第016話 「廃人、巨大銃を試す」
「ねね、起きて起きて」
7月前にしては柔らかな日差しのなか、太陽のように暖かな少女の声がして、大海克弥は目覚めた。
目を開け、声のした方に顔を向けると、そこには目をこすりながらも彼を見つめる赤髪の少女の姿がある。
ある意味では病的な、とも言える白磁色の肌。既に着替えは終わっているのか、昨日とはまた違う雰囲気の……どこか可憐さ・清楚さを強調した服装に、青年は思わず目を細めた。
「おはよう」
「おはよー。……もう10時くらいだけど、起こさないほうが良かったかな」
「いや、もうこんな時間か」
そういえば、昨日は結局いつ寝たんだろうと克弥は全く覚えていないことに気がついた。
現実逃避をして、《Mythology-of-Legacy-Online》にログインしてから数時間も発っていないようなきがする。「仮眠モード」に設定しない限り、2時間行動がなければ自動的にログアウトしてくれる安全機能付きの筐体を使って、そのまま眠りへいざなわれたのであるが……。
残念ながら、克弥は記憶が曖昧である。
「昨日はごめんなさい」
「お気遣いなく」
「酔ってた」
「コーラで?」
流石に、未成年には飲酒をさせていないはずだがと首を傾げる克弥に対して、少女はバツが悪そうに頬を掻いてえへへと笑う。
青年は、確か炭酸を一気に摂取することで、二酸化炭素の影響により酔ったように感じられる時があると聞いたことがある……ことを思い出した。
「今日は行くの?」
「行くよ。ネロのプレゼント、探しに行かないといけないんだろ?」
こくり、と春河。その顔色はいつもどおりで、決して昨日の夜のように不安の残るものではない。
克弥は起き上がった。正直、色々言いたいことはあるが……彼女が開き直っているのならそれでよろしい。
「……ね、ね」
「ん?」
「昨日言ってたことだけど……」
はて、昨日のどれだろうかと青年は考えた。色々言った気がする。特に自分ではなく、春河が。
「これからは頼っても良い?」
だから困るって。と克弥は口に出しかけて……それを飲み込んだ。
彼は、自分が現実世界で必要にされたことがほぼない。
外部との関係を絶ちながら生活をしていたらそうなるのは当たり前で、それがおかしいことかと問えば、きっと彼はこれが日常だと答えるだろう。
「……なんと答えたほうが良い?」
だから、むしろ。
克弥は、相手に判断を任せることにした。
彼女が自分を必要とする限り、信頼できる人間だと考えている限り、こちらはそれに応える権利も義務もあるだろうと考えた。
彼女が自分を必要としないなら、この話はなくなる。
「私は――」
---
ネロの誕生日プレゼントは、最終的に克弥が選んだ手帳とイヤホンになった。
神戸で買う必要があるかと問われればないが、今更そんなことはどうでもよく。
現在、《Mythology-of-Legacy-Online》の世界でフィオネは一人、ロウェラートから南に向かった【水龍の滝】で、一人黄昏れている。
やはり、この数週間で自分の気持が揺らいでいることに気づいた。
何より、ゲーム内では鍛冶職の青年と一緒の時間を共有するということがどうしようもなく胸をぽかぽかとさせる。
奥手、というよりは完全に軽度のコミュニケーション障害であるオーミは自分から話すこともなく、ただ少女の質問に答えるだけのマシーンとかしていたように見えた。
これはまずい、と。フィオネはどうしても考えてしまう。こんな短期間で思いが激化するとは思っていなかったが、これからの関係に支障をきたすのは本当に嫌だ。
そもそも、彼には誰よりも明確に、彼へ好意の意を示しているアルトという人間が居る。
今回、初めてあったがゲームの通りの女性であった。正直……格が違うと思わざるを得なかった。それほど彼女は大人っぽかったし、背丈もオーミと並べば様になっている。
「GIIIIIAAAAAAOOOOOO!!!!」
後ろで巨大な鳴き声が響き、フィオネは流れるような動きで戦闘の体勢へ移行する。
