第011話 「少女、鍛冶番の方へ向かう」
オーミは、やってしまったと頭を抱えていた。
最終段階に至ってから8時間。既に日は超え、ネロ達はログアウト……はしていないのだろうが、動きを見せないあたり、ゲーム内で寝ているのだろうか。
朝5時。流石に気が抜けぬ、と考えながら微調整をしていた職人は初期段階でのミスに思わず「うわぁ」と声を上げてしまった。
原因は、作業台のコンソール画面にある。既に完成しかけている「それ」は、赤黒いオーラを保ち邪悪な姿を完成させつつあった。
巨大な銃である。口径もさることながら、オーミがロマン砲を実現させるため、エネルギーを備蓄し圧縮、装填する場所がかなりの割合を占める。
これでは、銃ではなくバズーカ砲ではないか。
などと考えてしまったオーミであるが、バズーカ砲なんていう分類はこのゲームになかった。
それはともかく。
現在オーミが悩んでいることは、厳密に言えば後の祭りである。
今頃修正なんぞ効かない。
「火力値、1桁間違えた……」
生産系のスキルを全てマックスに近くしているからだろうか、それとも彼の職業の特殊スキルが生み出した弊害か。
どれだけ無茶なステータス設定にしても、普段なら下がるはずの成功確率が下がらない。
当初、彼が予定していた火力値は10万である。
大体、持っていてギリギリ許される範囲内だ。これ以上のものは対人戦に使えない。
防具やスキルの関係があってガチガチのタンクは1撃死を免れるものの、当たればフィオネのような、防具でしか防御を計れない後衛職の方々は跡形も残らないのである。
オーミはその余波だけで死にそうだ。
――否、死ぬ。確実に消し飛ぶ。
「今後のイベントボス戦用として運用してもらって、もう一つ作るか……」
失敗してしまったからには、その補償をしなければとオーミは思い立つ。
思えば、ここロウェラートに来てから今回まで一度も失敗したことは無かった。
オーミは、ため息をついてしばらく考える。
が、それはゲーム外部からきた一通のメールによって遮断された。
「は?」
思わず驚きの声を上げたオーミは、了解の旨だけを送信して「Mythology-of-Legacy-Online」をログアウトする。
既に武器は出来ていた。今は、来るべき客のために体力を回復させる必要がある。
相手が、東京からはるばるやって来るのならば……。
正直、先に言ってほしかった。
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「えぇ!? 今からオーミさんのところに行くんですか?」
「ちょっとねー」
フィオネこと御焔春河は、目の前の気弱そうな少年が口をあんぐりと開けているのを面白おかしそうに笑い、手を振る。
少年は、名前を光城院蒼汰と言った。金髪の少々混じった黒い髪と、青みがかかった黒い目が特徴的な、どこか欧州的容姿の少年は、春河の言葉を懸命に飲み込もうとしているようであったが、それに苦労しているようである。
まったく、こんなこと別に珍しくもないのに。
春河は蒼汰に、他のみんなにも伝えるよう指示してシェアハウスから外に出た。
夏がそろそろ到来する、ということもあって5時半の今も空は白い。
「今日もいい天気になりそうだけど、あっちはどうなんだろ」
スマホを取り出し、オーミにメールを送るついでに天気を確認する。問題なくあちらも晴れ。
でも、多分オーミは徹夜して自分のための武器を作ってくれている最中であろう。徹夜でやってくれているのに、急にいってしまって大丈夫なんだろうか。
春河は、出て歩きながら考え……一度引き返しかけるが頭を振る。
そこには、「オーミなら無茶も聞いてくれる」という確かな甘えがあった。
『今からそっちに行くね』
メールの返信は、そう待たずとも帰ってくる。
やはり寝ていなかったらしい。
『それは良いとしても、俺は今から寝るぞ。今日は昼まで動くつもりはない』
オーミらしい返事だ、と春河はふふっと思わず笑い――。
慌てて表情を取り繕いながら、春河はスマホを鞄の中へしまった。
オーミが彼女をどう思っているかは兎も角、春河は兄がいたらこんな感じなのだろうかと彼を慕っている。ネットでのつながりは不確定だが、ゲーム内外でクランメンバーを除けば、信用できる人間はオーミしか居ない。
事情もあり、男性を避けているという理由もある。が、彼女の男性に対して広いパーソナルスペースに、オーミを入れてしまっても拒絶反応を起こさない。
だからこそ、春河は彼に懐いているのだ。
「……はぁ」
悩ましげなため息をついて、彼女は信号が赤に変わるのを視認して足を止めた。
既にサラリーマンが早足で歩き回っている様子を見ていると、オーミの暮らし方が1番気楽のようのも感じる。
ゲームの中では、廃人プレイヤー『フィオネ』で明らかな強さを持っていたとしても、現実の彼女はただの大学生である。通信制の大学であり、一年に数回ほどしか通学する必要がないためある程度は自由にできるものの、これからも社会的地位は低いままであるだろう。
この状況からなんとか逃げたい。
だから、ゲームにのめり込んでしまった。5年もの時間の中で、春河は自分が何を学んだのだろうと自問自答してしまうことがたまにある。
夢も、将来の目標もまだ見つけられていなかった。
「考えても仕方のないこと、って。分かってはいるんだけどね……」
オーミに会う前から憂鬱モードに陥りかけた春河は、オーミにこの相談をしようか迷う。
一体、オーミは何になりたかったのだろう……と。
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「くそねみ」
眠気により、重度に語彙力の低下したオーミ、大海克弥はベッドから這い出て時間を確認した。
大体10時。とっくに彼女はついている頃だろうな、とおぼろげに考えながら着信を確認する。
『一応ついたけど、三宮にいるから適当に待ってるわね』
1時間前、春河からのメールである。
欠伸をしながら、昼飯時にはそちらに行くことを伝えて、数秒後。
克弥はメールがもう一通来ていることに気づいた。
差出人は『ウリム・レイ・エゼク』。本文は要約すれば、「今日会えないか」というもの。
ラブコールも明確に含まれたそれを見て、さすがの彼も唸らざるを得ない。
よく知っている人であるからだ。
『今日はせんきゃく。またこんど』
眠気が抜けきっていない、ポケーっとした頭のまま適当に返す克弥はこのあと、何が起こるか予想出来ていなかった――。
次回更新は明日になると思います。朝6時ごろまでには更新する予定です。