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第015話 「鍛冶番、現実逃避をする」

日間ジャンル別1位、日間総合13位感謝致します。

この話から間章です、今日中には終わらせる予定です。

「……全身のスラスターも微妙。……だからといって一極したジェットパックも、形によっては完全にランドセルだし、な」


 大海おおみ克弥かつやは悩んでいた。御焔ほむら春河はるかに部屋をあてがって、もう2時間が経とうとしている。夜11時、自分のパソコンを開いて資料を漁る彼の頭のなかには、ルーナへの装備でいっぱいであった。


 彼女の、【闇極精(エータレイヴン)】のさらなる敏捷力の上昇を図る。確かに、逃げ回って翻弄して、と言った相手のヘイトを分散させながら影響を及ぼしていく戦い方に、敏捷値は欠かせない。

 多少体力にステータスを振っているとは言え、結局は遊撃にすぎない。直接やりあって戦うのではないとなれば、『当たらなければどうということはない』を体現する必要があるだろう。


 大海はCADソフトを開いたまま何も進まず、ため息を付いて天井を向く。

 こんな時、思考をそのまま具現化してくれる装置があればどれだけ便利なことか。

 VR技術の進歩によって、脳を仮想世界とシンクロさせることは可能になった。

 けれど、その先はまだまだ先だと聞いたことがある。


 デザイナーやクリエイターにとっての夢はまだまだ先だということか。


「慣れてもらうまで、数日掛かるとして……。急ぎで作るとしたら4日程しかないのか」


 大海、ここで熟考に入る。

 素材を手に入れるのは簡単だ。足りない分はマーケットで買い占めればいい話であるし、濃縮ポーションの利益を頼っても何とか成るレベルで仕入れることは出来る。

 彼ら【欠けた虹】のメンバーにはいつも高い値で大海の武器は買ってもらっているし、今回はサービスをしてもいいだろう。


 金に糸目をつけず、高性能なものを作る。今回のイベントで、ネロ・フィオネ・ルーナの三人が成績を残すことが出来たなら、客も増える可能性だってある。

 そもそも、今まで客が来なかったことがおかしいのだ。ほぼ【欠けた虹】とアルトの専門店の用になっている現状が可怪しいのである。


 もう少し前なら、大海は取り合いでギルド間戦争が起こるほどだと言うのに……。

 まあ、それも彼がオーミとして、ロウェラートに引きこもってからは表立った行動をしなかったのが原因なんだろうが。


 《Mythology-of-Legacy-Online》の掲示板やニュースで「【大海重工】、消える」なんていう記事が1年ほど前に掲載されたことを、彼は知らない。

 彼は引退したと思われているのである。あまりにも店から、そして都市から出なくなったのが原因だろうか。


 大海は頭を振って思考をはっきりさせようとする。が、スッキリすることはなく、仕方ないといった様子で席を立った彼は部屋を出て、風呂場へ向かう。


「……ねえ?」


 廊下に出たころ、部屋から声がして彼はそちらを向いた。

 彼が貸した部屋の隙間から、春河が何かを言いたそうにこちらを見ている。


 眠れないのか、と声を掛け。彼女がこくりと頷いたところで、数ヶ月前にネロこと……水馬みずまかえでから聞き及んでいたことを彼は思い出した。

 どうも神経質なところがあり、それは夜に姿をあらわすという。彼は煩わしいとは特に思ったりせず、少女が警戒しないようにドアから少々離れて立つ。


 隙間から部屋の中を見れば、灯りはついていた。


「どうした?」

「き、緊張して」


 逆光からも分かるほど、顔を赤くして俯く少女に、青年は微笑みを向けるのみである。


「今頃?」

「……か、かつやさんのせいよ」


 大海を名前で呼ぶのはなれていないのか、しどろもどろにそう言った春河に彼は一言。


「無理すんな、オーミでいいぞ」

「オーミのせいなんだからねっ。明日はデートなんていうから……」

「俺のせいか」


 ちょっとお話しましょう、と提案され彼は頷く。

 口は災いの元、とは言うが……身長差30はありそうな少女をリビングに連れていきながら、大海は随分と晴れやかな気分であった。





「…………」

「…………」


 話しましょう、と言っておいて何も話し出さない春河を、大海は見つめていた。

 彼は元から人見知りのする人間である。オフ会を開けるのが奇跡なほど、外部の人間とかかわらない生活をしているだけあって話を自分から切り出すことは難しい。


 と、思えばそうでないときもたまにあった。

 例えば仮想世界に居る時は、問題なく話をすることが出来る。

 危機に瀕したときも饒舌になるし、またアルトやネロ達といった狭い人間関係の中では平気だ。


 だが、男女向かい合ってこう話すのは、彼にとっては難しい。最難関である。