アイテムボックスから、装備をオーミ作成の【B-nova】へ。目標との距離は約500メートルほどだろうか。表示されているモンスター名は『ハイドロフォール・ドラゴン』。
彼女から少々離れて狩りをしていた中級者程度の戦闘職パーティが、蜘蛛の子を散らすようにして散開しそのまま逃げていくのを見つめながら、フィオネはそれを構える。
やはり、フィオネの体には大きすぎるようであったが、重さを感じない動きでスコープを覗き込み、弱点を絞る。
いや、それすら面倒くさくなったのか、フィオネは龍の頭部を狙った。
散開したパーティの残党を狙って、飛び回っては咆哮で吹き飛ばす恐怖の権化。
その龍が、こちらに気づいたのかスコープ越しのフィオネと目があった時――。
フィオネは、一切の躊躇なしに引き金を押し込んだ。
【B-nova】から放たれたのは、一筋の赤いビームである。黒い雷を伴って放たれたそれは、首をふることによって激しく上下左右する頭部を打ち抜き、そのままドラゴンは爆発四散する。
「……やっぱり、イベントボス戦用ね」
【炎極精】は、飛んでパーティの生き残りの近くに向かう。
『大丈夫?」
「あ、ああ」
ありがとう、と言いかけた【人間族】のプレイヤー達は、自分たちに話しかけたフィオネの姿を見てあからさまに微妙な顔をする。
何のチートを使った? と言わんばかりの態度に、フィオネは肩をすくめるしかない。
静かにドロップ品を回収する。
「それじゃあ、私はこれで」
「待てよ」
「待たないわ。……引き止めるに値する理由があるとでも?」
フィオネの視線の先で、リーダーと思しき男が周りに指示を出す。
都市以外のフィールドでは、プレイヤー同士の戦いが可能になっている。が、レベルの高いプレイヤーは、先に手出しはできないというのがシステムの都合だ。
初心者狩りを抑止するために作られたそれは、今では「相手を煽って攻撃させる」という手口に利用されてしまっているが、とにかく現状彼らが動かない限りフィオネは手出しできない。
「ドロップ品、置いていってもらおうか」
「申し訳ないけれど、それは出来ないわ」
拾ったものを、フィオネは確認した。
【水流龍の牙】数個、【水流龍の鱗】数個。
マーケットで売るか、オーミから濃縮ポーションを買うときの物々交換には使えるだろうと判断しながらフィオネは目の前の男たちに目を向けた。
「不遇種族の女一人で6人相手に何が出来る」
「……申し訳ないけれど」
フィオネは炎の精らしからぬ、冷たい口調でフィオネはフレーズを繰り返した。
「逆に、あなた達に何が出来て?」
彼女は、彼らの装備から大体の推定をつけている。ロウェラートは決して廃人共ひしめく町ではない。純上級者から立ち寄れる大都市なのだ。
だから、彼ら……推定レベル500程度がいても、何らおかしいことではない。それに戦闘職4人、補助職2人、探索職2人の汎用性が高いチームだということも分かる。
「【炎極精】のフィオネ、か。クソ雑魚だったとおぼえておいてやるよ!」
10人で同時に向かってきながら、『クソ雑魚』とは如何程か……と。
フィオネは、嫌悪の業火を燃やしながら、1手攻撃されるのを見てから上に飛び上がった。
「知識不足ね。……私に物理攻撃は効かないわよ。貴方は炎に剣を振って切れると思っているのかしら」
その言葉に、反応できる人はいない。
フィオネは、上級魔法スキル【コロナドロップ】……10人まるまる押しつぶすほどの炎球を投下していたのである。
「さ、散開!」
「申し訳ないけれど」
三度、同じフレーズを口にしたフィオネの手には、巨大銃【B-nova】が握られている。
PvPには使えないが、ある程度の地形破壊には使えるだろう。
至近弾を【人間族】プレイヤーに次々と当てて、地形破壊をしながら殲滅してゆくフィオネの姿は、非常に残酷なものであった。
「申し訳ないけれど、今苛立ってるの。……手加減は出来ないわ」
次回更新は今日です。