で決戦は行われることになった。この近くでは1番レベルが高いであろう場所である。
ネロは、ルクスとテンパレに道を空けるよう指示して男を去らせ、オーミに向き直った。
「こんな感じでよかった? もー。オーミがメッセージをくれたときは何事かと思ったけど」
「ありがとう、助かったよ。どうもああやって斬りかかられると、察知できても俺では動けないものでね」
都市内での戦闘行為は禁止されているが、オーミの武器店ではその限りではない。
それが例え振りだったとしても、あの時ルーナが制止させていなかったなら彼はその場で死に、同じ場所にリスポーンしていただろう。
「それよりも、良かったのか?」
「うーん。さっき色々調べてたけど、【宵闇騎士団】は日本人で構成されているみたいだね。ていうか、そのままだし。戦闘ギルドで人数は200人ほど。でも幽霊団員もいるだろうし、今回のイベントは平日のお昼からだから、実際に動くのは4分の1が関の山」
それくらいなら、オーミの武器があれば十分に勝てる。
ネロはそう言って、彼に輝かんばかりの笑顔を見せた。
「ところでさ、【大海重工】の武器に貼り付けるようなステッカー、ない?」
次回からの更新については、今日夜に活動報告によって発表させていただきます。
予定の予定としては、明後日かなといった感じですが。