第013話 「鍛冶番、修羅場の気配を感じ取る」
「ねえ」
春河は、キッチンで料理をしている青年を見ていた。
現在、彼女がいるのは大海克弥の家、そのベランダである。
反対を向けば、海と淡路島である対岸が見える。それに、ライトアップされた明石海峡大橋も見えた。
春河は、大海は何を作っているのだろうと興味津々であったが、彼に「ベランダで待て」と言われて何を作っているかは分からない。
照れ屋の廃人鍛冶職は、客を驚かせたいらしい。
「……幸せ」
思えば、こうやっていつもと違う日を過ごすのも久しぶりだ、と少女は思い返す。
もう既に1ヶ月は「Mythology-of-Legacy-Online」漬けの生活を送っていた。誰かと外に出て一緒に食事をすることは無かったし、彼女を誘う人間もいない。
彼女は一般的男性の目から見れば、十分に美少女であるはずなのだが、ある意味で「守られている」状況のため、迂闊に男性が手を出そうものなら筋肉隆々の護衛によってどこかに連れて行かれるだろう。
そもそも、春河は男性恐怖症である。今回だって、大海克弥に会うと言っているからこそ相手は何も手出しをしてこないが、これが別の人間だったら……と考えてしまうと寒気が走る。
ここまで考えて、春河は本当に「普段と違う」という現在の状況が自分を幸福足らしめているのか、それとも目の前の青年と過ごす今が幸福なのか、いよいよ持って分からなくなってきた。正直、半年に1度は顔を合わせて、こうやって過ごしているため初めてというわけでは勿論ない。
「Mythology-of-Legacy-Online」では、クランの拠点が店の3階ということもあってほとんど毎日顔を合わせていたし、毎日のように武器の修理をしてもらっていたが、その頃は好意的な感情はあれど、あくまでも友人である。
けれど、最近その均衡が崩れそうになるときがあった。今もそうだ。
その原因が何であるか、春河は考えてもわからない。正直、知ってしまえばこれまでの関係が壊れていくような予感がして――。
春河は、吹き付ける潮風を感じながら青年が料理を二人分、持って来るのを待っていた。
「随分と悩んでいるように見える」
「ふぇあ!?」
いつの間にか、海の方を見て黄昏れていた少女は後ろから声を掛けられ思わず声を漏らしてしまう。
見ると、そこには2人分のピザを焼いた大海克弥が不思議そうな顔をして少女を見つめている。
「いつからそこに」
「いや、ここ俺の家だからな? はい」
食べよう、と手を合わせる彼に習い、春河も手を合わせる。
――店で食べるピザよりも、ある意味では美味しいと感じてしまった。
「……何か悩みでも?」
「ううん、大丈夫よ。ありがと」
克弥は、それ以上追求しなかった。少女の言葉に何かが含まれていることはわかっている。
が、それは彼女の事情に従うべきだと本能が告げていた。少なくとも、理性ですら首を突っ込む必要はないと判断している。
故に、克弥から何か行動を起こすことはなかった。
「おいしいわね、これ」
「嬉しそうでなりよりだ」
小動物――とりわけハムスターっぽい食べ方をする春河を、青年は愛おしそうに見つめている。
春河は、克弥の顔を見ることができなかった。どこか恥ずかしさが出てきたのかもしれない。
「今日はどのくらいあっちに行く?」
少女がやっとの思いで切り出したのは、やはりというか「Mythology-of-Legacy-Online」の話であった。克弥は、相手の目を見つめどのような返答が最も良いのか考えてみる。
ずっとダイブする、というのはない。今日は完全にデート状態になっており、ネロのプレゼントを選ぶというよりは彼女の買い物に付き合うという形になっていたからだ。
だからといって、せっかく持ってきたのに全くしないというのも味気ない。
「武器の受け渡しだけしようか、春河」
「……完成したの?」
「ちょっと問題があるけどな」
1桁間違えてPvPに使えない、などと言ったら目の前の少女はなんと思うのだろう。
彼女なら大した文句は言わないだろうが、それでもこちらとしてのプライドもある。
「問題?」
「あっちで話すよ」
「うん」
こくり、と頷いた春河に笑いかけて、克弥はまだ食べられるかと聞いた。
対しての返答、「デザートなら」に、彼が笑顔を見せて立ち上がった瞬間。
ベランダの下から、声がする。
「オーミ!」
その声に、克弥はまず皿を取り落としかけた。顔は明らかにギョッとしたものとなり、恐る恐る下を向く。
下に居たのは、ゲーム世界から直接出てきたような美少女である。
頬を膨らませて、克弥をじっと見つめる少女に、春河も見覚えがあった。
「アルトさん?」
「……ちょっとオーミ。私だって今日逢おうって言ったのに!」
んなこと言われても、先客がいると言ったはずなんだが……と。
克弥は苦笑して、春河の方に向き直る。
「ちょっと行ってくる。ここに居るか、それとも下に一緒に行くか?」
「うーん、一緒に行ったら迷惑じゃない?」
「俺は迷惑にならないよ。アルトがどう思うのかは別だけど」
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「ネロ、マルチタスクを意識して」
【魔導工都市ロウェラート】からそう離れていない場所に、【半廃都市ラペリウス】という場所がある。プレイヤー人口も少なく、周りが高レベル狩場という事もあるが、商店などは全く充実していない人気も人気のない都市だ。
ネロとルーナは、現在そこで訓練を行っている。擬似的なPvPが出来る闘技場も、ここであればいつでも空いているようなものであった。
ルーナは、【闇極精】の身のこなしと、ガン振りした敏捷力のゴリ押しでネロの攻撃を次々と交わしていく。
ネロは、1週間前ほどに偶然、初めての戦闘で実践できた《反射》を何とか出来ないか訓練していた。が、数日前に指摘されたとおり、あれこそ1対のみを操作していたから出来たことであり、現在のように3対のユニットを同時に操作するのは訳が違う。
「使えるようになれば、火力を出しながら防御、援助も出来るんだから頑張って」
「って言われてもねえ、僕だって頑張ってるん、だよっ!?」
あっという間に懐に入り込まれて、麻痺毒を吹きかけられたネロは痛みに喘ぎながらも【A-gelmir】を1対、自分に向ける。即座にデバフ解除が行われ、肩で息をしながら体勢を立て直す。
一旦離れたルーナに向かって、ネロは《フロストレイン》を打ち込む。地点指定の半上級魔法スキルで、その一体に断続的なダメージのある氷を降らすものだ。
しかし、それも糸を針の穴に通すような感覚でルーナは避けていった。
驚くほど当たらない攻撃に、ネロは目を見開き考える。
確かに、団体でのPvPの場合。盾役を狙うよりも、後衛を落としたほうが早く決着がつくだろう。
「待って待って!」
「えっあっ、……無理」
ネロが何かを掴みそうになって慌てて叫んだが、既に上級魔法スキル《瘴気》を発動。
タッチした相手を7つの状態異常へ同時に陥れるスキルを、防御が間に合わずモロに受けたネロは、そのまま体力が0になった。
次回更新は今日の予定です。