 この雰囲気が気まずい、とは感じられないのだがどうしても自分から切り出す何かがない。


「……ねえ」

「ん?」

「どうして、オーミは《Mythology-of-Legacy-Online》を始めたの?」


 白い抱きまくらを抱きつつ、こちらに質問をやっと投げてきた少女に、彼は少しだけ考えた。

 何しろ10年前の話である。その頃、何があったか。


「んー。現実逃避かなぁ」

「現実逃避?」

「その頃に母さんが亡くなっちゃって。……まあ、この世界と違う場所に行きたかったんだろうな」


 全てが夢であればよかった。交通事故などであれば、憎むべき場所は確保できたかもしれないが……、克弥の母親は原因不明の突然死でこの世から去ってしまったのである。


 12歳。あと半年で中学生になる頃の出来事を思い出し、青年は顔を歪ませる。

 悲しみに暮れていた。無気力になっていた。そんな時に父親が大海克弥に渡したのが、《Mythology-of-Legacy-Online》のパッケージとVRの操作筐体である。


 父親は克弥に口出しを一切しなかった。そのまま彼は引きこもりになり、通信制の中学と高校を経て、現在はこの有様である。


「簡単に言えば、子供のまま年齢だけは立派なオトナになってしまったんだとは思う。……色々あって極端な贅沢さえしなければ、働かなくても生きていけるし」


 自虐的な笑みを浮かべる大海に、軽い気持ちで聞いた春河は顔を曇らせた。


「……私もそう変わらないわ」

「ん?」

「私も同じような境遇だから」


 春河も、そう変わらない。父親も母親もVR関係の研究者であるが、母親は研究所帰りの交通事故で他界してしまったのである。幸いであったのは、克弥が自我の確立後であるのに対し、春河は僅か2歳のときだったから、であろうか。

 

 父親の研究も軌道に乗り始めたころであり、そのままベビーシッターに預けられっぱなし。

 小学生時代は鍵っ子で、殆ど帰ってこない父親に失望していたのもある。


「こう考えたら、楓や蒼汰そうたは私の人生を変えてくれたのかもしれないわね」


 しみじみと語る春河に、克弥は何も言えなかった。


「……なんか、緊張がほぐれてきたわ。ありがとう、お話してくれて」


 たった3分ほどでも、彼女の様子が改善されたのなら御の字と、克弥は立ち上がった少女の後に続く。





 部屋に戻る直前、春河は何の気無く……彼に質問をしてみた。


「これからも頼っていい?」

「え、困る」


 今のは承諾の流れでしょうが……、と呆れ返った春河はそのまま構わず克弥の部屋に侵入する。

 

「おい」


 散乱した部屋を見て、春河はもう一度呆れた。殆どが資料らしき書類の数々であるが、その中のどれもが銃関連の設計図であることに気づき、呆れて開けた口を閉じる。


「……ああ、片付けなくていいよ」

「そうなの?」


 幾らかかき集めて、部屋の隅にまとめようとした春河を、克弥は止める。

 彼には何がどこにあるかわかっているため、むしろこのままのほうが良いのだ。


「貴方のベッド、広いわね」

「まあな、眠くなったら椅子から……」


 リクライニングチェアを倒して、そのままごろごろと転がるのを実演してみせる。

 そんな克弥に、春河はくすくすと笑った。


「というわけで、俺は寝るぞ」

「なら私もここで寝ていい?」

「気でも触れたか」


 次は俺が眠れんだろうが、と嫌そうな顔をする青年に冗談めかして傷ついたような顔を少女は見せる。

 その間も、克弥はディスプレイの電源を落としておいてよかった、としみじみ感じた。

 やましいものは何もないが。間違いなくないが、そう思ってしまったのである。


「あら、失礼ね」

「とにかく俺は寝る。寝かせてくれ」


 そう言って目を閉じた克弥は、ベッドが軋んで背中に僅かな感触を覚えた。

 困る。本当に困る。


 何が困るって言ったら、この状況で眠れる気がしない。


「春河」

「……貴方の背中って大きいのね。あと、なんか安心する」

「春河」


 何度か彼女の名前を呼ぶが、その度に少女の呼吸が落ち着いていくような気がする。

 ついにガツンと言ってやろう、と寝返りを打った青年は……目の前の少女があどけない顔のまま目を閉じて、既に眠りについていることに気づいてしまう。


 はーい、もう眠れません。

 自暴自棄になった克弥は、ベッド下にあった VR操作筐体 、『NeG-001』を手探りで探し、装着する。

 

 今までも現実逃避に使ってきた道具である。

 

 これからも現実逃避に使わせてもらおうと、大海克弥は「オーミ」へと意識を飛ばしながら、強く誓ったのであった。


次回更新は今日です。

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